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第一章 24 『誰が決めるのか』





 議論が始まる前から、長い会議卓の上にはリゼルヴェートの未来を決めるための書類が何種類も並んでいた。


 王家直属、王廷による管理と保護、王国軍への編入、そしてノルシェリア派との関係を維持したまま国家支援を受ける案。それぞれに条件と責任が書き込まれ、最後には本人が意思を示すための欄まで用意されている。


 イェルシェリナは席へ着くと、正面に並ぶ文書より先に隣のリゼルヴェートを見た。緊張していないわけではないらしく、普段より背筋が伸びているものの、怯えている様子はない。


 アシェラはその反対側で静かに座り、ゼルディヴァンとルシェルトもすでに必要な資料を手元へ揃えていた。


 昨日まで散々話し合った。条件も比べたし、何を選べば何が変わるのかもできる限り整理した。それでも今日ここで決めるのは、王国にとって最も扱いやすい案ではない。


 そこだけは、最初から譲る気がなかった。


 アルヴェディオが会議の開始を告げると、最初にエルグレディオが王廷側の最終案を開いた。


「王廷としては、リゼルヴェート殿を中央管理下へ置き、身分保証、居所、警護、対外交渉の窓口を一括して担う案を最も安定したものと考えます」


 言葉だけを聞けば、これまでと大きくは変わらない。しかし提出された最終案では、以前より本人の行動範囲と意思確認の手順が細かく分けられていた。


 王廷が何でも決定するのではなく、どこまでを国家安全保障上の管理対象とし、どこからを本人の自由へ残すのかが明文化されている。


「《至冠者》という立場を考えれば、対外窓口を一本化する必要があります。国外から直接接触を受け、その都度異なる判断がなされれば、本人だけでなく王国全体へ影響が及びます。王廷管理であれば、責任主体を明確にできます」


「その代わり、中央が持つ権限も大きいわね」


 イェルシェリナが文面へ目を落としたまま返すと、エルグレディオは否定しなかった。


「責任だけを負い、必要な権限を持たない制度は機能しません。もちろん、今回の修正版では本人意思の確認手続きも追加しています」


「そこは確認したわ。前よりずっと良くなってる」


 批判するためだけに来たわけではない。改善されたものは改善されたと認めるべきで、それを曖昧にしてしまえば交渉にならない。


 続いてガルヴェインが軍編入案を提示した。


「軍から出す条件も基本は同じだ。正式に軍籍へ入れる。訓練施設、護衛、移動、人員、戦場情報を軍が用意し、任務時は軍の指揮系統へ入ってもらう」


 彼の案も、以前より命令権の範囲が明確になっていた。《至冠者》だからという理由だけで無制限に動員できる形にはせず、任務の性質、拒否できる条件、平時の生活範囲まで整理されている。


「俺はまだ軍へ入れるのが一番いいと思ってる。あれだけの戦闘力を持ってるなら、訓練も情報も人員も揃った場所にいた方がいい。それに何か起きた時、誰が現場を支えるかも分かりやすい」


「軍としては、でしょう?」


「ああ。軍としては、だ」


 ガルヴェインはそこを誤魔化さなかった。


「ただし、本人が嫌だと言ってるのを無理やり入れる案じゃない。そこまでやったら、戦力を得る前に余計な問題を抱える」


 イェルシェリナは資料へ視線を戻した。エルグレディオもガルヴェインも、自分たちに都合のいい結論だけを押しつけようとはしていない。それぞれ立場が違う以上、最善と考える案が違うのは当然だった。


 問題は、合理性が複数あることだった。


 王廷管理には利点がある。軍編入にも利点がある。王家直属にも安全と身分保証という大きな利点があり、ノルシェリア派との関係維持案にも、本人がこれまで築いた生活と人間関係を変えずに済むという意味がある。


 だからこそ、最後に誰が決めるのかを間違えてはいけない。


 アルヴェディオの視線がこちらへ移り、イェルシェリナはノルシェリア派側の資料を開いた。


「私たちから出す案は、リゼルヴェートが今まで通りノルシェリア派と行動することを選んだ場合に、必要な国家支援を正式化するものよ。警護、外交窓口、大規模施設の使用、必要に応じた移動支援。その代わり、こちらにも報告や連絡の責任を持たせる」


「王国から支援だけを受ける形にはしない、ということだな」


「ええ。そんな都合のいい要求を通すつもりはないわ」


 イェルシェリナは一度言葉を切り、書類の中でも特に重要な部分へ指を置いた。


「ただし、この案でも国家が支援したからといって、リゼルヴェート本人の行動や力まで国家へ渡るわけじゃない。逆に、私たちと行動しているからといって、ノルシェリア派が本人の意思を代わりに決める権利を持つわけでもない」


