表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/9

第8話:「違法伝書」と呼ばれても

 その布告は、南から来た隊商が持ち込んだ。


 王領のすべての関所と宿場に、同じ紙が貼り出されているという。マルロが写しを台に広げ、読み上げた。


〈布告。王国駅逓法に基づき、官営駅逓の専権を侵す私設伝書の営業を禁ず。私設の伝書・飛脚・伝鳩の類いを扱う者は、関所において荷と鳥を差し押さえ、運び手を拘束する。 駅逓長官バルツァー〉


「……ずいぶんな言い草ですね。自分とこの鳩は飛ばないくせに」


 ピナの声が、布告の名前のところで一段低くなった。バルツァー。少女は、その四文字を舌の上で噛み潰すように読んだ。


「法の建て付けとしては、どうなのです」


 ロザリンドはマルロに訊いた。元伝令頭は、渋い顔で顎を掻いた。


「駅逓法の専権は、確かにあります。ただし及ぶのは王領のみ。辺境伯領と北方三領は、公認状がある限り合法です。……問題は、南との行き来で。王領を一歩でも通る便は、こじつけで挙げられます」

「こじつけでも、拘束はできる、と」

「へえ。関所の現場は、貼り紙が法ですから」


 布告の効き目は、まず商人に出た。


 昼過ぎには、南と取引のある皮革商が、青い顔で契約の巻紙を返しに来た。


「すまないね、ギルド長さん。あんたの報せに不足はない。不足はないんだが……うちは荷の半分が王領行きだ。関所に睨まれたら、商いが立たない」

「承知しました。違約金は要りません。……ただし報せだけは、これまでどおり無料でお届けします」

「え?」

「戻っていらっしゃるとき、話が早いので」


 皮革商は、ばつの悪そうな顔で笑って帰った。帳場の奥で、マルロが小声で唸った。


「……太っ腹というか、強気というか」

「保険です。切れた縁より、切れなかった縁のほうが、あとで高く付きます。——良いほうに」


 そして三日後、布告の効き目は、人に出た。


「コリンが、挙げられました」


 南線の急報だった。王領との境、リンデンの関所。

 コリン——追放の道中、駅番の老婆が「足だけは速い」と差し出した、あの末の倅だ。十七になったばかりで、ギルドの南回りを任されるまでになっていた。


 運んでいたのは、穀物商の相場報が三通。武器でも密書でもない、ただの商いの紙だ。

 それが「官営駅逓の専権を侵す違法伝書」として、荷ごと差し押さえられた。


「殴り込みましょう。あたし、関所の壁くらいなら登れます」

「ピナ」

「だって!」


 少女は台を叩いた。


「知ってるんです、ああいうやつら。挙げた伝令をどう扱うか。飯を抜いて、寒い納屋に放り込んで、書き付け一枚で何日でも——」

「ピナ」


 ロザリンドは、同じ静かさで、二度目を言った。

 それから、震えている少女の手の上に、自分の手を重ねた。


「コリンは、取り返します。壁を登らずに」


 翌日、雪の残る街道を、駅番の老婆——コリンの母親が、三日歩いて鳩舎に来た。


 老婆は、帳場の前で深々と頭を下げた。


「嬢様。倅は、お役に立っておりますでしょうか」


 拘束の報せは、まだ届いていないのだ。ロザリンドは一瞬だけ言葉を選び、それから、選ぶのをやめた。この店は、嘘を運ばない。自分の帳場でだけ嘘を吐くわけには、いかない。


「リンデンの関所で、捕らえられています。運んでいたのは商いの紙で、罪はありません。——十日のうちに、わたくしが取り返します」


 老婆は、しばらく黙っていた。

 泣くか、取り乱すか。どちらも、来なかった。老婆はもう一度、同じ深さで頭を下げた。


「……嬢様がそう仰るなら、あの子は帰ってきます。うちは代々、そうやって公爵家の言葉で生きてきましたで」


 雪道を帰っていく曲がった背中を、ロザリンドは戸口で長いこと見送った。

 取り返します、という言葉は、もう独り言ではなくなっていた。


 夜、鳩舎の帳場に、ギルドの主だった顔が集まった。


「相手の狙いを整理します」


 ロザリンドは帳面を開いた。


「一つ。南線を止め、ギルドを北に封じ込めること。二つ。『違法』の名を着せ、商人たちを契約から降ろすこと。三つ——」


 彼女は、そこで一拍おいた。


「挙げた伝令から、ギルドの中身を訊き出すこと。網の形。暗号。わたくしの、手の内を」

「コリンは喋りませんよ。あの子は」

「喋らないでしょう。だから急ぎます。喋らない者への訊き方は、日ごとに手荒くなる」


 マルロが唸った。


「しかし嬢様、こちらから王都に掛け合う筋がない。駅逓庁に文を送ったところで、握り潰されるだけで」

「王都には送りません」


 ロザリンドは首を振った。


「リンデンの関所は王領でも、裁くのは代官です。代官は、貼り紙ではなく法で動く。——法で来るなら、法で返します」


 彼女は筆を取り、藍色の封蝋を火にかざした。


「それから、エルシーに使いを。南と取引のある商会全部に、声を掛けてもらいます。差し押さえられた相場報の荷主として、代官所へ損害の申し立てを。……役人は、貼り紙より、積み上がる訴状を嫌います」


 エルシーは、その晩のうちに馬を出した。

 三日後には、南に縁のある商会の判が十七、訴状の上に並んだ。判を集めて回った女商人は、こともなげに言った。


「みんな、あんたの報せで儲けた連中さ。貸しの取り立てだよ。……商人はね、恩は忘れても、貸し借りだけは忘れないんだ」


 だが、南線の止まった十日は、確かに谷だった。


 南向けの依頼は棚に積み上がり、新規の契約は二件が「様子見」に転じた。国境の中継点からは、例の「値を聞かない客」が今度は元・王都伝令の名簿を欲しがっている、という薄気味悪い報せも入った。

 市場では、誰かが囁いた。所詮は追われた令嬢の鳩遊び。王都に睨まれて、終わりさ。


 夜更けの鳩舎で、ピナは眠らずに天井を睨んでいた。


「……お嬢。起きてます?」

「起きています」

「あたし、あいつの名前、王都にいたころから知ってます。バルツァー」


 暗がりで、少女の声だけが聞こえた。


「いつか、あいつの『違法』な鳩が、あいつの首を絞めればいいのに」

「ピナ」


 ロザリンドの声は、叱る色ではなかった。


「首を絞めるのは、鳩の仕事ではありません。——報せの仕事です。寝なさい。明日は、リンデンへ発ちます」


谷です。谷はだいたい、反撃の助走です。

次話、封蝋の暗号が初めて牙を剝きます。判子と封蝋、強いのはどちらか。

※ブックマークは差し押さえられません。ご安心ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