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第二章 23 『戦う前から始まっている』





 サルディオン・メルクレイドは、机上に並べた記録を古い順には見ていなかった。相手が何をしたかより、何をした時に、何を選び、何を選ばなかったかを先に分ける。


 リゼルヴェート・アルシェノアに関する公開情報は決して多くないが、至冠戦を二度経験し、その両方に正式記録が残っている時点で、最初の配列を作るには十分だった。


 最初に置いたのは、レグシェリア・ヴァルディナとの戦闘記録だった。当時第三十一位だったレグシェリアが高速近接戦を仕掛け、リゼルヴェートがその攻撃へ正面から対応した記録が残っている。


 そこから読み取れるのは、単に攻撃力が高いという事実ではなく、高速戦闘へ追従できる反応速度と、攻撃を受けた後に戦場全体を見失わない判断力だった。


「近距離へ詰めれば、処理量を落とせる――という前提は捨てるべきですね」


 サルディオンは一枚の記録札へ短く書き込み、右側へ移した。高速近接へ持ち込めば遠距離型の手数を削れる相手は多いが、リゼルヴェートについて同じ期待を置くのは危険だった。


 むしろ接近した相手へ対処しながら、外側へ別の攻撃を成立させる可能性まで考える必要がある。


 次に確認したのは、ユルディオ・ネフェルスとの戦闘記録だった。こちらではリゼルヴェートが最初から最大火力を叩き込まず、相手の真律《傷界分岐》がどこまで損傷を逃がせるかを見ながら、攻撃数とタイミングを増やしている。


 ユルディオが覚醒《七傷分界》へ移った後も、単純に威力だけを上げるのではなく、同時処理数と時間差を組み替えて対応を崩していた。


「威力優先ではない。相手が何を苦手とするかを見て、そこへ攻撃形式を合わせている」


 公開記録だけでも、その傾向はかなり明確だった。力押しが通じるから力押ししかしない相手ではなく、力がある上で手段を選び直す。対策型の相手にとって最も扱いにくい種類だった。


 ただし、扱いにくいから対策不能という話にはならない。サルディオンは十二枚の金属板のうち三枚を机上へ置き、それぞれに別の迎撃条件を割り当てた。


 真律《戦律配列》が得意とするのは、既知の行動へ一つの正解を押し付けることではなく、複数の条件へ複数の返答を用意しておくことだった。


 公開技の中で、最初に具体的な配列対象へ選んだのは《星桜千華》だった。桜花状の光撃を多数展開し、複数方向から相手を包むように撃ち込む。


 記録ごとに数も軌道も完全一致していないが、展開から射出までに存在する共通部分は拾える。


 サルディオンは過去の使用例を重ね、射出開始位置、対象との距離、初動角度、軌道変更の有無を分けた。数が増えるほど一撃ごとの重要度は下がるが、全てを個別に追えばこちらの処理量が先に尽きる。


 ならば一つずつ迎撃するのではなく、複数弾が通過する空間そのものへ返答を置く方が合理的だった。


「第一配列。正面密集型」


 声に合わせ、机上の一枚へ条件を書き込む。


「発生位置が前方集中。初速一定以上。軌道変更が少ない場合――正面迎撃ではなく、左右へ流して空隙を作る」


 防御で全弾を受ける必要はない。中心線をずらし、安全域を一時的に作ればいい。そこから前進するのか、距離を切るのかは次の条件で分ければよかった。


「第二配列。周囲包囲型」


 別の金属板を指先で回した。


「展開方向が四方以上。着弾時間差が小さい場合、個別回避は捨てる。最短方向だけを破壊して、包囲そのものから抜ける」


 全方向へ同じ強度で対応すれば間に合わない。逆に、最も薄い場所を一箇所だけ割れば、残りの攻撃は追尾性能次第で無駄になる可能性がある。


 公開記録だけでは完全追尾か、一定角度までの修正かは断定できないため、その部分にはまだ空欄を残した。


「第三配列。時間差混成型」


 そこだけは少し慎重に書いた。


「先行弾を囮と仮定。最初の迎撃後、第二群を即時想定。迎撃完了を終了条件にしない」


 ユルディオ戦で最も厄介だったのは、同じ種類の攻撃でも時間差を変えて処理をずらした点だった。最初の攻撃を防いだ瞬間を安全と認識すれば、その直後に置かれた第二群へ対応が遅れる。だから迎撃成功そのものを配列終了条件から外す必要があった。


