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第二章 22 『八十四ポイント』





 サルディオン・メルクレイド。至冠序列第二十七位。累計八十四ポイント。ゼルディヴァン・アルネグラートは、至冠戦申請書へ並んだ三つの情報を頭の中で切り分けながら、最初に順位ではなく八十四という数字へ意識を向けた。


 現在第三十一位のリゼルヴェートより上にいる時点で、順位だけでも警戒する理由にはなる。だが、これまで確認してきた至冠者たちのポイントを思えば、八十四は単に《少し多い》では済まない。


 リゼルヴェートは二、ユルディオは十四、レグシェリアは二十一であり、その差は詳しい戦歴を見る前から十分に異常だった。


「公開記録、出せるだけ出すぞ」


「お願い」


 イェルシェリナは申請書そのものを確認しながら答えた。正式印、申請権限、順位記録に不備はなく、少なくとも偽造や成り済ましを疑う段階ではない。


 リゼルヴェートは机の向こうから記録板を覗き込み、ルシェルトも別の資料束を引き寄せて、少し前まで国際会合の招待状を囲んでいた机がそのまま第二十七位の調査場所へ変わっていった。


 ゼルディヴァンは《群鏡演算》を起こした。複数の公開資料を同時に並べ、重複、年代、決着種別、順位推移を分けていく。


 未来を見ることも、公開されていない情報を勝手に埋めることもできないが、すでに存在する記録同士を照合することなら、一枚ずつ目で追うより遥かに速い。


「……やっぱり多いな」


「何が?」


「戦った数だ」


 最初に見えたのは勝率より回数だった。サルディオンの公開戦歴は短期間に集中したものではなく、長い期間にわたって積み重ねられている。


 順位が上がった後も至冠戦そのものを避けた様子はなく、一定の間隔で対戦記録が続いていた。


 しかも、決着種別を見る限り、殺害ばかりでポイントを増やした人物ではない。戦闘不能決着が中心で、降参勝利も混じっている。


 八十四という数字だけを見れば殺害偏重の可能性も考えられたが、実際の記録はもっと長期的で、安定してポイントを積み上げた形に近かった。


「殺して稼いだ八十四じゃない」


 ゼルディヴァンがそう言うと、リゼルヴェートの表情が少し変わった。危険人物かどうかを決めるためではなく、八十四という数字が何によって作られたのかを知る必要がある。そこで戦歴の決着欄をさらに分けると、戦闘不能勝利の数が目立っていた。


「じゃあ、何が多いの?」


「戦闘不能決着だな。記録に残ってる範囲じゃ、そこが中心だ」


 至冠戦の加点は、降参勝利で一ポイント。戦闘不能勝利で三ポイント。殺害勝利なら五ポイントで、引き分けは双方零のまま順位も動かない。


 仮に殺害だけなら、少ない勝利数でも数字は大きく伸びる。だがサルディオンの戦歴はそうではなく、相手を殺さず、かといって降参だけに頼るでもなく、戦闘不能まで持っていく決着を何度も重ねている。


 八十四という数字は、一度二度の極端な勝利ではなく、積み重ねそのものだった。


「全部勝ってるわけじゃないよね?」


「もちろん違う。負けもあるし、順位を落とした記録もある。ただ、落としてから戻ってる回数も多い」


「ずっと第二十七位だったわけじゃないってこと?」


「そういうことだ」


 至冠序列は一度決まれば固定されるものではない。上の順位へ勝てば上がり、自分より下の相手に負ければ落ちるため、現在の順位だけでは、その人物がそこへ至るまで何度勝ち、何度負けたのかまでは分からない。


 だがポイントは消えないため、八十四という数字には順位変動とは別の履歴が残る。


 サルディオンは上がったことも、落ちたことも、勝ち直したこともある。その上で、今も第二十七位にいる。ゼルディヴァンが危険だと感じたのは、現在の位置そのものより、そこへ至るまでに実戦を繰り返し続けた量だった。


「順位より、こっちの方が厄介だな」


「八十四の方?」


「ああ。第二十七位ってだけなら、今そこにいるって話だ。でも八十四は、そこへ来るまでに何回も実戦をやってる」


 年代ごとの記録をさらに分けると、戦場条件も相手の能力傾向も一定ではなかった。近接主体、遠距離主体、術式型、広域制圧型と、公開記録で分類できる範囲だけでも相手の種類はかなり広い。


