第二章 21 『世界の招待状』
セラフィネアが机上へ置いた封書は、先ほどまで使っていた聖統国の会談資料とは明らかに作りが違っていた。特定の国家からリュネヴァルトへ送られた照会文書ではなく、複数の正式印が一枚の封へまとめられている。
リゼルヴェートは差し出されたそれを両手で受け取り、隣からイェルシェリナも確認できる位置で封を開いた。
「私宛て?」
「はい。正確には、現在の至冠序列に基づいて送付された正式招待です」
「第三十一位だから?」
「それが招待対象へ入った理由の一つです。今回の順位変動によって、正式な参加資格を持つ側へ入ったと考えてください」
中には厚手の紙が数枚収められていた。細かな規定まで一度に読もうとすると難しかったが、最初の一枚には目的が比較的分かりやすく記されている。
世界各地の至冠者、その所属国や関係組織の代表者、必要に応じた随行者が集まり、情報共有や協議を行う国際的な会合だった。
第三十一位になってから、外国から届く手紙の数は一気に増えた。けれど、それまでは一つの国、一つの商会、一人の至冠者といった個別の相手が中心だった。
今度は最初から世界各地の至冠者が同じ場所へ集まることを前提にしているため、同じ《招待》でも規模がまるで違って見えた。
「世界中の至冠者が来るの?」
「全員ではありません」
セラフィネアは、そこだけは誤解がないようにすぐ補足した。
「招待対象になっていても参加しない方はいますし、事情によって代理者を送る場合もあります。ですが、複数の国と主要な至冠者が同じ場へ集まる機会であることは間違いありません」
「セラフィネアさんも行く?」
「その予定です」
「じゃあ、本当に第三位とかが普通にいる場所なんだ」
「私が普通かどうかは分かりませんが、少なくとも順位だけを見ればそうなりますね」
穏やかな返答なのに、リゼルヴェートの中では急に招待状の重さが増した。第三位であるセラフィネアが目の前にいる時点で、世界上位の至冠者はもう遠いだけの存在ではなくなっている。
それでも、一度の訪問と、複数の至冠者が集まる場所へ自分から入っていくことでは意味が違った。
知らない国がある。名前だけ知っている国も、まだ名前しか知らない至冠者も大勢いる。
その人たちが実際に同じ場所へ集まり、自分も第三十一位としてそこへ座るのだと考えると、序冠碑に刻まれた数字が今までより少しだけ現実味を持った。
「参加しないとだめ?」
「強制ではありません」
「よかった」
「ただし、参加する価値は高いと私は考えています。情報を得るだけではなく、あなた自身を直接知ってもらう機会にもなりますから」
「私を?」
「現在のアルシェノアさんについて、世界中の方が正確な情報を持っているわけではありません。戦闘記録や順位だけを見ている方もいるでしょう」
帝国が来る前の資料を思い出すと、その意味は理解できた。リゼルヴェート一人だけを見てノルシェリア派三人を補助役としていた評価も、実際に会えば変わった。
自分についても、戦った時の記録や第三十一位という数字だけで決められている部分があるのかもしれない。
「この後、参加するかどうかはノルシェリア派で相談して決めます」
イェルシェリナが招待状へ目を通しながら言った。
「もちろん本人の意思が最優先だけれど、同行者、移動、滞在、外交上の扱いまであるなら一人で決める案件ではないわ」
「その方がよいと思います」
「同行者の条件を確認していい?」
「どうぞ」
イェルシェリナが該当箇所を指すと、セラフィネアも同じ部分へ目を落とした。そこには至冠者本人だけでなく、所属組織から一定数の同行者を伴うことが認められる旨が記されている。
単なる護衛だけではなく、交渉、情報整理、移動管理など本人の活動に必要な者も正式な随行者として扱えるらしい。
「つまり、私たち三人も入れるのね」
「はい。クロヴェリアさん、アルネグラートさん、ヴァルネイドさんについては、今回確認した役割のまま正式な同行者として申請できます」
