第一章 33 『第三十一位の本気』
耳の奥に残る雷鳴が薄れ、白青の閃光がようやく視界から退いていった時、リゼルヴェートが最初に見たのは自分の身体ではなかった。
正面へ幾重にも展開していた桜金色の花弁、その外側に回していた数枚が黒く焼け、形を保てないまま光の粒へ崩れている。
自分へ届く前に雷と衝撃を受け止めさせたはずなのに、それでもまとめて削り取られていた。今までの相手ならほとんど形すら崩さなかったものが、初撃だけでここまで壊されている。
胸元にも腕にも痛みはなく、足も問題なく動き、呼吸にも乱れはない。自分の状態を確かめ終えるより先に、リゼルヴェートの意識は土煙の向こうへいるレグシェリアへ向かった。
森の魔獣とも、王国軍の訓練施設で見た攻撃とも、今の一撃は明らかに違う。第三十一位という数字ではなく、実際に受けた威力そのものを見て、リゼルヴェートは素直に一つの評価を出した。
強い相手だ。
「すごい……防いだのに、結構なくなっちゃった」
残った花弁を見ながら声を漏らすと、土煙の奥で青銀の雷が揺れ、その向こうからレグシェリアの姿が現れた。彼女の青紫の瞳はリゼルヴェート自身と焼け落ちた花弁を順番に捉え、先ほどの攻撃がどう処理されたのか確かめているように見える。
リゼルヴェートもその視線を受けながら、失った分を補うように《常世星桜》へ意識を向けた。桜金色の光が再び周囲へ咲き始めても、身体にも真律にも重さが残っている感覚はない。
「今のを、その花弁で防いだんですか?」
「うん。たぶん、まともに受けたらもっと痛かったと思う」
「たぶん、ですか」
「痛くないから、どれくらいだったのか分からなくて」
レグシェリアの眉がわずかに動き、リゼルヴェートは少しだけ言い方を間違えただろうかと思った。けれど戦闘中にそこへ意識を取られ続ける方が危ないし、相手が次に何をするのかを見る方がずっと大事だ。
新しく咲かせた花弁を左右と上方へ広げ、真正面だけに固めない配置へ変えていく。受けるだけで終わるつもりはなく、今度はこちらからレグシェリアの速さと対応を確かめる番だった。
「じゃあ、今度はこっちから行くね」
「どうぞ」
——『星桜千華』
周囲へ浮かんでいた桜金色の花弁が一斉に散開し、正面だけでなく左右と上方からレグシェリアを包み込むように走った。
一枚ごとに別々の軌道を取れる以上、すべてを同じ方向から当てる必要はなく、相手が避けた先へ別の花弁を回せばいい。
リゼルヴェートは正面の数枚をあえて早く到達させ、その反応を見て左右の軌道を調整する。ところが青銀の雷が一度強く弾けた瞬間、そこにいたはずのレグシェリアの身体が横へ流れ、先行させた三枚だけが何もない空間を切り裂いた。
「そっち!」
消えた方向へ目を向けると、すでにレグシェリアは別の花弁の間を抜けながら前進していた。最初に見せた接近だけが特別だったわけではなく、彼女自身がこの速度で戦い続けられるらしい。
それでも完全に見失ったわけではないため、リゼルヴェートは逃げた先へ回していた花弁をすぐに折り返した。その時、レグシェリアが右腕を引き、拳の周囲へ雷を集め始めるのが見えた。
——『金剛穿雷』
青銀の雷が拳の前へ一点に絞られ、その密度が急激に上がっていく。技の仕組みまでは分からなくても、先ほどの雷槍と同じように真正面から一枚だけで受けるのは違うと、リゼルヴェートの身体が先に判断した。
進路上へ複数の花弁を重ね、さらに左右から別の二枚を挟み込むように寄せ、受け止めるだけではなく軌道そのものを外へずらす形を作る。
直後、雷をまとった拳が最前列へ突き刺さり、一枚目と二枚目を砕き、三枚目まで貫いたところで左右から寄せた花弁が拳を外側へ押し流した。
「わっ、これも強い!」
「まだ止めますか」
「止めるよ!」
攻撃を受けるたびに驚きは増えているが、それで身体が固まることはなかった。
