第二章 33 『正解だけでは追いつかない』
上空から落ちた星光へ、サルディオン・メルクレイドは十二枚の金属板のうち三枚を向けた。
最初の一群が戦場中央へ届く直前、その軌道へ対応する配列が開き、直撃するはずだった光を通過可能な二本の空隙へ分ける。その間を抜けた瞬間には、右側から迫る炎を帯びた花弁へ別の配列を切り替えていた。
炎そのものを消す必要はない。熱が広がるまでの時間と軌道が分かっているなら、危険域が完成する前に外へ抜ければいい。
サルディオンは一歩だけ前へ出て炎の外縁を避け、その先で待っていた白い光へ身体を低くして対応した。
今度の光は直接攻撃ではなく、リゼルヴェートの周囲を守る防御の一部だった。接触すれば花弁が外側へ弾けることは、つい先ほどの攻防ですでに確認している。
ならば防御へ無理に触れず、反撃が発生する条件そのものを踏まなければいい。
その判断も正しかった。防御光を避けた位置へ移ったサルディオンの横を、弾けるはずだった花弁が発動条件を得ないまま通り過ぎていく。
続いて背後から回り込んだ星桜にも、今の位置から最短で抜けられる方向へ身体を滑らせて対応した。
「まだ、答えられますね」
自分へ言い聞かせるための言葉ではなかった。実際に、一つ一つの現象へ出している答えは機能している。覚醒したリゼルヴェートの攻撃だからといって、《戦律配列》が突然使えなくなったわけではない。
問題があるとすれば、別のところだった。上空の星光を処理している間に、左側では炎を帯びた花弁が二群へ分かれており、そのさらに奥では新しい星桜が別軌道を取り始めている。
一つの現象へ正しい対応を終えるたび、次に処理すべき現象が減るどころか増えていた。
サルディオンは正面の星桜へ対策を置きながら、同時に上空へ意識を向けた。
最初の《星桜天嵐》で確認した落下角度と比べれば、今回は一部だけ軌道が浅く、地面へ届く前に横へ流れる可能性が高い。そこまで判断した時には、右側の炎がすでに進路を塞ぐ位置まで広がっていた。
右を捨て、前へ進む。そこへ防御光から弾かれた花弁が来るため、正面から半歩だけ左へずれる。さらに左上から星光が落ちるのを見て、今度は踏み込みの角度そのものを浅くした。
どの判断にも理由があり、その時点での正解として間違ってはいない。だが、三つの正解を連続して出した頃には、リゼルヴェート側で新しい条件が四つ増えている。通常状態でも同じ兆候はあったが、覚醒後は増加する速度が明らかに違っていた。
「これも避けるんだ」
リゼルヴェートの声と同時に、正面の星桜が二つへ分かれた。
「避けなければ当たりますからね」
「じゃあ、その次」
分かれた星桜の間へ、新しい光が生まれた。サルディオンは中央を通る案を即座に捨て、外側へ回ろうとする。ところが、その外側にはすでに炎を帯びた花弁が回り込んでいた。
過去の対策が無効になったわけではない。正面密集型への抜け方も、包囲型への一点突破も、時間差攻撃への継続警戒も今なお使える。
ただし、それぞれを単独で使えば済んだ時とは違い、一つの対策へ別の対策を重ねなければならなくなっていた。
星桜の包囲を抜ける位置には炎があり、炎を避けた先には星光が落ちる。星光を外して近づけば、防御光と花弁の反撃が待っている。それぞれの解法は知っていても、複数を同じ数秒の中で繋げ続けなければならない。
サルディオンは十二枚の金属板をさらに広く動かした。正面、上空、右側、背後へ対応を割り振り、その間を自分の移動で埋める。
戦場全体へ《戦律配列》を広げることで、個々の現象へ対応を始めるまでの時間を少しでも削るつもりだった。
それでも、リゼルヴェートは止まらない。上空から落ちる星光の数を減らした直後、その分だけ地表近くを流れる花弁が増え、前方の攻撃を薄くした代わりに側面から炎が広がった。
防御へ残していた光も、次の瞬間には別の星桜を生む起点へ変わっている。
サルディオンはそこで、処理の限界が《一度に何発避けられるか》だけではないことを改めて理解した。必要なのは攻撃数そのものではなく、異なる条件を持つ現象へ、それぞれ別の答えを維持することだった。
正解の精度を落とさずに並列処理を増やしていけば、いずれどこかで更新の時間が足りなくなる。
だからといって、精度を落とす選択は取れない。リゼルヴェートの攻撃は一つでも対応を誤れば、そのまま戦闘不能へ繋がり得る威力を持っている。曖昧な対策を大量に並べるより、確実な対策を置く方が正しい。
「厄介ですね」
呟きながらも、サルディオンの思考は止まらなかった。個別対応を続ければ限界へ近づくことは分かったが、それは《戦律配列》が敗れたことを意味しない。問題の数が増え続けるなら、再び問題が生まれる条件そのものへ手を入れればいい。
通常状態の時にも、一度同じことをやっている。リゼルヴェートが自由に選べる位置を削り、そこから発生する攻撃方向を限定することで処理量を減らした。
