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第二章 31 『戦場を狭める』





 サルディオン・メルクレイドは、リゼルヴェート・アルシェノアが次に何を放つかだけを追う戦い方から、完全に重心を移していた。


 攻撃へ一つずつ答え続ければ、《戦律配列》の更新回数だけが増えていく。ならば先に、彼女が選べる場所と角度を削り、最初から対応すべき問題そのものを減らした方がいい。


 右へ動けば、すでに対策済みの射線へ入る。後ろへ下がれば距離は取れるが、その分だけ攻撃を展開できる角度を限定でき、前へ出てくれば近距離戦用の配列へ切り替えられる。


 左へ流れれば戦場外縁が近づくよう、自分の位置を少しずつ調整し、どの選択にもこちらが知っている状況を重ねていく。


 リゼルヴェートの周囲へ星桜が広がったが、サルディオンは数や速度より先に彼女自身の足元を見た。


 右足が僅かに外へ向いたことを確認すると、星桜が射出される前に右前方へ位置を取り、そこから近距離迎撃へ繋げられる間合いを確保する。そのまま右へ出れば、広い射角を作るより先にこちらが接近できる形だった。


 結果として、リゼルヴェートは右を選ばなかった。サルディオンの狙いは、右へ動いた彼女を捕まえることではなく、《右へ動きにくい》と判断させることにある。


 一つの選択肢を選びにくくすれば、残る行動の比率は自然に上がり、次の配列も絞りやすくなる。


 リゼルヴェートは左へ身体を流しながら、《星桜千華》を前方へ展開した。正面から広く圧力をかけ、自分は左側から抜ける形だが、その方向にはすでに戦場外縁が近い。


 サルディオンは花弁群すべてを処理しようとせず、自分へ届く範囲だけを切り分けて一歩前へ出た。


 正面から圧力を加えられれば、それだけでリゼルヴェートが左へ抜ける余白はさらに狭くなる。


 彼女は無理に突破せず、星桜の一部を手前へ戻してサルディオンの進路へ配置した。接近阻止としては正しいが、その配置は同時に彼女自身の前進経路も削っていた。


「そこへ置きますか」


 サルディオンは正面の花弁群を消し切ろうとせず、軌道の外縁だけを使って足を止めた。


 リゼルヴェートが自分の前へ作った星桜の列は、こちらの進路を塞ぐ一方で、彼女自身が中央へ出る道まで狭めている。別方向からさらに圧力を加えれば、残る移動先はまた少なくなる。


 リゼルヴェートも、その意味へすぐ気づいたらしい。星桜の一部を消すのではなく軌道だけ上へ逃がし、自分の前を開け直す。


 そこから正面突破へ来るかと思ったが、こちらが近距離用の配列へ切り替えられる位置にいることを見て、間合いを測るように一度動きを抑えた。


 その対応を見て、サルディオンは事前記録以上の冷静さを感じた。得意な攻撃を止められたからといって、焦って力で押し通そうとはしていない。


 自分が誘導されていると理解した上で、何を削られているのかを確かめながら次の手を選んでいる。


「気づきましたね」


「うん。動ける場所、減らしてるよね」


「その通りです」


「私が変えるのに合わせるんじゃなくて、変えにくくしてる」


「ええ。全部に答え続けるのは、効率が悪いので」


 意図を知られること自体は問題ではなかった。現在の戦場条件は、説明したからといって消えるものではない。


 むしろ、リゼルヴェートが分かった上でどう崩すかを見る方が、次の配列へ使える情報は増える。


「じゃあ、ここから出ればいいんだ」


「できるなら、どうぞ」


 リゼルヴェートは言葉どおり、正面へ星桜を集めた。広範囲を覆うのではなく一方向へ密度を寄せ、戦場外縁から遠ざかるため、こちらが守る中央側へ穴を開けようとしている。


 判断としては合理的だが、その形はサルディオンが最初から知っているものでもあった。


 正面密集型は、事前に用意した配列の一つだ。サルディオンは星桜の中心を抜けようとせず、密度が最大になる前に斜めへ踏み込み、正面突破に火力を集めた分だけ薄くなった側面を使う。


 そこからリゼルヴェートの進路へ回り込み、中央へ抜ける角度を先に潰した。


 星桜そのものの威力が落ちたわけではなく、真正面から受ければ危険であることも変わらない。


 だからこそ、受けずに薄い側へ回ればいい。リゼルヴェートが一方向へ火力を集めるほど、逆に《どこが薄くなるか》も明確になる。


 彼女はすぐに正面群を散らし、左右へ広げ直してサルディオンを遠ざけようとした。


 だが攻撃を再展開する間だけ中央の密度が落ち、その僅かな変化をサルディオンは逃さない。前へ踏み込み、二人の距離をさらに一段縮めた。


 リゼルヴェートは《星華断刃》へ切り替え、近距離へ入られる前に斜線を置いた。光刃は真正面を横薙ぎに走り、踏み込みを止めなければ身体を捉える軌道だった。


 サルディオンは斬線の外へ大きく逃げず、刃が伸び切る前の内側へ入り込んで射角から外れた。


「——『星華断刃(アストラ・セクティア)』」


 同じ対応を見せれば、リゼルヴェートも同じ斬り方を繰り返さない。次の光刃は斜めへ変わり、さらに低い位置から別の斬線が重なり、そこへ星桜まで混ざった。


 攻撃数そのものは再び増えたが、サルディオンにとって重要なのは、そのすべてが限られた方向から来ていることだった。


 広い戦場なら、前後左右のどこからでも攻撃が成立する。今は左に外縁があり、右にはサルディオンがいて、後退すれば距離は取れても攻撃角が狭くなり、前進すれば近距離配列へ入る。