「アシェラは?」
リゼルヴェートがすぐに聞くと、セラフィネアは少し離れた位置にいるアシェラへ視線を向けた。セフィラも一瞬だけそちらを見るが、今度は何も言わない。アシェラ自身も招待状へ興味を示す様子はなく、いつものように静かに座っていた。
「本人側の私的同行者として扱う範囲になるでしょう。通常のノルシェリア派随行員と同じ役割申請ではありませんが、同行そのものを妨げる条件ではありません」
「じゃあ、一緒に行けるんだ」
「手続き上は可能です」
「よかった」
アシェラだけ置いていくつもりは最初からなかったため、そこが確認できただけでも安心した。もっとも、本人に行く気があるかは別なので視線を向けると、アシェラはこちらを見る前に短く返した。
「……行く」
「まだ私も決めてないよ?」
「澪桜が行くなら行く」
「そっか」
それ以上聞く必要はなさそうだった。アシェラについては先ほど聞きたいことが増えたばかりだが、それと一緒に行動することは別だった。知らないことがあるからといって、すぐに離れたいと思うわけではない。
招待状に関する必要な確認を終えると、セラフィネア側との正式会談もそこで一区切りとなった。アシェラとセフィラについて答えが出たわけではないが、聖統国が本来確認しに来た内容については互いの認識を整理できている。
セラフィネアもその場で参加回答までは求めず、正式な期限までに返答すればよいと告げた。
会談終了後、王国側の実務担当者と聖統国随行者が必要な文書を整理していく。リゼルヴェートたちもすぐに拠点へ戻るのではなく、同じ施設内で使える小さな部屋を借り、届いたばかりの招待状について四人で話すことになった。アシェラは当然のようにリゼルヴェートの近くへついてきている。
「私は行ってみたい」
席へ着いて最初に言ったのはリゼルヴェートだった。難しい条件を全部理解してからでなければ何も言えないという話でもないので、まず自分の希望だけを出す。知らない至冠者たちと会えることへの興味もあったし、自分がこれから関わる世界を直接見てみたいという気持ちも強かった。
「反対はしないわ」
イェルシェリナは招待状の写しへ目を通したまま答えた。
「政治的にも、今の段階なら参加する価値は大きい。これまで私たちは相手がリュネヴァルトへ来るたび個別対応してきたけれど、同じ場で複数の国や至冠者と接触できるなら、その分だけ相手の立場も比較できる」
「行かない場合は?」
「それ自体で不利益が確定するわけではない。でも、第三十一位として初めて正式に招待された場を理由なく断れば、《外へ出る意思がない》と受け取る相手はいるでしょうね」
「じゃあ行った方がいい?」
「私はそう思う。ただし、あなたが嫌なら別よ」
「嫌じゃないよ」
そこでイェルシェリナの意見はほぼ決まった。本人意思だけで押し切るのでも、外交上の価値だけで参加を強制するのでもなく、両方が同じ方向を向いているなら反対理由は少ないらしい。
ゼルディヴァンはすでに会合そのものより、参加した場合に得られる情報へ意識を向けていた。
「俺も参加寄りだな。今まで各国から来た情報って、結局は相手がこっちに見せたいものが中心だった。実際に複数の至冠者とその関係者が同じ場所にいるなら、記録だけじゃ分からない差が見える」
「差?」
「同じ順位帯でもどう扱われてるかとか、ポイントと順位の関係とか、国ごとの至冠者への距離感とかだな。全員に質問できるとは限らないけど、見られるものは多い」
「ゼルディヴァン、楽しそう」
「仕事としてな」
「本当に?」
「半分くらいは」
完全否定しないところを見ると、本人なりに興味はあるらしい。ユルディオの戦歴を調べていた時もそうだったが、知らない仕組みを比較できる状況はゼルディヴァンに向いている。
だからといって何でも知れるわけではないと本人も理解しているので、その点はリゼルヴェートも心配していなかった。
