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第一章 31 『正式な挑戦』





 第三十一位という数字と、足元を走る青銀の雷を見た時には、もっと近寄りがたい相手を想像していた。ところが王都の受け入れ地点まで進んできたレグシェリア・ヴァルディナは、リゼルヴェートたちの前で立ち止まると、まず王国側へ礼を取り、それからこちらへ向き直った。


 その動作には威圧も挑発もなく、軍人らしい硬さはあるものの、少なくとも会った瞬間から喧嘩を売ってくるような人には見えない。


「リゼルヴェート・アルシェノアですね。ヴァルグレシア帝国所属、《至冠序列》第三十一位、レグシェリア・ヴァルディナです」


「はい。リゼルヴェート・アルシェノアです」


「今回、正式な《至冠戦》の申請者として来ました」


 普通だ。


 もっとこう、第五十一位なんて相手にならない、とでも言われるのかと思っていたリゼルヴェートは、内心で少しだけ拍子抜けした。


 レグシェリアの青紫の瞳は真っ直ぐこちらを見ているが、見下すような色は感じない。むしろ相手として確認するために、余計なものを挟まず見ているように思えた。


 その後ろでは帝国側の使節団が足を止め、王国側からはガルヴェインとエリゼナが前へ出ている。イェルシェリナ、ゼルディヴァン、ルシェルトもリゼルヴェートの近くに残り、アシェラだけはいつものように一歩引いた位置から無言で様子を見ていた。


 すでに到着自体は正式な外交手順の中にあるらしく、ここでいきなり戦い始めるような空気ではない。


「先に確認しておきます」


 レグシェリアが続ける。


「今回の目的は、あなたの排除でも殺害でもありません。帝国が確認を求めているのは、新規に登録された至冠者としての実戦能力です。そのために、正式な至冠戦を申請しています」


「私がどれくらい強いか、実際に戦って見るってことですよね?」


「そうです」


 リゼルヴェートには、その説明の方が分かりやすかった。遠回しに何かを探られるより、戦って確かめたいと言われた方がずっと単純だ。少なくとも今のところ、レグシェリア本人から敵意のようなものは感じなかった。


「第三十一位と第五十一位という差がありますが、それを理由に手加減して評価を変えるつもりもありません。ただし、勝敗確定後まで戦闘を継続する意思もありません」


「本気でやるけど、終わったら終わり?」


「その認識で構いません」


「分かりやすいです」


 隣でイェルシェリナが小さく息を吐いたのが聞こえた。たぶん、リゼルヴェートが話を単純化しすぎていると思われたのだろう。けれど戦う本人同士の確認としては、これでかなり十分な気もする。


