第二章 30 『答えより先に増えていく』
サルディオン・メルクレイドが予定していなかった方向へ押し出された瞬間、ゼルディヴァン・アルネグラートは《群鏡演算》の処理を一段深くした。
戦場内で起きた攻防を時系列ごとに分け、リゼルヴェートの攻撃条件と、それに対してサルディオンが選んだ行動を重ねていく。さっきの一手だけを見れば対応が遅れたように見えるが、原因まで同じとは限らなかった。
観戦位置から見える範囲と、すでに確認した公開戦歴、それまでの実戦中に起きた動きだけを材料にする。サルディオンの頭の中までは分からないし、《戦律配列》がどんな順序で処理しているのかを完全に読むこともできない。
それでも、実際にどの攻撃へどう答え、その結果どこへ移動したかは残っている。
「読み違いじゃないな」
隣にいたイェルシェリナが戦場から視線を外さずに聞いた。
「さっきの?」
「ああ。それより前も含めてだ」
ゼルディヴァンは複数の攻防を同時に並べた。《星桜千華》の正面射出には、軌道が閉じる前に薄い側から抜けている。
上下二層へ分かれた時は重なりの少ない位置を使い、時間差が加われば最初の回避で動きを終わらせず、後続が通過するまで次の位置を残していた。
《星華断刃》への対応も同じだった。斬線の外へ大きく逃げるのではなく、光刃が伸び切る前に発生側の内側へ踏み込み、次の攻撃へ移れる距離まで詰めている。
その後、リゼルヴェートが防御と背後攻撃を同時に使った時も、近距離なら手数が減るという仮定をすぐ捨てていた。
「全部、正しい」
「サルディオンが?」
「少なくとも、結果だけ見ればな。最初に立てた対策へ意地張って残ってないし、新しい動きが出たらちゃんと捨てて組み直してる」
ルシェルトも戦場へ目を向けたまま眉を寄せた。リゼルヴェートが強いことは全員が知っているが、ここまで通常状態の攻撃へ食らいつき続ける相手は多くない。
八十四ポイントが単なる制度上の数字ではないことは、戦いが始まってから何度も証明されていた。
そのサルディオンが、今は少しずつ押され始めている。
だからこそ、理由を間違えるわけにはいかなかった。
戦場ではリゼルヴェートが再び星桜を展開した。今度は前方へ広げる数を抑え、左右へ散らした花弁の一部へ白い光を重ねている。
さらに別の一群には熱が混ざり、同じ桜花の形をしていても、接触した時に起こる現象まで揃えていなかった。
サルディオンは正面群を避けながら、光を帯びた一群へ先に距離を取った。熱を含む側については完全に回避せず、軌道の外縁だけを使って位置を維持する。
どちらがより危険かを見誤った様子はなく、攻撃の違いを見た上で優先順位を変えていた。
「また正解」
ゼルディヴァンは処理結果を一つ追加した。
「でも、もう次が来てる」
リゼルヴェートは光を帯びた星桜をサルディオンへ追わせながら、自分の正面へ花弁と星光を重ねた防御を作った。
そこから身体を右へ移し、さっきまで炎を混ぜていた群れだけを途中で散開させる。攻撃、防御、移動、軌道変更が一つの流れの中で同時に起こり、それぞれが次の選択肢へ繋がっていた。
サルディオンは光の一群を外した後、防御へ入ったリゼルヴェートへ不用意に接近しなかった。
散開した炎の花弁についても、正面から抜けるのではなく進行方向を変え、熱が広がる前に外側へ位置を移している。それぞれの対応だけを切り出せば、やはり大きな間違いはなかった。
「サルディオンが遅いわけじゃない」
イェルシェリナがそう言うと、ゼルディヴァンは小さく頷いた。そこが一番重要だった。判断速度そのものが足りないのなら、もっと前から攻撃を受けているはずだった。
「問題は別だ。あいつが一個答えを出す間に、リゼルヴェートが問題を増やしてる」