残るルシェルトは、招待状の内容より添付されていた移動・滞在条件へ目を通していた。
「俺も行くこと自体は賛成。ただ、先に確認することは多い」
「やっぱり移動?」
「移動も。人数、荷物、滞在先、向こうでどこまで自前で用意するのか、護衛をどうするか。《道界標》を使える区間があるかもまだ分からない。全部徒歩って話じゃないけど、行くって決めた後に慌てるのは嫌だ」
「お金も?」
「当然」
「そこもなんだ」
「世界規模の会合だからって、金が勝手に湧くわけじゃないぞ」
リゼルヴェートとしては一番現実味を感じにくい部分だったが、ルシェルトにはそこが最初から見えているらしい。
世界中の至冠者と会えるという話だけなら華やかでも、実際には王都を出て目的地へ行き、何日か滞在し、全員無事に帰ってくる必要がある。
「じゃあ、ルシェルトは準備できるなら賛成?」
「そうだな。無理な条件なら止めるけど、今見えてる範囲じゃ無理とは思わない」
「三人とも行く方なんだ」
「あなたもでしょう?」
「うん」
イェルシェリナに返され、リゼルヴェートは頷いた。四人の意見が同じなら、少なくとも参加するかどうかで長く迷う必要はなさそうだった。
アシェラもリゼルヴェートが行くなら同行すると言っているため、いつもの顔触れのままリュネヴァルトの外へ出ることになる。
「じゃあ、行こう」
「正式回答は必要な確認を終えてから出すわ。でも方針はそれでいい」
「俺は向こうの公開情報を集め始める」
「俺は経路と費用を見る。場所の正式情報が揃ったら詰める」
同じ《行く》でも、三人はすぐ自分の担当へ話を繋げていた。リゼルヴェートは自分が何を準備すればいいのか少し考えたが、まず戦う予定のない会合で武器の用意を考えるのも違う気がする。少なくとも知らない人と会って話す心構えくらいは必要かもしれなかった。
「私は何したらいい?」
「まず招待状を最後まで読んで」
「そこから?」
「そこからよ」
「分かった……」
結局、難しい書類からは逃げられなかった。セラフィネアに話した《少し我慢していること》をその日のうちにもう一度やることになり、リゼルヴェートは諦めて招待状を手元へ引き寄せた。
その時だった。
部屋の外から控えめなノックがあり、王国側の実務担当者が新しい封書を一通持って入ってきた。先ほどの聖統国関係文書とは形式が違い、至冠戦申請に使われる正式な封が施されている。
第三十一位になって以降何度か見ているため、リゼルヴェートにも何の種類かはすぐ分かった。
「また至冠戦?」
「みたいだな」
ゼルディヴァンが受け取り、封の情報を確認してからイェルシェリナへ渡す。イェルシェリナも差出人、正式印、申請形式を順に確認し、不備がないと判断したところでようやく中身を開いた。リゼルヴェートはその間に、さっきまで読んでいた世界会合の招待状を脇へ置いた。
「誰?」
イェルシェリナは最初の一枚へ目を通し、続いて添付された戦歴概要へ視線を移した。その途中で僅かに目が止まったが、表情から理由までは分からない。数秒後、彼女は記載された名前と順位をそのまま読み上げた。
「サルディオン・メルクレイド。至冠序列第二十七位」
「私より上だ」
「ええ。正式な至冠戦申請よ」
第三十八位だったユルディオとは違い、今度の相手は自分より四つ上にいる。勝敗が成立すれば、順位そのものが動く可能性のある相手だった。
リゼルヴェートがもう一度書面へ目を向けると、名前と順位の近くに別の数字も記されている。
「八十四……?」
自分の二ポイントとはあまりにも離れていた。数字が大きいことは分かっても、それがどれほどの戦歴を意味するのかまでは、今のリゼルヴェートには判断できない。
さっきまで世界へ出るための招待状を囲んでいた机の上に、今度は第二十七位からの挑戦状と《八十四》という数字が並び、外へ広がり始めた世界が別の方向からもノルシェリア派へ近づいていた。




