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第一章 13 『一つでは説明できない』





 半分に割れたはずの訓練標的が元の形へ戻ったことで、ゼルディヴァンが頭の中へ並べていた仮説は、一つずつ使えなくなっていった。


 昨日の《常世星桜》だけを見ていたなら、高速で展開した光の花弁によって対象を攻撃する真律だと考える余地はあった。花弁が別々の魔獣を追ったことについても、複数操作に優れた性質だと仮定すれば、少なくとも同じ方向の能力として整理できる。


 だが、今しがた起きたことはその延長では説明しづらい。標的へ花弁を当てた時には明確な破壊が起こり、その直後には、同じリゼルヴェートの力が失われた部分を補うように形そのものを戻していた。


 ゼルディヴァンは《群鏡演算》の鏡を標的へ寄せ、修復された表面を複数の角度から確認する。破断面を無理に貼り合わせた痕跡はなく、亀裂へ別の物質を詰め込んだようにも見えない。それどころか、地面へ落ちた破片はそのまま残っているのに、標的側では欠けた部分まで元通りに存在していた。


「……接着じゃないな」


 ルシェルトが地面の破片と標的を交互に見ながら眉を寄せる。


「俺にもそれくらいは分かる。落ちた方を戻したんじゃなくて、壊れた部分そのものがもう一度できてる」


「そこまでは見れば分かる。問題は、何で昨日と同じ力からこれが出るのかだ」


 ゼルディヴァンは鏡の一枚をリゼルヴェートへ向けた。本人はまだ標的の前にしゃがみ込み、自分の手と完全に元へ戻った標的を見比べている。昨日の攻撃に続いて今回の修復まで初めて知ったような反応であり、少なくとも最初から何が起きるのか把握していたようには見えなかった。


「ゼルディヴァン、これも真律なの?」


 振り返ったリゼルヴェートから問われ、ゼルディヴァンは標的へ向けていた鏡を一枚だけ下げた。


「今のところはそう考えるしかない。《常世星桜》を使った時と同じ光が出てたし、別の能力を使った様子もない。ただ、昨日の攻撃と今の修復を同じ仕組みとして説明できるかと言われると、今の情報じゃ無理だ」


「同じ真律なのに?」


「ああ。真律一つにつき一種類の現象しか起こせないって意味じゃない。使い方によって複数の現象へ派生するものもある。ただ、普通はそれらに共通する根っこが見えてくる」


 リゼルヴェートはその言葉に首を傾げた。


「根っこ?」


 昨日まで説明する必要がなかった概念だが、《常世星桜》を確認する以上、ここから先は避けにくい。とはいえ詳しく広げすぎれば、今度は真律とは別の説明だけで話が終わる。


「《原象》って呼ばれてるものがある。真律の根にある、存在のイメージとか物語の型みたいなものだと思えばいい。実際に起こる現象が違っても、その奥には何かしら一貫した像があると考えられてる」


「じゃあ、原象がすごいものだったら真律も強いの?」


「そんな単純な格付けじゃない。名前だけで強さが決まるなら、能力の条件や相性、使う人間の技量を考える意味がなくなる。実際の勝敗はそれだけじゃ決まらない」


 原象という言葉だけを聞いて強弱の序列と結びつけられるのは避けたかった。少なくともゼルディヴァンが知る限り、真律は名前の印象だけで優劣を測れるほど単純なものではない。


 リゼルヴェートは納得したように頷いてから、元通りになった標的へ目を戻す。


「じゃあ、私の《常世星桜》にも原象があるんだよね?」


「あると考えるのが普通だ。ただ、今見えてる現象だけで決めるのは危険だ」


 ゼルディヴァンは昨日から今日までに確認した事実を、改めて順番に整理した。


 最初に現れたのは、白桃色から桜金、薄藤へ揺らぐ光の花弁だった。それは魔獣を高速で攻撃し、触れた場所から対象を消している。しかも複数枚が別々の敵へ独立して向かい、逃げる対象へ追いつきながら、周囲をほとんど壊さず処理した。


 今日の確認では、出力を落とした花弁によって標的を破壊することもできた。そこまでは昨日の延長として考えられる。


 だが、壊れた標的を元の形へ戻した現象は違う。


「昨日までに確認できたのは攻撃と、複数の花弁を別々に動かせること。今日はそこへ再構築まで加わった。少なくとも今見えてる三つを並べても、どういう共通条件で一つの真律にまとまってるのか分からない」