 もちろん、それだけで全部を決めるわけではなかった。


 王城へ移動したあと、話は正式な受諾確認へ移った。アルヴェディオとセレヴィナも加わり、帝国から届いた申請文書と、王国側で整理した条件が長机の上へ並べられる。


 昨日まで所属を決めるために書類だらけだったのに、今日は至冠戦のためにまた書類が増えているあたり、この世界では強い人同士が戦うだけでも随分大変らしい。


 リゼルヴェートが席へ着くと、アルヴェディオがまず申請内容を確認した。


「帝国側の申請目的は戦力確認。殺害を勝利条件とはせず、正式な至冠戦として勝敗判定を受ける。それで相違ないか」


「ありません」


 レグシェリアは簡潔に答えた。ガルヴェインも軍側で確認した内容を報告し、会場、防壁、観測設備、退避範囲について現時点で重大な不足はないと説明する。


 ただし正式開催前にもう一度安全確認を行い、双方が了承した状態で戦闘を開始するという条件が加えられた。


 イェルシェリナが次に確認したのは、当然ながらリゼルヴェート本人の意思だった。


「リゼルヴェート。申請されたからって、あなたが自動的に受けなきゃいけないわけじゃない。昨日説明した順位交換も含めて、条件は理解してる?」


「うん。私が勝ったら第三十一位になって、レグシェリアさんが第五十一位になるんだよね」


「正式な勝敗として成立すればね」


「それで、死ぬまで戦う必要はない」


「そう」


 そこまでは昨日ゼルディヴァンから聞いている。もう一度説明されても理解は変わらず、リゼルヴェートは目の前の申請書へ視線を落とした。


 戦えば帝国が知りたいことは分かる。自分も第三十一位の至冠者がどのくらい強いのか知ることができる。


 逆に、断る理由を探そうとしても、今のところあまり浮かばなかった。


「受けたら何か困る?」


 聞くと、ゼルディヴァンがすぐに答えた。


「勝っても負けても政治的影響は出る。特に勝てば第五十一位から第三十一位へ一戦で上がるから、今より注目は増える」


「負けたら?」


「少なくとも、現時点では第五十一位相当だったと見るところが増えるだろうな。ただ、それでノルシェリア派から外れるわけじゃない」


「じゃあ戦えば、どっちにしても今より分かりやすくなるんだ」


「……まとめ方としてはかなり雑だけど、間違ってはいない」


 ゼルディヴァンが少しだけ困った顔をしたが、否定はされなかった。リゼルヴェートとしては、それならなおさら受けてもいいように思えた。


 自分がどの程度なのか分からないから確認したい、という帝国側の理由も理解できるし、こちらも実際に戦えば知らなかったことが分かる。


 アルヴェディオはすぐに結論を促さず、リゼルヴェートの返答を待っていた。セレヴィナも同じで、以前所属を決めた時と同じように、本人の代わりに答える気はないらしい。


 ガルヴェインやエリゼナも、警戒はしていても「受けろ」とは言わなかった。


 だからリゼルヴェートは、自分で決めた。


「受けます」


 イェルシェリナが確認するようにこちらを見る。


「本当にいいの?」


「うん。相手も私のことを知りたいんでしょ? だったら戦えば分かるし、私もレグシェリアさんがどれくらい強いのか知りたい」


 難しい外交上の駆け引きまでは、まだ分からない。ただ、戦う理由そのものが理解できないわけではなかった。相手もこちらを馬鹿にしているわけではなく、正式な手順で申し込んできているなら、リゼルヴェートにとってはその方が受け入れやすい。


 レグシェリアへ視線を向けると、彼女もこちらを見ていた。


「では、受諾ということで?」


「はい。お願いします」


「こちらこそ」


 話そのものは驚くほど素直にまとまったものの、開催時刻だけはすぐには決まらなかった。


 ガルヴェインは今日中でも戦場準備そのものは可能だとしたが、帝国使節団到着直後であり、王国側の最終安全確認も残っている。イェルシェリナも、急いで条件確認を雑にする理由はないと主張した。


「会場は準備済みよ。でも、《準備できている》と《最終確認が終わっている》は同じじゃないでしょう」


「軍も同意見だ」


 ガルヴェインが資料の一部を指した。


「防壁、退避路、観測設備を今日中にもう一度確認する。帝国側にも会場を見てもらった上で、問題がなければ明日の午前から開始。それが一番無駄がない」


「私は異議ありません」


 レグシェリアも即座に了承したため、開催予定は翌日午前でまとまった。今日中に双方が会場と条件を最終確認し、問題がなければ正式な至冠戦を開始する。それならリゼルヴェートにも分かりやすい。


 決定した内容が文書へ記され、順番に確認されていく。ほんの少し前までレグシェリアは名前と順位しか知らない相手だったのに、明日の朝には本当に戦うことになる。その事実を考えても、不思議と怖さより興味の方が先に来た。


 第三十一位。


 足元に青銀の雷を走らせる至冠者。


 どんなふうに戦うのかは、まだ知らない。


 だからこそ実際に見るのが楽しみだと思ってしまうあたり、自分はやっぱり少し変なのかもしれない。アシェラなら、きっと「……今さら」と言うだろう。


 全ての確認が終わると、アルヴェディオが正式受諾を宣言した。これで第五十一位リゼルヴェート・アルシェノアと、第三十一位レグシェリア・ヴァルディナの至冠戦は、翌日午前の開催へ向けて正式に動き出す。


 退室前、レグシェリアがこちらへ手を差し出した。


「明日は、よろしくお願いします」


「うん。よろしくお願いします」


 リゼルヴェートも迷わず右手を伸ばし、その手を握った。


 触れた瞬間、左手の甲がほんのり熱を持った。


「……え?」


 同時に、レグシェリアの側でも微かな光が生まれていた。


 二人が手を離すより早く、リゼルヴェートの《至冠印》とレグシェリアの《至冠印》が示し合わせたように同時に淡く輝き、正式に受諾された二人の《至冠戦》を静かに告げるような光だけが、向き合う第五十一位と第三十一位の間へ残った。





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