 エルグレディオが静かに視線を向ける。


「クロヴェリア代表は、今回の問題を終始その点から見ていますね」


「当然よ。契約で重要なのは、何を約束するかだけじゃない。権利と責任が誰に帰属するかよ」


 何かを約束すれば、その約束によって得る権利と負う責任が生じる。それを曖昧にしたまま、便利だからという理由だけで関係を結べば、後から必ず誰かが勝手な解釈を始める。


 今回なら、王国が支援する代わりに何を求めるのか。ノルシェリア派がリゼルヴェートと行動することで何を引き受けるのか。


 そして本人がどこまで自分で決められるのか。そこを最初に決めておかなければ、保護も支援も簡単に別の意味へ変わってしまう。


「王廷管理なら王廷が責任を持つ。軍編入なら軍が責任を持つ。ノルシェリア派との関係を続けるなら、私たちも相応の責任を負う。それでいいと思うわ」


「なら、あなた方としては残留を求めるわけではないのですか?」


 エルグレディオの問いに、イェルシェリナはリゼルヴェートの方を見た。


 昨日も同じことを考えた。


 彼女が残れば、ノルシェリア派は変わる。今まで相手にもされなかった場所から、一気に王国内で無視できない位置へ上がる可能性がある。予算も発言権も増え、今まで届かなかった場所へ手が届くかもしれない。


 それを欲しくないと言えば嘘になる。


 けれど、それを理由に本人へ残れと言うつもりはなかった。


「残ってくれたら嬉しいわ。でも、残るよう迫る気はない」


 リゼルヴェートがこちらを見る。


「本人が王家を選ぶなら、それを受け入れる。軍を選ぶなら、それも本人の選択よ。私たちができるのは、ここへ残りたいと思った時に、ちゃんと残れる条件を作ることまででしょう」


 ルシェルトが隣で小さく頷き、ゼルディヴァンも資料から目を上げた。二人とも昨日から変わらない態度だった。


 ノルシェリア派を大きくすることと、リゼルヴェートを利用することは同じではない。


 そこを混ぜれば、この先どれだけ結果を出しても意味がなくなる。


「私は、その考えでいいと思います」


 セレヴィナが静かに口を開いた。


「どの案にも利点があって、同時に本人が受け入れなければならない条件があります。それなら、条件を隠さず並べた上で選んでもらうべきです」


「しかし、選択の結果を本人だけで負わせるわけにはいきません」


 エルグレディオの指摘ももっともだった。


「当然よ。本人が選ぶことと、結果まで全部一人で処理させることは別でしょう」


 イェルシェリナは即座に返した。


「どこを選んでも、そこを支える組織が責任を持つ。それが契約なんだから」


 議論はそこからさらに細部へ移った。連絡窓口、警護範囲、国外からの照会が来た場合の手続き、軍務を選んだ場合の命令権、王家直属を選んだ場合の行動制限。


 どれも本人が選んだあとに揉めれば済む話ではなく、選ぶ前に見せる必要がある条件だった。


 イェルシェリナは一つずつ確認しながら、必要な箇所だけ修正を求めた。すべてをノルシェリア派に有利にするのではなく、どの案を選んでもリゼルヴェートが後から知らなかったと言わずに済む状態へ揃える。それが今日ここでやるべき仕事だった。


 やがて、最後の修正箇所についても全員の確認が終わった。


 卓上には四つの正式案が残った。


 どれも完全ではない。


 どれにも利点があり、負担があり、選んだあとに引き受ける責任がある。


 アルヴェディオはそれぞれの書類へゆっくり目を通したあと、両手を机の上で組んだ。


「これ以上、こちらだけで優劣を決めても意味はないな」


 ガルヴェインもエルグレディオも反論しなかった。


「王家直属にも合理性がある。王廷管理にも、軍編入にも、ノルシェリア派との関係維持にも、それぞれ理由がある。国家として必要な最低条件も、ここまでで揃った」


 イェルシェリナは黙って聞いていた。


 ここまで来れば、もう自分が押す話ではない。


「ならば最後は、本人に選んでもらう」


 アルヴェディオの視線が、会議卓の端から一人の少女へ移った。


 リゼルヴェートは並べられた四つの案を一度見て、それから国王へ顔を上げた。アシェラはその隣で何も言わず、ゼルディヴァンもルシェルトも口を挟まない。


 誰かの都合で先に答えを決めるためではなく、本人の意思を聞くために、ここまで条件を並べてきた。その最後の一歩として、アルヴェディオはリゼルヴェートへ真っ直ぐ向き直った。


「君は、どうしたい?」


 問いを受けたリゼルヴェートへ、卓を囲む全員の視線が集まる。けれどイェルシェリナは何も言わず、彼女自身の答えが出るのを待つことにした。





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