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第二章 5 『順位の外側』





 ルシェルトが王都内の会談施設を調べに出ている間、ゼルディヴァンは拠点に残って至冠戦申請の整理を進めていた。


 窓の外はすでに夕方へ傾き始めているが、机の上に並ぶ申請書はまだ減りきっていない。通常の面会要請なら相手の身元と目的を確認すればいいが、至冠戦となれば順位、戦歴、過去の対戦相手まで調べる必要がある。


 リゼルヴェート本人へ見せる前に、少なくとも何と戦うことになるのかは把握しておきたかった。


「これ、全部すぐ返事するの?」


「しない。正式な申請だからって、届いた順に受ける必要はないからな」


「じゃあ、先に相手を調べる?」


「そういうことだ」


 リゼルヴェートは少し安心したように椅子へ座り直し、イェルシェリナは別卓で外交案件の返答条件をまとめている。


 正式な対外交渉権限を得たことで、以前なら王廷へ回すしかなかった書類を自分たちの手で処理できるようになった。便利になった代わりに、判断を間違えた時の責任まで自分たちへ近づいている。


 ゼルディヴァンには、その変化が机の上の紙一枚ごとに重くなったように思えた。


 至冠戦申請は、差出人の順位だけでもかなり幅があった。リゼルヴェートより下位の至冠者もいれば、現在の順位だけ見れば近い位置にいる者もいる。


 中には戦歴資料の添付を要求すればすぐ取得できる相手もおり、王廷から開放された正式記録への照会権限が早速役に立った。ゼルディヴァンは候補を一人ずつ比較し、その中で第三十八位の名前に目を止めた。


《ユルディオ・ネフェルス》


「第三十八位……」


「知ってる人?」


「名前だけなら。六大国の所属じゃない。ハルヴェナ小侯国の至冠者だ」


「小侯国?」


「リュネヴァルトと同じで、六大国には入らない小国だな」


 正式記録を開くと、現在順位の横に別の数字が記載されていた。第三十八位という序列とは明確に欄が分かれており、《累計ポイント・十四》とある。


 最初は勝敗数か何かかと思ったが、別紙の制度説明を見れば違うことが分かった。至冠戦には序列とは別に、決着方法によって積み上がるポイント記録が存在している。


「ポイント?」


 リゼルヴェートがゼルディヴァンの肩越しから書類を覗き込んだ。


「私にもあるの?」


「あるはずだ。ちょっと待て」


 ゼルディヴァンは制度説明と、リゼルヴェート自身の戦歴記録を並べた。順位は対戦結果によって入れ替わるが、ポイントはそれとは別に、至冠戦でどのような決着を積み重ねたかを記録する。


 二つの数字は同じ戦いから動くことがあっても、示しているものは違うらしい。その区別を理解しないまま戦歴を見ると、相手をかなり誤解する可能性があった。


「降参させて勝った場合は一ポイント。戦闘不能にして勝った場合は三。殺害で決着した場合は五」


「殺した方が多いんだ……」


「制度上はそう記録される」


「引き分けは?」


「双方零ポイント。負けても減らない」


 リゼルヴェートが少し難しい顔をしたので、ゼルディヴァンは彼女自身の記録へ指を移した。レグシェリアとの至冠戦は、最終的に相手の降参によって決着している。


 そのため現在のリゼルヴェートには、第三十一位という順位とは別に一ポイントが記録されていた。第五十一位から第三十一位へ大きく順位を上げても、ポイントは一しか増えていない。


「じゃあ私、第三十一位で一ポイント?」


「そうなる」


「第三十八位の人は十四?」


「ああ」


「私より順位は下なのに、すごく多いね」


「そこが気になる」


 ゼルディヴァンはユルディオの記録をもう一度見た。順位だけならリゼルヴェートより七つ下だが、十四ポイントという数字は一度や二度の至冠戦では積み上がらない。


 しかもポイントは敗北しても減らないため、現在順位だけを見ても、それまで何度戦ってきたのかは分からない。順位と累積戦歴が完全に別の軸で動いていることが、ユルディオの数字だけでもよく分かった。


「なるほどね」


 外交文書から顔を上げたイェルシェリナも、制度説明へ目を通した。


「第三十一位だから、第三十八位より戦歴まで上とは限らないのね」


「そういうことになる。今の順位は今いる場所で、ポイントはこれまでの決着が残ってる数字に近い」


「じゃあ、相手を見る時は両方必要ね」


「ああ。ただ、ポイントだけでも強さそのものは分からない」


 殺害勝利なら一度で五ポイント、戦闘不能なら三、降参なら一。同じ十四ポイントでも、積み上げ方は一つではない。


 しかも負けても減らない以上、ポイントが高いから現在も連勝しているとは限らない。戦歴を見るなら、数字そのものより、どんな相手とどう決着したかまで確認する必要があった。


 ゼルディヴァンはユルディオの過去記録を順番に開いた。そこで最初に目についたのは、勝利数でも高ポイント決着でもなかった。


 《降参》という文字が異様なほど多い。しかもそれは、相手を降参させた記録ではなく、ユルディオ自身が敗者として戦闘を終えている記録だった。


「……多いな」


「何が?」


「こいつ、自分から降参して終わった戦いがかなり多い」


「そんなに?」


 リゼルヴェートが隣へ寄ってきたため、ゼルディヴァンは戦歴一覧を見やすい位置へずらした。戦闘開始から決着まで長く粘っているものもあるが、記録上かなり早い段階で降参している例もある。