「……準備不足は、失礼ですからね」


 サルディオンは独り言のように呟きながら、三枚を横へ並べた。リゼルヴェートは第三十一位だから強いのではなく、記録を見る限り第三十一位へ収まるには明らかに対応幅が広い。なら、こちらも順位差だけを理由に優位を想定するべきではなかった。


 もちろん、《星桜千華》だけを止めれば勝てるとも考えていない。他にも確認できる技があり、真律《常世星桜》そのものが複数の現象を組み合わせる。公開情報で名前と使用例を確認できる範囲だけでも、単一属性の術者として扱うのは危険だった。


「星だけではない。桜だけでもない。光、熱、再構成……公開範囲だけでも複数系統」


 サルディオンは一つずつ記録を拾い、効果の断定を避けながら分類した。見えていない部分まで能力だと決めれば、その誤認がそのまま迎撃配列の穴になる。


 真律《戦律配列》は情報が多いほど強くなるが、誤った情報まで正しいとはしてくれない。


 だから、分からない部分には《不明》と書く。推測できる部分には《仮説》と書く。確定記録と推測を混ぜないことが、サルディオンにとって最初の対策だった。


 それでも、リゼルヴェート本人だけを調べているうちに、一つ引っかかる点が出てきた。公開記録のいくつかには、戦闘前後の判断へ本人以外の人物が関わっている。


 特に対外交渉、事前情報、移動条件に関する部分では、ノルシェリア派の他三名の名前が繰り返し現れていた。


「イェルシェリナ・クロヴェリア」


 まず一人目の資料を開いた。


 ノルシェリア派代表。外交・契約上の窓口を担当し、リゼルヴェート本人の同意が必要な案件と派閥責任を分ける。ヴァルグレシア帝国との会談後に公開された範囲だけでも、単に名義上の代表として座っている人物ではないことが分かった。


「戦う前の条件を整理する役ですか」


 至冠戦そのものへ直接攻撃を加えるわけではない。だが、誰と、どの条件で、何を了承した上で戦うかを管理する人物なら、戦場へ入る前の時点で無視できない。特に情報提供や戦場条件に契約上の制限が入る場合、サルディオン側の準備精度にも影響する。


 次に開いたのはゼルディヴァン・アルネグラートだった。公開情報では分析・情報整理を担い、戦闘記録を比較しながら対戦相手の能力や傾向を確認する人物とされている。能力の詳細までは出ていないが、少なくとも相手側にも情報を整理する人間がいるなら、こちらだけが一方的に分析できると考えるべきではなかった。


「こちらが調べていること自体、すでに気づかれる可能性がありますね」


 サルディオンはその一文を別の記録札へ移した。照会履歴が残る制度を使っている以上、隠すつもりはない。正規の手続きを選んでいるのだから、相手が履歴からこちらの意図を読むことも当然想定すべきだった。


 最後にルシェルト・ヴァルネイドの資料を開く。移動、物流、施設、実務。戦闘記録だけを見れば最も直接関係が薄く見えるが、訓練場所、入退場経路、物資搬入、戦場までの移動といった情報は、実際に相手がどんな準備をできるかへ繋がる。


「戦わない三人が、戦う一人の条件を作っている」


 ただし、そこまで断定するにはまだ情報が足りない。三人がどの程度リゼルヴェートの戦闘判断へ関与するかは公開資料だけでは分からず、戦闘中に直接指示を出すのか、事前準備だけなのかも記録ごとに違う。


 現時点で言えるのは、三人を《戦闘力がないから無関係》として捨てる方が危険だということだった。


 サルディオンは四人の名前を一枚の紙へ並べ、線で結ばなかった。関係があることと、具体的な指揮系統まで確定することは別だった。分からない部分へ線を引くのは、調査ではなく想像になる。


「アルシェノアさんだけを解けば終わる相手ではなさそうです」


 情報仲介を担当する商盟の実務者が、必要な書類を持って入室した。サルディオンが依頼したのは、公開情報の整理と、正式な料金を払えば取得可能な記録の候補一覧だった。違法な取得経路は最初から対象外にしている。


