第11話「査問会での対決〜『泥まみれの令嬢』が暴く真実〜」
国王陛下の開会宣言と共に、最初に証言台へと立たされたのは、オルコット侯爵家の嫡男セドリックだった。
宰相閣下が鋭い眼光で手元の報告書を睨みつけ、セドリックを問い詰める。
「セドリック・オルコット。貴殿の領地は昨年まで、年々収穫量を増やし、王国一の小麦生産量を誇っていたはずだ。それがなぜ今年に限って、収穫量が前年の『一割未満』という壊滅的な凶作に陥ったのだ? 王室との納入契約不履行、ただでは済まされんぞ!」
冷や汗を滝のように流しながら、セドリックは震える指で、なんと私のいる方角をビシリと指差した。
「へ、陛下! 宰相閣下! これには深い事情がございます! 我が領地の畑が突然枯れ果てたのは、私のせいではございません! そこにいる元婚約者のフィーネ・ヴァルハイトが、婚約破棄された逆恨みから、王都を去る前に我が領地の土壌に『遅効性の枯れ草の毒』を撒いていったに違いないのです!」
「なんですって……!?」
会場がどよめいた。すると、隣にいたミリアムとヴァルハイト伯爵も、ここぞとばかりに声を張り上げた。
「そうですわ陛下! 私は『花の乙女』の異能で、春先に一生懸命小麦の成長を早めてあげたのに、秋になったら急に土が白くひび割れて枯れてしまったのです! お姉様が土に呪いか毒を仕掛けたとしか考えられませんわ!」
「い、いかにも! 不肖の娘ながら、まさかこれほど恐ろしい毒婦だったとは……! すべてはフィーネと、彼女を匿ったグレンツ辺境伯の陰謀でございます!」
あまりの荒唐無稽な濡れ衣に、アシェル様の眉間がピクリと動き、会場の温度が数度下がったかのような殺気が放たれた。
しかし私は、アシェル様の手をそっと握って制すると、静かに一歩前へと進み出た。
「陛下、発言の許可をいただけますでしょうか」
「うむ、許す。フィーネ・ヴァルハイト、申してみよ」
私は一礼すると、王室の調査官が証拠品としてテーブルの上に置いていた『現在のオルコット侯爵領の土』が入った木箱と、『枯れた小麦の株』の前へと歩み寄った。
「セドリック様、ミリアム。あなた方は私が畑に『毒』を撒いたと仰いましたね。では、今この場で、その『毒』の正体をすべての貴族の皆様の前で証明して差し上げましょう」
私はエメラルドグリーンのドレスの袖口を迷いなくたくし上げると、白くひび割れたオルコット領の土の中へと、素手を差し入れた。
そして『土壌対話』の力で土の残留成分を読み取ると同時に、誰でも目で見て分かる『化学的な証明実験』をその場で実演してみせた。
「調査官様、そこにある蒸留水のガラス瓶と、紫キャベツの煮汁(酸塩基指示薬)、そして硝酸銀の試薬をお借りできますか?」
王室付きの宮廷魔道士兼・薬師が「う、うむ、どうぞ」と試薬を渡してくれる。
私はまず、オルコット領の土を水で溶かした上澄み液をガラス杯に取り、そこに試薬を垂らした。すると、透明だった液体が一瞬にして白く濁った。さらに別の杯に取った上澄み液へ紫キャベツの煮汁を垂らすと、液は酸性を示す赤色へと変わった。
「宮廷薬師様、この反応が何を示しているか、皆様にご説明いただけますか?」
「こ、これは……! 毒物などではないぞ! 塩化物が大量に溶け出し、土は酸性にも傾いている。高濃度の『錬金魔薬(化学塩類)』が土の中に異常蓄積して起きた、典型的な『塩類集積(塩害)』の反応だ!」
薬師の驚きの声に、私は頷いて言葉を継いだ。
「その通りです。そして、こちらの枯れた小麦の根をご覧ください。根の表面に無数の小さなコブと傷があり、中がスカスカに腐っています。これは毒によるものではなく、同じ畑に何年も続けて小麦と薔薇だけを植え続けたことで、土の中の特定の病原菌と害虫(線虫)が異常繁殖する『連作障害』の紛れもない証拠です!」
私はセドリックとミリアムを真っ直ぐに見据えた。
「私は過去三年間、この連作障害と塩害を防ぐために、オルコット領の畑を五つの区画に分け、豆類や根菜、緑肥を順番に回す『五年周期輪作計画書』を作成して渡していました。しかしセドリック様は、あの春の夜会で『そんな泥臭い紙束は焚き付けだ』と仰ってそれを破棄し、休耕地まで全て潰して小麦の連作を強行されましたわね?」
「ぐっ……! そ、それは……」
「さらに決定的なトドメを刺したのが、ミリアム――あなたの『促成開花』の魔術です!」
私はひび割れた灰色の土をひと握りすくい上げ、ミリアムの前に突きつけた。
「植物が花を咲かせ、実を結ぶためには、それに見合うだけの『土の栄養』と『根の力』、そして土を耕してくれる『微生物の働き』が必要です。それなのにあなたは、土に堆肥ひとつ与えないまま、魔力だけで植物の細胞を無理やり肥大化させた! その結果、植物は土の中に残っていたわずかな腐植と微量ミネラルを根こそぎ吸い尽くし、あなたの過剰な魔力熱によって土中のミミズや有用菌はすべて焼き殺されたのです! あなたがやったのは『育成』などではありません、大地の命を前借りして絞り殺す『略奪』です!」
「う、嘘よ……! 私の美しい魔術が、畑を殺したなんて……!」
ミリアムが顔を真っ青にして後ずさる。
さらにその時、アシェル様が懐から一冊の分厚い羊皮紙の束――半年前の夜会で暖炉に投げ込まれる寸前に取り戻した、私の『オルコット領・土壌改良計画書』を取り出し、宰相閣下へと提出した。
「陛下、これをご覧いただきたい。半年前の夜会でセドリックが焼き捨てようとした、フィーネ嬢直筆の計画書だ。その第十四頁には、こう明確に警告が記されている。『今年度、南部区画での豆類の輪作を怠り、魔力による促成栽培や化学魔薬の連用を行えば、秋には必ず塩類集積と連作障害が発生し、収穫は一割以下に激減する』とな!」
宰相閣下が計画書のページをめくり、驚愕に目を見開いた。
「な、なんということだ……! 半年も前に、今のオルコット領の惨状を寸分の狂いもなく予言し、その対策まで書き残していたというのか!? それを無視して彼女を追い出し、自ら畑を滅ぼしておきながら、毒を撒いたなどと濡れ衣を着せるとは……!」
広間中の貴族たちから、「なんという愚か者だ!」「自分の無能を棚に上げて恩人に罪をなすりつけるとは、貴族の風上にも置けん!」と、怒号と軽蔑の視線が一斉にセドリックたちへと浴びせられた。
しかし、私たちの証明は、まだこれで終わりではなかった。