覚醒によって一つの位置から出せる現象数は増えたが、それでも戦場という物理的な広さまで無限になったわけではない。
ならば、今度はもっと強く収束させる必要がある。移動先だけではなく、攻撃、回避、防御、それぞれが成立する方向まで一つの条件へ押し込む。
リゼルヴェートが何を選ぶかを予測するのではなく、選べる行動そのものを数えられるところまで減らす。
サルディオンは最も外側へ出ていた金属板を一枚戻し、代わりに正面と左右へ配置を集中させた。上空へ対応していた板も高度を下げ、リゼルヴェートと自分の間を区切るような位置へ移す。
広く散らして全てを見る形から、戦場そのものを狭い条件へ押し込む配置へ変えていった。
その変化を見て、リゼルヴェートはすぐに星桜を左右へ広げた。サルディオンの配置が中央へ寄ったなら、外側へ現象を回せばいいという判断だろう。だが、それこそ今度の狙いに使える。
サルディオンは左側へ回った星桜を完全には止めず、自分が通れない位置に残した。右側の炎についても同じように、危険域として存在させたまま中央へ圧力をかける。リゼルヴェート自身の攻撃で外側の空間を使いにくくし、その中央だけへ行動を収束させていく。
リゼルヴェートが外へ出るために星桜を散らせば、その瞬間に中央の密度が落ちる。中央を厚くすれば、外側に残した炎と星桜が移動先を削る。どちらを選んでも、最終的にはサルディオンが用意した数本の進路へ近づく形だった。
「また、狭くするんだ」
「ええ。広いままでは、あなたが増やしすぎますので」
「今度はさっきより?」
「狭くします」
リゼルヴェートは少しだけ笑ったように見えたが、攻撃を緩めなかった。上空から星光を落としながら、左右へ花弁を走らせ、その一部へ炎を重ねる。
サルディオンはそれらを全て消そうとせず、《残してもよい攻撃》と《自分の進路を壊す攻撃》だけを分けて処理した。
残した攻撃は、そのまま戦場の壁になる。リゼルヴェートが作った炎の帯が右側を塞ぎ、回り込んだ星桜が左側の移動余地を削る。
サルディオン自身は中央から圧力をかけ、その間に十二枚の金属板で残された経路へ配列を置いた。
戦場全域で起きていた大量の現象が、少しずつ一つの方向へ押し込まれていく。星も炎も光も消えてはいないが、どこへ存在できるかが限定され始めていた。
覚醒による同時現象数そのものを減らせなくても、それらが有効に働ける場所を狭めることはできる。
サルディオンは中央へ残った三つの進路を確認した。前方から距離を詰める経路、斜め左へ抜ける経路、後方へ下がって遠距離展開へ戻す経路。右側は炎と星桜が重なり、現状では選ぶ価値が大きく落ちている。
前方へ来れば、近距離配列で対応する。斜め左なら、外縁と星桜の位置を利用して迎撃できる。後方へ下がれば、遠距離攻撃へ切り替わる前提で、すでに別の配列を準備してある。
まだ足りない。三つ残っているなら、三つ全てへ同時に答えを置く。サルディオンは十二枚の金属板をさらに分け、各進路へ必要な配列を割り当てた。
前方には接近対応。
左には退避経路封鎖。
後方には遠距離攻撃への迎撃。
それぞれを独立させたまま、リゼルヴェートが選んだ瞬間に切り替わるよう条件を組む。
大量に展開されていた《星桜天嵐》も、その配置へ押される形で軌道を変え始めた。上空から落ちる星光は残っているが、中央へ入るものだけを優先して処理すればいい。左右へ外れた分は、むしろリゼルヴェート自身の移動可能域を狭める材料になる。
初めて、覚醒後の戦場がサルディオンの側から数えられる形になった。現象そのものは依然として多いが、リゼルヴェートが次に取れる有効な行動は無数ではない。
どこへ進み、どの距離で、どの方向から攻撃を成立させるかまで、いくつかの条件へ収束し始めている。
サルディオンはそこで呼吸を整え、最後に残った配列を確認した。前へ来ても、左へ抜けても、後ろへ下がっても対応できる。
防御へ回ってその場へ留まる場合にも、こちらから距離を詰めて次の行動を限定する配列を置いてある。
これなら全てへ答えられるはずだった。リゼルヴェートがどの選択を取るかを先に当てる必要もなく、残された選択肢それぞれへ別の正解を準備すればいい。
少なくとも、ここまで観測した戦闘情報と《戦律配列》の理論に従う限り、それで対応は成立する。
戦場は、再び狭い条件へ収束していた。覚醒によって無数に増えていた星桜と光と炎は消えていないが、それらが有効に働く方向まで含めて、リゼルヴェートの進路は数えられる程度に絞られている。
サルディオンは残された全ての道へ対応を配置し、次にどれが選ばれても即座に答えられる状態を完成させた。
理論上、これ以上削る必要はなかった。残された進路も、距離も、攻撃方向も、それぞれに正しい対策がある。
サルディオンが見落としている条件さえなければ、この戦場ではもう全てへ答えられるはずだった。