「メルクレイド様。照会可能な追加記録を整理しました」


「ありがとうございます。非公開指定のものは?」


「本人同意、管理組織承認、国家承認のいずれかが必要です」


「では、承認なしで取得できるものだけ先に」


「承知しました」


 実務者はそれ以上踏み込まなかった。サルディオンも、承認が必要な記録を抜け道で取るつもりはない。情報は多いほど助かるが、取得方法そのものが対戦条件を壊せば、準備ではなく不正になる。


 新たに出された一覧へ目を通す。一般公開されている至冠戦記録、施設利用記録、公開任務履歴、商品として販売される戦闘観測記録。いずれも合法的に取得できるが、精度も価値もばらばらだった。


「この訓練施設の利用記録は、内容までは分からないのですね」


「入退場時刻と利用区画のみです」


「それで構いません。内容が分からないことも情報です」


 何をしたかが分からなくても、どの程度の時間を使い、どの施設を必要としたかは残る。そこから新技まで断定することはできないが、準備期間や利用傾向を知る材料にはなる。情報不足だから無価値なのではなく、情報不足の範囲を知ることにも意味があった。


 サルディオンは《星桜千華》への三つの基本配列へ追加条件を書き込み、さらに別の対策案を作り始めた。攻撃数が想定以上なら防御継続を捨てて位置変更。軌道変化が大きいなら迎撃ではなく射線外へ移動。初撃と同時に別現象が発生した場合は、《星桜千華》だけを主攻撃と決めつけない。


 これで完全ではない。だが公開情報だけでも、最初の数手を無策で受ける必要はなくなった。未知が残っていることと、準備できないことは同じではない。


「公開済みの範囲なら、ここまでは組めます」


 サルディオンは完成した配列案をまとめ、十二枚の金属板のうち対応するものへ記録を移した。実戦では相手が記録通りに動く保証などない。だからこそ、外れた瞬間に捨てられるよう、最初から一つの正解へ依存しない配列にしておく。


 問題は、記録に出ていない部分だった。


 リゼルヴェートが訓練で何を試しているか。公開戦闘では使っていない技があるか。既知技の軌道や発動条件をどこまで変えられるか。覚醒状態についても公開記録はあるが、使用可能な現象全てが記録されているとは限らない。


「不足している情報を、不足したままにしておくのも一つの選択ですが」


 サルディオンは一覧の中から、取得価値のある記録へ印を付けた。買える情報は買う。正式照会できるものは照会する。承認が必要なら正式に申請し、拒否されればそこで諦める。


 戦う前にできることをしない理由はなかった。


「この三系統へ照会を出してください。それから、戦闘観測記録を扱う商会へも。同じ記録の重複購入は避けたいので、出所の確認もお願いします」


「承知しました」


「リュネヴァルト側の非公開指定に触れるものは、必ずそのまま除外してください。こちらから条件を崩す必要はありません」


 実務者が一礼し、手続きを持って退室していく。サルディオンは残った公開資料へ視線を戻し、すでに完成した配列と未確定部分を並べ直した。既知の範囲では戦える形ができており、足りない情報はあくまで精度を上げるためのものだった。


 最後に、取得候補一覧の中から一項目だけを抜き出す。


 《リゼルヴェート・アルシェノア/非公開戦闘記録》


 存在だけ確認できる記録だった。詳細は非公開指定で、そのままでは中身を読むことができない。だが、別管理組織や観測主体が権利を持つ記録であれば、正式照会によって一部開示される可能性は残っている。


 サルディオンはその項目へ印を付け、取得可否を確認するための照会を追加した。本人同意が必要なら本人同意を求め、国家管理なら国家へ申請し、拒否されたならそれまで。それでも価値が最も高い情報である以上、正規の入口を試さない理由はなかった。


 同じ頃、同様の照会は複数の合法的な情報経路へすでに流れ始めていた。リゼルヴェート本人がまだサルディオンの顔すら見ていない段階で、公開情報への対策はすでに形になり、未公開部分を埋めるための手続きまで動いている。


 サルディオンにとって至冠戦とは、互いに戦場へ立った瞬間から始まるものではなかった。





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