「再構築?」


「壊れた部分をもう一度形にしたから、今はそう呼んでるだけだ。正式な技名や能力名って意味じゃない」


「そっか。勝手に新しい技が増えたのかと思った」


「増やすな。こっちは一つでも説明に困ってる」


 リゼルヴェートが申し訳なさそうに眉を下げたところで、横にいたルシェルトが呆れたようにゼルディヴァンを見る。


「お前、本人に言っても仕方ないだろ。本人だって何が起きたか分かってないんだから」


「怒ってない。情報が足りないと言ってるだけだ」


「その言い方で怒ってないは無理がある」


 二人のやり取りには加わらず、イェルシェリナは元に戻った標的をしばらく見ていた。やがてその視線が、リゼルヴェートのすぐ近くに立つアシェラへ向く。


 ゼルディヴァンも同じ相手を見る。


 昨日と変わらない。アシェラは、攻撃と修復という大きく異なる現象を続けて見ても、ほとんど驚いた様子を見せていなかった。


「アシェラ」


 呼びかけると、淡金と星紫の瞳がこちらへ向いた。


「昨日は話さないって言ったな。今日のこれについても同じか?」


「……同じ」


「《常世星桜》の原象が何なのか知ってる?」


「……答えない」


「攻撃と修復が同じ力から起きる理由も?」


「……答えない」


 予想通りの返答だったため、ゼルディヴァンはそこで質問を打ち切った。答える意思がないことは昨日の時点で確認している。アシェラが何かを知っている可能性は考えられても、それをそのまま事実として記録するわけにはいかない。


 リゼルヴェートは少し気になるらしく、アシェラの顔を覗き込んだ。


「やっぱり何か知ってるの?」


「……今は、話さない」


「知らないとは言わないんだね」


「……うん」


 それでもリゼルヴェートは無理に聞き出そうとはせず、アシェラもそれ以上説明しなかった。


 ゼルディヴァンは手元の記録へ視線を戻した。昨日の時点でも分類には困っていたが、今日の結果で一方向へ整理することはさらに難しくなっている。攻撃性能に特化した真律と考えれば再構築が浮き、修復や物体操作の真律と考えれば、昨日見た魔獣の消滅と複数の花弁による追撃が収まらない。


「もう一回、条件を変えて試すか。次は花弁を使わずに修復できるか、それとも壊し方を変えた場合に――」


「今日はここまでにしましょう」


 イェルシェリナが途中で止めた。


 ゼルディヴァンが顔を上げると、彼女は記録ではなくリゼルヴェートを見ていた。


「まだ確認できることはある」


「あるでしょうね。でも、今日の目的はリゼルヴェートが自分の力を安全に扱えるか確かめることだったはずよ。攻撃の出力を下げられることも、昨日とは別の現象が起きることも分かった。それ以上続けたら、本人にも分からない力を私たちが納得するまで試させるだけになるわ」


「情報は増える」


「情報が増えれば、必ず正しい答えに近づくとは限らないでしょう。分類できないなら、無理に今ある枠へ押し込む必要もないわ」


 その言葉には反論しづらかった。


 観測した事実より仮説を優先し、説明しやすい形へ結果を歪めれば、それは分析ではなくなる。今ある情報で分類できないなら、《分類できない》こと自体を結果として残す方が正確だった。


 イェルシェリナはリゼルヴェートへ向き直る。


「あなた自身は、まだ続けたい?」


「自分のことだから知りたいけど……今やったら、また予想してないことが出てきそうな気はする」


「なら今日は終わりにしましょう。あなたは研究対象じゃないんだから、私たちが答えを出すまで延々と試させる必要はないわ」


「でも、何か分からないままでもいいの?」


「分からないものを分からないと認めるのも必要よ。勝手に意味を決められる方が困るでしょう?」


 リゼルヴェートは少し考えたあと、素直に頷いた。


「それなら今日は終わりでいい。私も、自分で少し考えてみたい」


「ええ。それでいいわ」


 能力確認はそこで打ち切られた。


 ルシェルトが訓練場所の片付けを始めると、リゼルヴェートも手伝うために元通りになった標的へ向かい、アシェラはいつものようにその後ろへついていく。イェルシェリナも使用した道具の確認へ回り、残ったゼルディヴァンだけが《群鏡演算》を解く前に、今日の記録をもう一度読み返した。


 攻撃、複数の花弁による独立制御、対象の消滅、出力を抑えた破壊、そして破損部分の再構築。どれも実際に《常世星桜》から起きた現象である以上、都合の悪いものだけを外すことはできない。それでも、一つの真律として筋道立てて説明しようとするたび、どこかで必ず辻褄が合わなくなる。


 昨日より多くの情報を得たはずだった。


 ゼルディヴァンは新しい仮説を書き足す代わりに、現時点では説明不能という事実だけを記録へ残して帳面を閉じた。《常世星桜》という力は、調べる前よりも輪郭を見せたはずなのに、その輪郭が広がった分だけ、一つの真律として理解することから遠ざかっていた。






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