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第二章 3 『誰の至冠者か』





 王廷の会議室には、国外から届いた書簡の写しと、リゼルヴェート・アルシェノアに関する最新の報告が並べられていた。


 六大国、至冠者、商会、研究機関、そのほか各種組織から届いた接触の数は、王国初の至冠者が誕生した直後とは比べものにならない。


 第三十一位へ上がったことで、彼女は国内の切り札である以上に、国外から直接価値を測られる存在になった。


 アルヴェディオ・リュネヴァルトは、その状況を前に、王国がどこまで彼女へ手を伸ばしてよいのかを決めなければならなかった。


「まず、現状のままでは対外窓口が分散しすぎています。王廷、各官庁、ノルシェリア派、そしてアルシェノア本人。相手によって接触先が異なるため、同一案件について複数の経路から返答を求められる可能性があります」


 宰相エルグレディオの前には、すでに重複が確認された案件まで整理されていた。大きな外交問題へ発展した例こそまだないが、この勢いで接触が増えれば、誰がどこまで返答できるのかを曖昧なままにはしておけない。


 アルヴェディオもその点に異論はなく、次に向かい側へ座るイェルシェリナへ目を向けた。少し前までなら、彼女がこの規模の王廷協議へ正式に呼ばれること自体、ほとんど考えられなかった。


「選択肢としては、王家直属とするのが最も分かりやすいでしょう。建国以来初の至冠者であり、現在は第三十一位です。王国全体の安全保障を考えれば、特定派閥ではなく王家の直轄に置く方が、対外的にも明確です」


「軍属とする案もあります。特別階級を与え、国家防衛における指揮系統を定めておくべきかと。本人の待遇については最大限配慮できます」


 王家直属。軍属。国家管理。どの案も、国家運営だけを考えれば理解できた。第三十一位という戦力が国内にいる以上、その力を確実に国家存続へ繋げたいという判断そのものは間違っていない。


 アルヴェディオ自身も、リゼルヴェートの存在が王国にとってどれほど大きな意味を持つかは十分に理解している。それでも、価値が大きいことと、本人の意思を奪ってよいことは同じではなかった。


 リゼルヴェートは王国が育てた兵士ではない。力を知られる前にノルシェリア派へ保護され、自分の意思でそこへ残ることを選んだ少女だ。


 王国側もすでに一度、本人と《常世星桜》を国家の所有物として扱わないと確認している。その前提を第三十一位になった途端に覆せば、何を得るより先に信頼を失う。


「ガルヴェイン。軍としてはどう見る」


「戦力だけ見れば、軍へ欲しいのは当然です。ただ、本人が望んでいないなら無理に入れるべきではありません。命令系統へ置いたところで信頼を失えば意味がない。あれだけの力を持つ者へ、従わせることそのものを目的にするのは危険でしょう」


「軍事上の統制は必要では?」


「情報共有は必要です。国家防衛に関わる案件なら協議も必要でしょう。ただ、それと軍籍へ入れることは別です」


 総司令であるガルヴェインがそう判断するなら、軍務上の必要と所属の強制は切り分けられる。アルヴェディオも同意見だった。


 国家が関与すべき範囲と、本人の所属を奪うことは同じではない。第三十一位となった今だからこそ、その区別を曖昧にする方が危険だった。


「クロヴェリア代表。そちらの考えも聞きたい」


「リゼルヴェート本人への提案は、本人の意思を確認した上で扱うべきだと考えているわ。国家を拘束する条約や軍事協定まで私たちだけで決めるつもりはない。でも、本人の所属や研究協力、面会、個人契約まで王廷だけで決めるのも違うでしょう」


「理由は?」


「本人の人生だからよ。第三十一位だから価値がある、それは分かるわ。でも、価値が上がったから本人の決定権を減らしていい理由にはならない。国家として必要な調整はするべきだけど、本人の意思より先に所属先や活動内容を決めるなら、それは保護ではなく管理になる」


 簡潔だったが、迷いはなかった。アルヴェディオは、その意見が理想論だけでできているとは思わなかった。


 イェルシェリナはすでに、国外から届いた勧誘や研究提案の条件を一つずつ精査している。その上でなお、本人の権利と国家責任を切り分ける必要があると判断している。


「しかし、六大国を相手に一派閥が直接交渉するのは危険です。相手は外交の専門家を出してきます。条件を一つ見落とせば、本人だけでなく王国全体へ影響する可能性もある」


「だから国家案件を切り分けるのよ。私たちだけで全部決めたいとは言っていないわ」


「境界が曖昧な案件も出るでしょう」


「その時は王廷へ戻す。それでいいはずよ」


 エルグレディオの懸念も正しい。ノルシェリア派は小さく、六大国と継続的に渡り合ってきた外交組織でもない。


 だが、経験不足だからという理由ですべての権限を取り上げれば、本人の意思を最も近くで確認できる者たちまで交渉から外すことになる。アルヴェディオには、それこそ現状へ合わない制度に思えた。


「エルグレディオ。制度として分けられるか」


「可能です。ただし、報告義務と共同協議の条件は明文化する必要があります。国家間条約、領土、軍事行動、国家予算、外交上の正式保証。これらへ影響する案件は、王廷との共同協議を必須とするべきでしょう」


「本人個人への契約は?」


「国家を直接拘束しない限り、ノルシェリア派を一次窓口とする形は組めます」


 そこまで聞き、アルヴェディオの中で形が固まり始めた。国家がすべてを管理するのではなく、国家が責任を負う範囲だけを明確にする。


 本人の人生と国家の都合を無理に一つへまとめない。それなら、王国として必要な責任を放棄せず、リゼルヴェートの意思も守れる。


「一つ懸念があります。ノルシェリア派は、つい先日まで国内でも最弱と見られていた小派閥です。外交経験も六大国に比べれば乏しい。そこへ正式権限を渡すのは早すぎるのでは?」


