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第一章 34 『天花照臨』





 青銀の雷光が収まるより先に、レグシェリアの姿が消えた。さっきまでなら雷の軌跡を見てからでも花弁を割り込ませられたのに、今度は違う。


 視界の端で青銀が瞬いた瞬間には右側から空気そのものを叩くような圧力が迫り、リゼルヴェートは考えるより先に身体を後ろへ跳ばせた。直後、いた場所を雷槍が貫き、地面が爆発したように砕け散る。


「速っ……さっきより全然速い!」


「ここからが《覚醒》です!」


 返ってきた声は正面ではなく、もう左後方から聞こえていた。リゼルヴェートが振り向くのと同時に青銀の雷が横薙ぎに迫り、周囲へ残していた花弁を三枚重ねて受け止める。


 最前列が一瞬で焼け、二枚目まで砕かれ、三枚目でようやく軌道がずれた。そこへさらに別方向からレグシェリア本人が踏み込んできたため、今度は見るだけでなく、花弁と身体を同時に動かさなければ間に合わない。


 速いだけではない。踏み込みのたびにまとっている雷の密度が増し、一度の接触で削られる花弁の数まで明らかに多くなっていた。


 空を覆う雷雲からは絶えず青銀が落ち、地面にも細い雷が走り続けているため、レグシェリア本人を追いながら周囲の攻撃まで処理しなければならない。


 それでも、何が起きているのか分からないほどではなく、リゼルヴェートの目には一つずつちゃんと見えていた。


 ——『紫電天駆(ライトナ・セレス)』


 正面で光が弾けた瞬間、レグシェリアが一直線に距離を潰した。先ほどまでとは比較にならない速度で青銀の残光が伸び、そこへ右腕の雷槍が重なる。


 リゼルヴェートは正面へ六枚を重ね、受け止める瞬間に中央の二枚だけを斜めへ傾けた。


 真正面で止めるのではなく、刺突の力を横へ逃がしたことで雷槍は肩の脇を抜け、残りの花弁が横からレグシェリアの腕へ迫った。


「これも防ぎますか!」


「防ぐだけじゃないよ!」


 レグシェリアが雷を弾けさせて花弁を吹き飛ばし、そのまま後退へ移る。リゼルヴェートは逃げた先へ二枚を回したが、上空から落ちてきた雷がその軌道を横から叩き、桜金の光が散った。


 攻撃と防御、本人の高速移動、それに空と地面から来る雷まで全部が繋がっている。覚醒したことで一つだけが強くなったのではなく、戦場全体の圧力がまとめて一段上へ移ったのだと理解できた。


 ——『雷天連墜(トニトル・カデンツァ)』


 雷雲が白く明滅し、数え切る前に青銀雷が連続して落ち始めた。一本を避けた先へ次が来て、その次は退路を塞ぐように斜め前へ落ちるうえ、地上ではレグシェリア自身が雷光に紛れて迫ってくる。


 リゼルヴェートは花弁を上空へ散らして直撃だけを外へ逸らしながら、身体は逆方向へ踏み込んでレグシェリアとの距離を自分から詰めた。逃げ続ければ相手が作った流れの中で戦うことになるなら、その中心へ入って崩した方が早い。


「こっちから行く!」


「来てください!」


 桜金色の花弁と青銀の雷が至近距離でぶつかり、連続した破裂音が戦場中央へ響いた。レグシェリアの拳を三枚で逸らし、横から来た雷を一枚で跳ね上げ、その隙へ別の二枚を差し込むが、相手も身体を雷へ乗せるように滑らせて抜けていく。


 さらに背後へ回り込んだ青銀を感じたリゼルヴェートが振り返る頃には、もう次の攻撃が来ていた。目で追えても、今のままでは対応するために使う花弁と意識がどんどん増えていく。


 それでも苦しいとは思わなかった。むしろ、ここまで本気で来てくれた相手に、自分だけ今までと同じままで返す方が違う気がした。


 レグシェリアは第五十一位だからと手加減せず、第三十一位として持っている力を正面から見せている。なら、自分も同じように返せばいい。


「レグシェリアさん!」


 青銀の光の向こうで、相手の視線がこちらを捉えた。


「今、ほんとに本気なんだよね?」


「当然です! あなたを倒すつもりで戦っています!」


「分かった。じゃあ、私もちゃんと返す!」


 その答えを口にした瞬間、リゼルヴェートは自分の中にある《常世星桜》へ意識を深く沈めた。集落で多くの人を守ろうとした時、一度だけ自然に届いた場所を思い出す。


 新しい何かを覚える必要はなく、そこにある力をもう一度広げればいい。次の瞬間、身体の内側から溢れた桜金の光が足元を越え、周囲へ一気に広がった。


 ——『天花照臨(アマツ・フロレア)』


 桜金の光が爆発するように咲き、数え切れないほどの星桜花弁がリゼルヴェートを中心に戦場全体へ広がった。


 先ほどまで周囲を巡っていた数とは比べものにならず、頭上、左右、背後、足元だけでなく、空中や地上の至るところへ淡い光の花弁が幾重にも浮かぶ。


 それでも一枚一枚の位置が曖昧になる感覚はなく、どこに何枚あるのか、どの方向へ動かしたいのかが自然に分かった。


 集落を守った時と同じように、広げたからといって一つ一つの制御が薄くなるわけではなく、戦場のどこへでも同時に力を届かせられる。


「……それが、あなたの《覚醒》」


「うん。私もこれで行くね!」


 レグシェリアの周囲で雷が爆ぜ、返事の代わりに青銀の光が一斉に広がった。上空から降る雷、地面を走る電光、正面から迫る本人の攻撃が同時にリゼルヴェートへ向かう。だが今度は、同じ数の花弁を一方向ずつ使い回す必要がない。