ゼルディヴァンは直近の攻防を三つに分けた。最初の頃なら、《星桜千華》が来たからそれへ対応するという一対一に近い関係があった。
今は《星桜千華》を処理している間に防御が追加され、防御を見て位置を変えれば炎を含む別群が広がり、そこへリゼルヴェート本人の移動まで重なっている。
一つの正解を見つけても、その正解が対応しているのは攻撃全体ではなく、その中の一条件だけだった。
しかも、リゼルヴェート自身はそれを意識して一つずつ並べているようには見えない。
相手の動きを見て星桜の数を変え、空いた位置があればそこへ光を回し、自分へ接近されそうなら防御を厚くする。その結果、同じ数秒の中へ複数の異なる問題が自然に増えていた。
「《常世星桜》の面倒なところが出てきたな」
「複数要素?」
「ああ」
ゼルディヴァンはリゼルヴェートの周囲で変化する源素を追った。星だけでも桜だけでもなく、光と炎が同時に混ざり、防御へ回していたものが次の瞬間には攻撃の起点へ変わる。
どれか一つを専門に使うのではなく、必要なものをその場で組み替えられることが、サルディオンに要求される対応数を増やしていた。
その間にも戦闘は止まらない。
サルディオンが右側へ抜けると、リゼルヴェートは正面群を追わせず、あえて左から星桜を回した。右へ逃げた相手を右から追うのではなく、次に戻りたくなる場所を先に塞ぐ配置だった。
サルディオンはそれを見て後退を止め、中央寄りへ戻ることで包囲前に位置を修正する。
正しい。
だが、リゼルヴェートはその中央へすでに光を集めていた。
サルディオンが一歩横へ外れると、今度は炎を帯びた花弁がその先へ広がる。そこで完全に離れれば安全になるが、距離を取った分だけリゼルヴェートが広い空間を使える。
サルディオンは大きく退かず、炎の外縁ぎりぎりへ位置を残して次の攻撃へ備えた。
「今のも悪くない」
ルシェルトが呟いた。
「むしろかなりいい。あそこで下がりすぎたら、またリゼルヴェートが好きに広げられる」
「ああ。だから厄介なんだよ」
サルディオンは選択を間違えていない。それでも一つの選択を正しく行うたびに、次の選択肢が増える。正解を積み重ねているのに、正解しなければならない回数だけが減らない。
ゼルディヴァンは《群鏡演算》で攻防の増加率を追った。最初は一回の攻撃に対して一度か二度の判断で済んでいたが、今は同じ時間の中で修正回数が倍以上へ膨らんでいる。
正確な限界値までは分からないものの、このまま個別対応を続ければ、いつかまた更新が遅れることだけは十分に読めた。
「サルディオンも分かってるだろうな」
「何を?」
「このまま全部に付き合ったら駄目だってこと」
リゼルヴェートが次の星桜を広げる。サルディオンはそれまでなら、数、角度、速度を見てから最適な退避方向を選んでいた。
ところが今回は、星桜が完成するより早く前へ踏み込み、リゼルヴェートとの距離そのものを縮め始めた。
最初の数歩だけなら、先ほどまでにもあった動きだった。
違ったのは、その後だった。
サルディオンはリゼルヴェートを直接狙って一直線に詰めず、左前方へ回り込む。そこからさらに位置をずらし、リゼルヴェートと戦場外縁を結ぶような角度へ立った。正面の距離を詰めるだけではなく、使える空間の片側を自分の位置で削ろうとしているように見えた。
「……変えたな」
ゼルディヴァンは《群鏡演算》へ新しい動きを加えた。リゼルヴェートの攻撃そのものではなく、戦場内の位置関係を中心に処理する。
サルディオンが何を考えているかは断定できないが、少なくとも個々の星桜へ一発ずつ答える動きではなくなっていた。
リゼルヴェートもすぐに気づき、外側へ回ろうとする。そこへサルディオンが先に動き、最短経路を塞ぐ位置へ入った。