 同じ相手との再戦記録まであり、一度負けた後に勝ち直した例も、逆に一度勝った相手へ再戦で敗れた例も確認できた。


 無敗の怪物ではない。その代わり、失敗も敗北も経験した上で、また戦っている。その差は大きく、ゼルディヴァンには勝利数だけよりも、敗北経験まで蓄積していることの方が厄介に思えた。


「こいつ、負けた相手とも普通にもう一回やってる」


「負けず嫌いなのかな」


「そこまでは記録じゃ分からない。ただ、少なくとも負けたら避けるタイプじゃない」


 リゼルヴェートは少し感心したような顔をしたが、ゼルディヴァンは性格まで決めつけるつもりはなかった。


 公開戦歴から分かるのは、誰と戦い、どう決着し、その後どう順位が変わったかまでだ。そこから先は推測であり、事実と混ぜれば分析の意味がなくなる。


 それでも、大量の勝利記録、多様な相手、再戦、十分な敗北記録がある。戦闘不能決着を中心に八十四ポイントまで積み上げた長期実績は、単に強いという言葉だけでは片づけにくかった。ユルディオとは危険の種類がまるで違う。


「ユルディオは、生きて帰るのが一番だったもんね」


「ああ。あいつは勝てないと思ったら降りる。サルディオンは、記録を見る限り《どうすれば勝てるか》を長く積み上げてる側だ」


 もちろん、それも記録から見える傾向でしかない。けれど、長い実戦経験があるという事実そのものは変わらない。さらに調べれば、八十四という数字には戦歴以外の意味も付いていた。


「……なるほど。こっちもあるか」


「何?」


「ポイント到達権」


 リゼルヴェートが首を傾げた。基本加点についてはこれまで確認してきたが、累計ポイントによって得られる公的権利までは、四人で詳しく整理していない。


 ゼルディヴァンは公開制度資料を並べ、確認できるものだけを順番に拾っていった。


「五ポイント。《戦歴照会権》」


「戦歴を見る権利?」


「一般公開より詳しい至冠戦記録を、正式な手続きで照会できる」


 リゼルヴェートは現在二ポイントなので、まだ届いていない。制度上は三ポイント先だが、その三ポイントが何を意味するかは、今まさにサルディオンの調査をしている状況では軽く見られなかった。相手はとうにその権利を持っている。


「次。二十ポイント。《戦場指定権》」


「場所を決められる?」


「一定条件の中でな。至冠戦の戦場候補について、権利保持側が優先的に指定できる」


「レグシェリアは持ってるってこと?」


「二十一だから、制度上は持ってる」


 リゼルヴェートが少し驚いた顔をする。レグシェリア本人がその権利を過去にどう使ったかは別問題だが、少なくとも到達資格は満たしている。ゼルディヴァンはそこを混同せず、次の制度資料へ進んだ。


「四十ポイント。《至冠審議請求権》」


「審議?」


「至冠者同士で正式に扱う必要がある案件を、審議対象として提出できる権利だ。通るかどうかは別だが、《これを議題にしろ》って正式に上げる入口は持てる」


 四十を越えるあたりから、単なる個人戦闘とは意味が変わってくる。誰と戦えるかだけではなく、至冠者社会そのものへ発言を届かせる制度上の手段になる。順位とは別軸で、ポイントを積み重ねた者だけが持つ影響力だった。


「七十ポイント。《至冠招集提議権》」


 そこまで読み上げると、イェルシェリナが申請書から顔を上げた。八十四ポイントのサルディオンは、当然そこまで到達している。戦闘実績だけでなく、至冠者同士の集まりそのものへ提案を出せる位置にいるということになる。


「サルディオンは八十四。つまり、そこまで持っているのね」


「ああ」


「招集を決定できるわけではない?」


「提議だな。呼びたいって言えば全員が強制参加、じゃない。けど、正式に《至冠者を集めるべき案件だ》って提案を上げられる」


「十分大きいわ」


 ゼルディヴァンも同意した。現在第二十七位であっても、八十四ポイントという長期実績によって、順位とは別の発言力が成立している。今のリゼルヴェートが持っていない種類の権限を、サルディオンはいくつも持っていた。