むしろ、正面から《強い》と思える相手とここまで戦う経験がほとんどなかっただけに、レグシェリアの速度も攻撃を受けた時の重さも新鮮だった。
どこまで出来るのか、次は何をしてくるのか、それを見たいという感覚の方が恐怖より先に来る。
レグシェリアが拳を引き戻して包囲の閉じ切る前に後方へ跳んだ時も、リゼルヴェートは無理に追わず、その次の動きを見る方を選んだ。
着地したレグシェリアが片手を上へ向けると、周囲を走っていた雷が一斉に空へ昇っていった。快晴だったはずの青空すべてが曇ったわけではなく、変化しているのは戦場の上だけだった。
薄い雲すらなかった場所へ黒みを帯びた雲が集まり、渦を巻きながら厚さを増し、地上へ届く陽光まで少しずつ弱めていく。遠くの空には青さが残っているため、自然な天候変化ではないことくらい説明されなくても分かった。
「これ、レグシェリアさんがやってるの?」
「見ていれば分かります」
「じゃあ、やっぱりそうなんだ……!」
——『雷天連墜』
頭上で雷鳴が弾けた直後、戦場上空が一斉に白く染まった。落ちてきたのは一本ではなく、複数の青銀雷が位置をずらしながら連続し、最初の一撃を右へ避けた先には二本目、そのさらに左後方へ三本目が続いてくる。
今いる場所を狙うだけではなく、次に逃げそうな位置まで順番に潰すような落ち方だった。上空だけを見ればレグシェリア本人を見失い、本人だけを見れば次の雷へ遅れるため、両方を同時に追わなければならない。
「そう来るんだ!」
リゼルヴェートは足を止めず、自分へ直接落ちる雷をかわしながら、地面へ刺さった衝撃で飛び散る石片にも意識を向けた。
自分だけを守るならもっと大きく避ければ済むが、防壁の外には仲間や王国の人たちがいるため、戦闘域外へ危険を飛ばすつもりはない。
外へ向かいそうな破片を見つけるたびに花弁を横へ走らせ、進路を変えるか細かく砕いて地面へ落とす。その間にもレグシェリアの位置を視界から外さないようにしていると、相手はすでに右前方へ回り込み、落雷へ意識を向けた隙へ入り込んできていた。
「見えてます!」
「なら、次も」
青銀の光が地面を走り、レグシェリア自身が正面から一気に距離を詰めてくる。リゼルヴェートは数枚の花弁を相手へ向け、残りを上空へ散らしたまま、どちらから来ても対応できるよう軌道を保った。
一つの方向だけへ集中しなくても、花弁はそれぞれ別に動かせる。正面で雷槍と桜金の花弁がぶつかって青銀と桜金が弾ける最中にも、背後へ落ちた雷を別の一枚で逸らし、さらに二枚を雷槍の先へ重ねて横からもう一枚を差し込んだ。
「一枚ずつ、別に動かしてる……?」
「うん。そっちの方が便利だから」
「便利で済ませるんですね」
「便利じゃない?」
「……戦いながら聞くことではありませんでした」
レグシェリアは横から入った花弁を避けながら距離を取り、そのまま周囲へ走る雷をさらに広げていく。足元だけではなく腕や肩からも青銀の光が外へ伸び、上空の雷雲からは細い稲光が何本も地上へ垂れ始めた。
空と地面、それにレグシェリア自身まで一つの雷へ繋がっていくように見え、さっきまでより攻撃の方向が増えることをリゼルヴェートは直感する。真正面の相手だけを見ていれば済む戦いでは、もう完全になくなっていた。
——『帝雷轟界』
青白い光が戦場全体へ一気に広がり、上空だけではなく足元と左右からも雷が迫った。地面を這う青銀、横から弾ける電光、レグシェリア自身から直接伸びる雷まで同時に動き出し、周囲一帯が絶えず雷撃圧力を受ける雷域へ変わった。
どれか一方向だけを止めても別方向が空くため、すべてを真正面から受け止めるのは効率が悪い。
リゼルヴェートは星桜千華の花弁を身体の周囲へ固めず、上下左右へ大きく散らして一つずつ雷の軌道をずらす方を選んだ。
「わあ……ほんとに全部から来るんだ」