 その結果、リゼルヴェートが組める攻撃も、自然と前方から側面までの範囲へ偏り始めていた。


 サルディオンは現在の戦場条件そのものを《戦律配列》へ取り込んだ。


 これまでは攻撃の種類や軌道を中心に記録していたが、今度はリゼルヴェートが選びやすい位置、選びにくい位置、現在の距離、戦場外縁までの余白まで含めて処理する。戦場全体を一つの条件として扱えば、次に来る可能性のある攻撃はさらに絞れる。


 右側から大きく回る攻撃は減り、後方へ展開するには距離が足りず、広範囲包囲は完成前に接近できる。


 残りやすいのは、前方集中、斜め射線、近距離防御、短距離での軌道変更だった。いずれも、すでにこの戦闘中か過去記録で観測している。


 リゼルヴェートが再び星桜を増やした。サルディオンは総数より発生方向を優先して見て、前方、上方、左寄りに偏り、右側が薄いことを確認する。


 ならば右から圧力をかけるだけで、左寄りに展開された星桜の一部は彼女自身の退路と重なる。


 リゼルヴェートはすぐに軌道を修正したが、その修正によって次に使える角度はまた減った。攻撃のたびに新しい問題を作られる状態から、今は逆に一つ動くたび利用可能な条件を削らせる状態へ変わっている。


 戦いそのものが、ようやくサルディオンの得意な形へ戻り始めていた。


 事前準備で作った既知技への対策、実戦中に追加した新しい観測情報、そして現在の位置関係を利用した戦場制限。


 その三つが噛み合うことで、《戦律配列》は最初より少ない選択肢だけを処理すればよくなっている。


 リゼルヴェートは攻撃を止めていないが、どの方向から何が来るかを限定できるだけで、サルディオン側の処理負荷は明確に下がった。


 まだ決定打を取ったわけではないが、主導権は明らかにこちらへ戻っていた。サルディオンが先に位置を作り、リゼルヴェートがその中で選択する形になっている。


 彼女が新しい攻撃を出しても、その攻撃を使える場所自体が狭いため、以前ほど無数の条件を一度に処理する必要がない。


 この形なら対応できると判断し、サルディオンはさらに半歩だけ前へ出た。距離を詰めすぎず、遠距離展開に必要な余白だけを削る位置だった。


 リゼルヴェートが下がれば外縁が近づき、横へ逃げればすでに配列があり、前へ出れば近距離戦になる。


「なるほど」


 リゼルヴェートが小さく言った。焦りは表情に出ておらず、ここまで戦場を削られて初めて、自分がどう動かされているのかを完全に理解したように見える。


 サルディオンはその反応を見て、戦闘力だけではない評価をもう一段上げた。


 普通なら、得意な攻撃を連続して処理され、移動先まで限定されれば焦る。


 威力を上げるか、速度任せにどこかへ突破しようとする選択へ寄りやすい。だがリゼルヴェートはどちらにも飛びつかず、一度自分の周囲へ視線を巡らせた。


 戦場外縁、サルディオンの位置、残された退路、自分が展開した星桜まで順番に確認してから、リゼルヴェートは僅かに息を吐いた。


 追い込まれて何もできない人間の動きではなく、今ある条件を正しく把握した上で次を選ぼうとしている。サルディオンには、その落ち着きの方が単純な突破より警戒すべきものに思えた。


「ここまで狭くすると、やりやすい?」


「私には」


「そっか」


 それだけ確認すると、リゼルヴェートは悔しそうにも怖がった様子にもならなかった。何かを確かめるようにもう一度サルディオンを見て、その視線の質だけを僅かに変える。


 突破口を探している目ではなく、《今の条件の中で戦い続ける必要があるのか》を考えているように見えた。


 サルディオンはその変化を見て、警戒を一段上げた。通常状態のリゼルヴェートについては、攻撃方向、移動範囲、距離、退路の多くを自分が処理可能な条件へ寄せられている。


 だからこそ、次に来るものまで《その条件内での別解》だと決めつけるのは危険だった。


 リゼルヴェートは右へ行かず、左へも動かず、後退もしなかった。その場に立ったままサルディオンをまっすぐ見つめ、表情だけが僅かに変わる。


 追い詰められた顔ではなく、選ぶものを決めた時の顔に近かった。


 その直後、リゼルヴェートの周囲を満たしていた源素の密度が明確に変わり始めた。星桜の数が急に増えたわけでも、炎の勢いだけが強くなったわけでもない。


 それでも、今までと同じ条件の中で次の手を選ぼうとしているのではないことだけは、サルディオンにもはっきり分かった。


 自分がようやく完成させた《対応可能な狭い戦場》は、通常状態のリゼルヴェートを処理するためのものだった。


 そこに別の段階まで同じ前提を当てはめれば、また最初の評価不足を繰り返すことになる。


 サルディオンが次の配列を組み直す準備へ入る中、戦場中央では《常世星桜》の源素密度がなおも変わり続けていた。





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