 上空には上空の花弁、足元には足元の花弁、レグシェリア本人には別の花弁を最初から割り当て、それぞれを同時に動かした。


 ——『帝雷轟界(レグナ・トニトル)』


 雷域が再び戦場を呑み込み、青銀の奔流が四方から押し寄せる。リゼルヴェートはその一つ一つへ星桜花弁を差し込み、正面から相殺するもの、軌道だけを外へ曲げるもの、複数枚で包み込むものを瞬時に分けた。


 さっきまでは雷を処理しながらレグシェリア本人へ回せる枚数を考えていたのに、今は防御へ使ったその外側から、さらに別の花弁を攻撃へ回せる。青銀の領域の中へ桜金色が食い込み、押されていた範囲そのものが少しずつ逆へ広がり始めた。


「まだ増える……!?」


「うん、まだ動かせるよ!」


 レグシェリアが一気に距離を詰め、覚醒状態の速度で右側から飛び込んでくる。そこへ十数枚の花弁が同時に向きを変え、正面を塞ぐだけでなく、上と左右から別々の時間差で迫った。


 レグシェリアは最初の数枚を雷で砕き、次を身体ごと加速して抜けたが、その先にはさらに別の花弁が待っている。避けた先を見てから追うのではなく、避けられる場所すべてへ最初から別々の攻撃を置けるようになっていた。


 ——『金剛穿雷(アダマン・ボルト)』


 青銀の拳が正面の花弁を次々と穿ち、レグシェリアが包囲の一角を強引に破る。威力は落ちていないどころか、覚醒前より明らかに強い。


 だが突破された場所へ追加の花弁を送るのと同時に、リゼルヴェートは相手の後方へ回していた群れまで動かした。前を壊されても、横と後ろと上を同時に閉じればいい。


「これなら!」


 リゼルヴェートが声を上げると、星桜花弁が四方から一斉に軌道を変えた。レグシェリアは雷を爆発させて包囲の一部を吹き飛ばし、『紫電天駆(ライトナ・セレス)』でその隙を抜けようとする。


 けれど移動先にもすでに別の花弁があり、さらにその先まで桜金の光が重なっていた。速さを見てから追いかける必要がなく、動ける場所そのものを減らしていけば、どれだけ速くても選べる道は狭まっていく。


「っ……!」


 初めて、レグシェリアの動きが途中で止まった。正面の花弁を砕けば左右から入り、左右を雷で払えば上から降り、上を防げば足元近くから別の一枚が滑り込む。


 それでもレグシェリアは簡単には崩れず、雷をまとった腕と脚を使いながら一枚ずつ確実に破壊していた。第三十一位という位置が数字だけではないことは、その粘りだけでも十分に伝わってくる。


「まだです!」


 レグシェリアの周囲で雷が膨れ上がり、強引に花弁を押し返した。青銀の光が一瞬だけ桜金を退け、その空間から本人が一直線に飛び出してくる。真正面から決めるつもりなのだと、その速度と右腕へ集まり始めた雷を見ただけで分かった。


 リゼルヴェートも退かず、正面の花弁を必要以上に重ねるのではなく、少数だけを防御へ残して残りすべてを周囲へ広げた。


「行きます、リゼルヴェート!」


「うん、来て!」


 青銀の雷槍と桜金の花弁が正面から激突した。最前列の花弁が焼け、続く数枚まで砕かれたが、そこで終わらない。右から、左から、上から、さらにレグシェリアの背後へ回していた花弁まで一斉に閉じ、雷槍へ集中していた力の外側を押さえ込んでいく。


 レグシェリアが雷を広げようとした時には、その雷が伸びる先へも別の花弁が重なっていた。


 青銀が押し返す。


 桜金がさらに覆う。


 また雷が弾け、その外側から星桜花弁が閉じる。


 真正面の一撃だけならレグシェリアの雷はなお強烈だったが、リゼルヴェートは一箇所だけで競っていなかった。


 防御しながら攻撃し、攻撃しながら周囲の雷を逸らし、その全部と並行して相手の退路まで塞いでいる。出力だけではなく、動かせる数と範囲、その全てを同時に扱えること自体が戦場の形を変えていた。


「まだ……!」


 レグシェリアが一歩踏み込んだ。


 その一歩を止めるため、リゼルヴェートは正面へ追加の花弁を送る。同時に左右から迫らせていた花弁を腕と脚の周囲へ回し、直接身体を切り裂くのではなく、動きを押さえる方向へ軌道を変えた。殺す必要はないし、この戦いの目的も相手を消すことではない。


「ごめん、ここで止める!」


 桜金の光が一斉に閉じた。


 正面の雷槍が押し上げられ、青銀の軌道が空へ逸れる。左右から入った花弁がレグシェリアの踏み込みを崩し、さらに背後から回った群れが退路を塞いだ。


 彼女は最後まで雷を爆ぜさせて突破しようとしたが、壊した花弁の外側から次が入り、その次の外側にもまだ桜金色が残っている。


 やがて青銀の雷が大きく揺らいだ。


 レグシェリアの片膝が地面へ落ちる。


 それでも攻撃が来る可能性を考え、リゼルヴェートは花弁を消さずに周囲へ浮かべたまま待った。だがレグシェリアは再び立ち上がろうとはせず、荒くなった呼吸を整えながら顔を上げ、真っ直ぐリゼルヴェートを見た。


「……私の負け」


 その言葉が戦場へ落ちた直後、リゼルヴェートとレグシェリア、二人の《至冠印》が同時に激しい光を放った。





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