 順位を守ることへ執着するなら不自然なほど、勝てないと判断した戦いを早く切り上げていた。それでも至冠者としての活動歴は短くない。


「弱いからすぐ諦めてるってこと?」


「最初はそう見える。でも、それだけじゃ説明できない」


「なんで?」


「十四ポイント持ってるからだ」


 負けが多いだけの至冠者なら、十四ポイントまで積み上げるための勝利自体が足りなくなる。ユルディオには明確な勝利記録があり、その中でポイントも得ている。


 現在第三十八位を維持していることまで考えれば、戦えない人間が偶然至冠者を続けているわけではない。問題は、勝てないと判断した時の撤退が他の至冠者より遥かに早いことだった。


「勝てる相手とは戦って、無理だと思ったら降参してる?」


「記録だけ見るなら、その可能性が高い」


「それって悪いの?」


「いや。至冠戦で降参が正式に認められてる以上、ルール違反じゃない」


 リゼルヴェートはしばらく記録を眺めた後、納得したような、まだ少し分からないような顔をした。彼女なら相手が強くても、動ける限りどう勝つかを考える側だろう。


 だから早い降参を繰り返す至冠者の感覚は、簡単には理解しにくいのかもしれない。ゼルディヴァン自身も戦闘を始める前なら同じ印象を持った可能性があった。


「でも、長く生き残ってるんだよな」


 その一言を口にしたことで、記録の見え方が変わった。至冠戦には殺害決着が制度として存在し、実際に五ポイントという記録まで用意されている。


 そんな環境で長期間戦い続けながら、勝てない相手には早く降参する。臆病という一言で片づけるより、生き残るための判断を徹底していると考えた方が筋が通る。


「勝てない時に粘らない、か」


「ゼルディヴァン?」


「いや。戦歴の見方を変えた方がよさそうだと思っただけだ」


 ユルディオの順位は第三十八位。累計十四ポイント。降参歴多数。それだけ並べると、勝敗が安定しない中堅至冠者にも見える。


 だが、《危険な戦いから生還し続けた回数》という見方を混ぜれば、その戦歴はまるで違う意味を持つ。


 この男は、順位を落とすことより生き残ることを優先している可能性が高い。しかも、それだけ降参を繰り返してなお再び至冠戦へ出て、勝てる戦いではポイントを積んでいる。


 単に敗北を恐れているなら、そもそも申請を繰り返す必要はない。その矛盾が、ゼルディヴァンには一番気になった。


「相手の能力記録もある?」


 リゼルヴェートが尋ねた。


「ある。ただ、それはもう少し詳しく見た方がいい。戦い方と一緒に見ないと誤解する」


「じゃあ後で教えて」


「ああ。お前がこいつの申請を受けるならな」


「まだ決めない方がいい?」


「決める材料が足りない」


 リゼルヴェートは素直に頷き、ユルディオの申請書を自分の前からゼルディヴァン側へ戻した。戦いたいかどうかを本人が決めるという方針は変わらないが、知らないまま勢いで受ける必要もない。


 相手が第三十八位だから安全だとも、降参歴が多いから弱いとも決めつけられない。少なくともゼルディヴァンには、もうそう見えなくなっていた。


 その時、入口が開き、外部施設の候補を調べていたルシェルトが戻ってきた。手にはいくつかの施設資料があり、表情を見る限り拠点問題も完全に行き詰まってはいないらしい。


 ゼルディヴァンはユルディオの記録から目を離さず、今確認したばかりのポイント制度と戦歴について共有した。


「第三十八位で十四ポイント?」


「しかも降参がかなり多い」


「じゃあ負けてもポイントが減らないっていうのは本当なんだな」


「ああ。順位と別に見る必要がある」


「面倒な数字が増えたな」


「でも見ないよりはいいわ」


 イェルシェリナの言う通りだった。順位だけでは、相手がこれまで何を積み上げてきたのか分からない。ポイントだけでも、現在どれほど危険かは決められない。


 二つを重ねてもなお、実際の戦い方を見なければ足りないのだとすれば、至冠者という存在を一つの数字で並べること自体が最初から無理なのかもしれなかった。


 ルシェルトが持ち帰った資料を机の端へ置いたところで、別の通知が一枚挟まっていることに気づいた。施設関係ではなく、至冠戦申請に添付された移動確認だった。差出人名は、ついさっきまで見ていたものと同じだった。


《ユルディオ・ネフェルス》


「……もう出発してるな」


「え?」


「申請を送っただけじゃない。本人、もうリュネヴァルトへ向かってる」


 リゼルヴェートが驚いて通知を覗き込み、イェルシェリナもすぐ日付と経路を確認した。正式受諾前に王都へ押しかけるという意味ではなく、返答を待ちながら移動そのものを先に始めているらしい。それだけなら規則違反ではないが、申請への本気度が低くないことだけは分かる。


 ゼルディヴァンは第三十八位という数字を、もう一度見た。大量の降参歴だけを見れば、戦う前から逃げ腰の至冠者にも見える。


 だが十四ポイントを積み、生存を続け、今も自分から新しい至冠戦へ向かっている男を、《弱いから負けている》だけで説明するのは無理があった。


 順位の下には、順位だけでは見えないものが残っている。ユルディオ・ネフェルスが何を基準に戦い、何を見た瞬間に降参を選ぶのか、その答えはまだ記録だけでは足りない。


 しかも、その本人はもう書類の向こう側にいるだけではなく、リュネヴァルトへ向かう道の上にいた。





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