直接攻撃を当てるためではなく、リゼルヴェートが次に選べる移動方向を一つ減らすための位置取りだった。
「右へ行かせない気か」
ルシェルトも戦場の形を見て理解したらしい。
「たぶんな。あっちへ出られると、また広く使われる」
完全に閉じ込めたわけではない。リゼルヴェートが力ずくで突破できない壁があるわけでもないし、進路そのものが消えたわけでもない。
それでも、右へ行けばサルディオンとの距離が近くなり、左へ回れば戦場外縁が近づくため、選ぶ価値のある移動先が少しずつ減っていた。
そこへサルディオンが追撃を重ねる。リゼルヴェートが距離を広げようとすれば前へ出て、逆に接近しようとすれば斜めへずれて進路を外側へ向ける。
攻撃を一つずつ打ち消すのではなく、どこから攻撃できるかという条件そのものを狭め始めていた。
リゼルヴェートは星桜を左右へ散らし、サルディオンを退かせようとする。ところがサルディオンは全部から逃げず、片側だけを処理して位置を維持した。
その結果、リゼルヴェートが広げた攻撃の一部が自分自身の移動候補を塞ぎ、外側へ回り込む道まで狭くなる。
「自分の攻撃まで壁にさせてる」
ゼルディヴァンはその変化を見逃さなかった。サルディオンは星桜を消してはいないし、リゼルヴェートの制御を奪ったわけでもない。
攻撃が存在する場所を利用して、《そこへ動けば自分の攻撃と干渉する》という選びにくい位置を増やしているだけだった。
それなら、サルディオン自身が処理すべき攻撃数も減る。
広い戦場のどこからでも星桜が来るなら、全方向へ対応を用意しなければならない。だがリゼルヴェートが使える位置を限定できれば、攻撃方向もある程度絞られる。
問題を解き続けるのではなく、出題される問題の種類そのものを減らそうとしていた。
「なるほどな」
ゼルディヴァンの中で、ここまでの動きが繋がった。
サルディオンは個別対応を捨てたわけではない。必要な攻撃には今まで通り正しい対策を返しつつ、その回数を減らすために戦場側へ手を入れ始めた。相手の自由が大きすぎるなら、その自由を先に削ればいい。
戦況は実際に変わり始めていた。
リゼルヴェートが右へ動けばサルディオンが近い。左へ逃げれば外縁が迫り、後方へ下がれば距離を確保できる代わりに、星桜を広く回すための角度が限定される。
前へ出れば近距離戦となり、複数方向から大量の攻撃を組む余裕を削られる。
まだリゼルヴェートが押し込まれたわけではない。通常状態のままでも攻撃を続け、サルディオンに何度も対応を要求している。
ただ、少し前まで好きな方向へ広げられていた戦場が、今は一手動くごとに《選びやすい場所》と《選びにくい場所》へ分かれ始めていた。
「上手いな」
ゼルディヴァンは素直に評価した。
「リゼルヴェートが問題を増やすなら、増やせる場所を減らす。全部に正解出す必要なくす気だ」
イェルシェリナは返事をせず、狭まり始めた戦場を見ていた。ルシェルトも位置関係を追いながら、リゼルヴェートが次に使える経路を目で確認している。
三人とも、サルディオンが単純な対策型ではなく、対策を成立させるための戦場そのものを作れる人物だと理解し始めていた。
その中央で、リゼルヴェートは一度だけ足を止めた。正面にはサルディオン、右には近距離へ入られる危険、左には戦場外縁、後方へ下がれば攻撃角が限られる。
選択肢は残っているが、どれを選んでもサルディオン側が事前に用意しやすい形へ近づいている。
ゼルディヴァンには、そこでようやく相手の狙いが明確な戦術として見えた。対策できないほど選択肢が増えるなら、最初から対策できる状況だけを残せばいい。
リゼルヴェートの周囲から自由に使える戦場が少しずつ削られ、サルディオンが処理できる形へと戦況そのものが組み替えられ始めていた。