「最後は?」


 リゼルヴェートが続きを促した。


「百ポイント。《特別冠位権》」


「何ができるの?」


「非公開」


「え?」


「名前と到達条件までは公開されてる。詳細は一般資料に出てない」


 ゼルディヴァンは別経路の制度資料も照合したが、結果は同じだった。《特別冠位権》という名称と百ポイント到達時に発生する権利であることまでは一致する。だが、それ以上を示す公開情報はなく、ここから内容を作ることはできなかった。


「八十四なら、あと十六か」


「そうだけど、今そこを考えても仕方ないわ」


 イェルシェリナが切った。百ポイントの中身を推測しても、現時点では材料が足りない。ゼルディヴァン自身も同意し、今確認すべき範囲を七十までの権利へ戻した。


「今重要なのは、こいつが七十までの権利を全部持ってるってことだ」


「戦歴も見られて、戦場も選べて、審議も出せて、招集も提案できる」


「そういうこと」


 リゼルヴェートが指を折りながら確認する。同じ至冠者でも、二ポイントの現在と八十四ポイントでは制度上選べる手段がまるで違う。ただし、今回の申請書を見る限り、サルディオンがそれらを乱用している形跡はなかった。


「変な条件は付いてないの?」


「今のところはない」


 イェルシェリナは申請書を見直しながら答えた。戦場指定についても一方的な押し付けではなく協議可能な形で、制度上の権利を持っていることと、それを乱暴に振り回していることは別だった。


 だからこそ、危険人物だと決めつけるのではなく、持っている選択肢を正確に知る必要がある。


 次に確認するべきなのは能力だった。ゼルディヴァンはサルディオンの至冠者登録記録を開き、公開されている真律名と概要を拾う。そこにも、八十四ポイントという戦歴と噛み合う情報があった。


「真律も公開名は出てる。《戦律配列》」


「どんなの?」


「公開説明だけなら、観測・記録した相手の戦闘パターンに対して、条件ごとの迎撃手順を組む真律だ」


「パターン?」


「攻撃の軌道、発動までの動き、避け方、防御の癖。そういう《こう来たら、こう返す》を積み上げていく」


 完全な未来予知ではない。相手の心を読むわけでもなく、一度見ただけで全てを理解する能力とも書かれていない。既知の情報や戦闘中の観測結果を材料に、《特定条件なら特定対応を返す》形で迎撃構造を作る能力だと読めた。


「つまり、知ってる技ほど強い?」


「たぶんそうなる。ただし、《知ってれば絶対勝てる》までは書いてない」


 ゼルディヴァンは公開戦闘記録と真律概要を重ねた。同じ種類の攻撃を受けた時、戦闘途中から対応が速くなっている例が複数ある。初見では回避に回っていた攻撃へ、二度目以降は踏み込んで潰している記録もあり、観測結果をその場で活用できること自体はかなり確かだった。


「……嫌な相手だな」


「ゼルディヴァンが?」


「俺が戦うならな」


「私は?」


「もっと嫌だ」


「なんで?」


「公開技があるからだよ」


 これまでリゼルヴェートは、複数の戦闘を人目のある場所で行っている。レグシェリア戦もユルディオ戦も、完全な非公開では終わっていない。正式な記録が残っている以上、サルディオンが調べようと思えば、少なくとも公開範囲の情報は手に入れられる。


 特に《星桜千華》は目撃情報が多い。攻撃数、軌道、広がり方まで毎回同じではないにしても、《どのような技か》を調べる材料は十分に存在する。《戦律配列》と事前情報の相性を考えるなら、公開済みの技ほど対策対象になりやすかった。


「《戦律配列》と一番噛み合うのが、事前情報だ。相手の戦い方を知るほど、最初から組める対応が増える」


「でも、私も毎回同じじゃないよ?」


「そこは救いだな」


「救いなんだ」


「お前の《常世星桜》は一個の決まった軌道だけじゃない。数も角度も組み合わせも変えられる。ただ、だから安心って話でもない」


 サルディオンの真律がどこまで戦闘中に再構築できるかは、公開情報だけでは限界が見えない。事前配列だけなのか、観測した瞬間からどの程度更新できるのか、その処理上限まで断定できる材料はない。