「経験が足りないことと、権限を与えないことは別問題だ。必要なら王廷から法務と外交記録を提供する。相手国との過去の交渉例も共有する。警備や会談施設も支援すればいい」


「つまり、王廷が補助する?」


「そうだ。取り上げるのではなく支える」


 その言葉を口にしたことで、判断は完全に定まった。王国初の至冠者だからこそ、国家が手元へ置きたくなるのは当然だ。だが、本人が望んでいない形で囲えば、最も重要なものを失う。


 リゼルヴェートだけではない。彼女が最初に信頼したのは、力を知る前から保護したイェルシェリナ、ゼルディヴァン、ルシェルトの三人だ。


 そこから無理に引き離せば、国家は一人の至冠者だけでなく、その至冠者と王国を繋ぐ最も強い信頼関係まで壊すことになる。国家存続を考えるからこそ、その危険を軽視するわけにはいかなかった。


「私は、アルシェノアを王国の所有物にはしない。王国にとって重要な戦力であることは否定しないし、国家存続上の価値も極めて高い。それでも、本人の人生まで国家が所有することにはならない」


 会議室の誰もすぐには口を挟まなかった。アルヴェディオはそのまま判断を具体化していく。


 曖昧な理念だけを示しても、実務へ落ちなければ意味がない。必要なのは所属と権限の線引きを、誰が読んでも分かる形にすることだった。


「所属は現状を維持する。アルシェノアはノルシェリア派所属のままとする。本人個人、およびノルシェリア派自身に関する対外交渉は、ノルシェリア派を正式窓口として認定する。国家拘束を伴う案件だけは、王廷との共同協議へ移す。そこは例外にしない」


 エルグレディオがすぐに書記官へ視線を送り、決定事項の整理が始まった。


 条約、領土、軍事行動、国家予算、正式な外交保証は王廷との共同協議。個人面会、研究協力、私的契約、派閥としての交流や契約はノルシェリア派が一次窓口。境界が不明な場合は、常設の照会経路を使って王廷判断へ戻す。


「法務支援も付けるべきです」


「認める」


「外交記録の閲覧権限は?」


「必要範囲で開放する。六大国との過去交渉を知らずに話させるわけにはいかない」


「警備と会談場所については軍と官庁で調整します」


「頼む」


 決定が固まるにつれ、会議室の空気は議論から実務へ変わっていった。反対案が完全に消えたわけではないが、国王の方針が示された以上、次に必要なのは制度へ落とし込むことだった。


 アルヴェディオはその流れを確認しながら、イェルシェリナへ視線を戻す。権限を得たことへ浮かれている様子はなく、彼女の目はすでに責任の方を見ていた。


「クロヴェリア代表。この権限は自由ではない。責任も同時に増える。六大国と直接交渉する以上、言葉一つが王国へ影響することもある」


「分かっているわ。だから国家案件は戻す。私たちの側でも記録は残す」


「それでいい」


 返答を聞き、アルヴェディオは今回の判断が少なくとも一方的な放任ではないことを改めて確認した。ノルシェリア派へ権限を渡すのは、好きにさせるためではない。


 本人の意思を最も近くで守る者たちへ、その意思を外へ伝える正式な資格を与えるためだ。その上で国家責任が必要な部分だけを、王廷が引き受ける。


「一つだけ、こちらからも確認したいわ。リゼルヴェート本人の意思と、王国の利益がぶつかった時は?」


 最も避けられない問いだった。国王として、いつでも本人だけを優先すると約束することはできない。国家を預かる以上、王国存続の責任まで捨てるわけにはいかなかった。だからこそ、都合のいい答えで誤魔化すつもりもなかった。


「その時は協議する。国家存亡がかかる状況なら、私は国王として判断する。ただし、最初から王命で終わらせるつもりはない」


「それならいいわ」


「随分簡単に納得するな」


「国王が国家を捨てると言った方が信用できないもの」


 その答えに、アルヴェディオは僅かに息を吐いた。本人の権利を守ることと、国家責任を否定することは違う。


 その区別をイェルシェリナ自身も理解しているなら、少なくとも話し合う土台は作れる。今後もっと難しい案件が来ても、この線を基準に戻ることはできるだろう。


 正式決定文書の草案がまとまり、最後の確認へ入った。王家直属でも、軍属でも、国家管理でもない。リゼルヴェート・アルシェノアは、本人が選んだ所属のまま第三十一位として生きる。


 その代わり、ノルシェリア派はもう国内の小さな一派閥としてだけ存在することはできなかった。


「この内容で決裁する」


 アルヴェディオが署名すると、書記官が正式文書として整えるため草案を引き取った。イェルシェリナも内容を再確認し、異議がないことを示す。


 会議が始まった時には、王国初の至冠者を誰が管理するのかという話だった。それが終わる頃には、管理するのではなく、誰がどこまで責任を持つのかという形へ変わっていた。


 アルヴェディオは席を立つ前に、もう一度決裁済みの内容を見た。少し前まで建国以来最弱と見られ、官庁で後回しにされることさえ珍しくなかったノルシェリア派。その三人へ今、六大国と直接交渉するための正式な権限が渡ろうとしている。


 第三十一位になったのはリゼルヴェート一人だった。けれど、その少女が選んだ場所まで含めて、王国の中での立場が大きく変わり始めていた。





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