左から迫った雷へ花弁を斜めに当てて上へ逸らし、頭上から落ちた一本は別の花弁で前方へ流す。足元を這ってきた青銀には下から花弁を差し込み、地面から跳ね上げるようにして進路を変えた。
雷へ触れた花弁は何枚も焼けて崩れるが、失った分をすぐに咲かせれば対応そのものは続けられる。真正面から消し切る必要はなく、自分にも戦闘域外にも届かない方向へ変えればいいと判断していた。
だが、雷だけを処理していればいいわけではなかった。複数方向からの電撃を避けている最中にも、レグシェリア本人は動きを止めず、雷光の隙を縫うようにこちらへ近づいてくる。
リゼルヴェートは花弁の半数を周囲の雷へ残したまま、残りを正面と左右へ回して接近戦へ備えた。青銀の閃光の向こうから人影が一気に大きくなり、次の瞬間にはレグシェリアの右腕へ再び雷が集まっていた。
「これでも!」
「来た!」
正面から迫る拳へ花弁を重ねながら、リゼルヴェートは残りの数枚をレグシェリアの左右へ回した。拳と花弁がぶつかった衝撃で身体が一歩分だけ後ろへ滑ったものの、足元は崩れず、焼け落ちる花弁の間から別の一枚を肩口へ滑り込ませる。
レグシェリアは首を傾けるようにそれをかわし、その動きのまま身体を捻って蹴りへ繋げてきた。リゼルヴェートも残していた花弁をすぐに差し込み、蹴りを受けて生じた衝撃を斜め下へ流すように地面へ逃がした。
「ほんとに強いね!」
「戦闘中に褒める余裕がありますか!」
「だって強いから!」
「そういうところです!」
蹴りの反動を使ってレグシェリアが大きく後ろへ離れたため、リゼルヴェートも追撃せず周囲の花弁を配置し直した。上空の雷雲も地面を走る青銀も残っていて、戦闘が止まったわけではない。
それでもレグシェリアはすぐに踏み込まず、自分が壊した花弁と、新たに咲いた花弁、その中心へ立つリゼルヴェートへ順番に視線を向けている。何かを確かめたあとで攻め方を変えようとしているのだと、その立ち方から感じ取れた。
「……なるほど。通常のままでは、決め切れないということです」
「まだ上がるの?」
リゼルヴェートが聞き返した直後、それまで戦場へ広がっていた青銀の雷がレグシェリアの身体近くへ引き戻され始めた。雷が増えたのではなく、むしろ一度すべてを中心へ集め直しているように見え、上空から落ち続けていた雷まで動きを止める。
戦場が静かになったはずなのに、肌へ伝わる圧力だけはさっきより明確に強くなった。リゼルヴェートは怖さで後退するのではなく、次に起こる変化を見逃さないよう花弁を広げ直した。
「リゼルヴェート。ここからは、さっきまでと同じだと思わないでください」
「うん。ちゃんと見る」
レグシェリアが右手を握る動きに合わせ、周囲の青銀雷がさらに濃く圧縮されていく。上空の雷雲まで彼女を中心に引き寄せられるように渦を巻き、その途中で左手の《至冠印》がこれまでより強く光った。
戦場へ広げていた力を一つの身体へ集め直すような変化を見て、リゼルヴェートはこれが単なる次の攻撃ではないと直感する。
以前、自分が集落を守るために《覚醒》へ至った時とは現れ方が違っていても、力の段階そのものが切り替わろうとしているのは分かった。
——『雷帝顕装』
発動と同時に、上空の雷雲から無数の青銀が落ち、レグシェリアの身体へ一斉に集まった。雷は外へ散るのではなく、全身と武装へ幾重にも重なり、青銀の雷光と高密度の金剛性が一つの完全武装として彼女を覆っていく。
さっきまで戦場へ広げられていた時とは比較にならないほど力が身体へ凝縮され、速度、防御、破壊力、そのすべてが同時に引き上げられたことだけは、向き合っているリゼルヴェートにも分かった。
直視しただけで視界が白く焼けるほどの閃光が次々と生まれ、そのたびに遅れて雷鳴が空と地面を同時に震わせた。
第三十一位レグシェリア・ヴァルディナの《覚醒》が成立し、快晴だったはずの戦場全体が青銀の雷光へ沈んだ。