 けれど、大量の実戦経験と能力の方向性が噛み合っていることだけは十分に分かった。


 戦って記録し、その記録を次へ使い、さらに戦う。八十四ポイントという長期実績が、そのまま《戦律配列》の材料になっている可能性は高い。


 単に勝利数が多い相手ではなく、経験を対策へ変換する相手だと考えた方がよかった。


「相性悪そう?」


 リゼルヴェートが尋ねる。


「相手から見れば、戦いやすくするために情報を集める価値が高い。こっちから見れば、同じ見せ方を繰り返すほど不利になる可能性がある」


「じゃあ、違うことすればいい?」


「そこを戦う前から簡単に決めるな」


「はーい」


 返事は軽かったが、リゼルヴェートが本番で決められた手順通りにしか動けない人物ではないことは、ゼルディヴァンが一番よく知っている。


 むしろ固定作戦を押しつければ、彼女自身の対応力を削る可能性がある。必要なのは《何を使わせるか》を先に決めることではなく、《相手が何を知っているか》を把握することだった。


「公開記録だけじゃ足りない。向こうがこっちをどこまで調べてるか見る」


「見られるの?」


「正式な照会なら、一部は履歴が残る」


 サルディオンは八十四ポイントで、《戦歴照会権》の条件を大きく超えている。その権利を使えば一般公開より詳しい至冠戦記録へ合法的にアクセスできる以上、リゼルヴェートへ挑む前に使わない理由の方が少ない。ゼルディヴァンは照会記録を開き、時系列と照会先を分けていった。


 最初に出たのは至冠戦の公式記録だった。リゼルヴェート・アルシェノアとレグシェリア・ヴァルディナの戦闘記録は照会済み。


 続いてユルディオ・ネフェルスとの戦闘記録にも照会履歴が残っており、少なくとも公的な二戦については事前に確認されていた。


「やっぱり見てるな」


「普通じゃない?」


「ここまでは普通」


 問題は、その次だった。公開訓練施設への利用記録照会、過去の戦闘記録保有先への閲覧申請、リュネヴァルト内で公的に残る移動記録、公開範囲の任務記録、ノルシェリア派の施設利用履歴まで複数の経路から確認されている。一つひとつは違法ではなく、公開情報か正式な手続きを踏めば閲覧できる範囲に収まっていた。


 それでも、集めている方向が揃いすぎていた。単に《どんな技を使うか》だけではなく、どの施設を利用し、どの時間帯に動き、どの程度の人数で行動するのかまで拾おうとしている。技そのものではない周辺情報から、戦い方や準備の傾向を逆算する意図が見え始めた。


「……訓練情報まで見てる」


 ルシェルトが横から資料を覗き込んだ。


「全部出てるわけじゃないだろ?」


「もちろん。非公開の訓練内容までは取れてない。でも、どの施設をどの時間帯に使ってたか、何人で入ったか、そういう周辺情報は取れる」


「そこから戦い方まで読むの?」


「読むために集めてる可能性はある」


 さらに照会先を辿ると、リゼルヴェートがどんな相手にどう対応したか、最初から高出力を使うか、相手が降参した瞬間に止めるか、周囲への被害をどの程度抑えるかといった行動傾向へ繋がる資料まで対象になっていた。


 もちろん、照会したからといって全ての意図が確定するわけではないが、真律《戦律配列》の性質を考えれば無関係とは思いにくい。技だけでなく、判断の癖まで条件として使うつもりなら、集める情報の範囲が広いことにも説明がつく。


 ゼルディヴァンは《群鏡演算》の処理を一度止め、並んだ照会履歴を最初から見直した。情報が足りなくて判断できないのではなく、公開範囲だけでも十分に方向性が見えている。


 サルディオンはまだリュネヴァルトへ来ておらず、リゼルヴェートとも直接顔を合わせていないのに、戦闘記録、訓練周辺情報、行動傾向、施設利用、公開任務履歴まで複数経路から集め始めていた。


「どうしたの?」


 リゼルヴェートに聞かれ、ゼルディヴァンは照会履歴を机の中央へ押し出した。イェルシェリナとルシェルトも、そこに並ぶ情報の種類を見れば意味を理解できる。正式至冠戦はまだ受諾していないが、少なくともサルディオン側では、対戦前の情報収集がすでに実戦準備として動いていた。


「……これ、もう始まってるぞ。至冠戦」


 申請書が届いた瞬間を開始だと思っていたのは、こちらだけだったのかもしれない。


 第二十七位サルディオン・メルクレイドは、まだ姿すら見せていないまま、合法的に拾える情報を一つずつ集め、リゼルヴェートとの戦いへ最初の一手を置いていた。





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