語りの層は眠っている
山菜採りから始まった小熊の保護が一段落し、次の活動計画を準備していたアイヌ文化研究会だった。
エカテリーナが一枚の古文書を持って現れた。
「これ、私がアイヌ文化に興味を持った理由の一つなの。次の活動に使えないかなと思って持ってきたわ。」
それは、ロシア語で書かれたの古い地図だった。
「母さんからもらったのだけれど、父さんの実家の倉庫にあったのよ。書いてある意味がわからないので、捨てられそうになっていたのを、母さんが貰い受けたと聞いているわ。」
地図の上には、数行のロシア語が書かれてあった。
和馬「この地図の上に書かれているロシア語は、なんて意味なのだろう?」
エカテリーナ「そこに書かれているのは、(義経、モンゴルへ。西より東へ還るとき、その語りとともに、“сокровище (ソクロヴィーシェ)を封じる”)よ。」
連「сокровище (ソクロヴィーシェ)って?」
エカテリーナ「宝物や文化的な財産という意味よ。」
みんなが耳を疑った。
詩織は「それって……神居古潭の義経伝説……そのまんまじゃない!」と叫んだ。
澪「ちょっと、よく見せて。」
みんなで古地図を見ると、その中心にはロシア語でговорящий камень」と書かれてあった。
和馬「これ、日本語ではどういう意味?」
エカテリーナ「語りの石という意味よ。」
詩織「語りの石・・・これは、どこにあるのかしら。」
エカテリーナ「それが謎なのよ。おそらく、この石のあるところに何かがありそうな気がするの。」
ゆり「義経に関連するとしたら,神居古潭が怪しいわね。」
ゆりがネットを駆使して調べたところ、神居古潭のとある岩場にはかつて 「語りの声が響いた石」=“語り石”が存在していた記録が残っていた。
煌「これって、その古地図の語りの石のこと?」
エカテリーナ「断言は出来ないけど、偶然にしては出来すぎよね。」
連が「行ってみるか?」と少し興奮気味に言う。
ゆり「でも、それ、今は立ち入り禁止区域にあるんだって。」
連が「ってことは・・・行くしかないってことだよな?」とかなり興奮気味に言った。
煌「まあ、連が興奮する気持ちもわかるよ。けど、落ち着け。」
エカテリーナ「じゃ、次の活動は神居古潭探検ね。」
詩織が「単なる探検でいいのかしら?」と言った。
詩織は、以前からアイヌ文化資料室にあった古い文献を調べており、その時に見つけた「失われた語り部」という記録に残されていた文章を読み上げた。
詩織 「これには、義経伝説にまつわることが記録されているの。いい?読み上げるよ・・・義経の残したものは“声”である。語られぬ声を封じた者は、それを封印と呼んだ。それが、神居古潭の義経岩である・・・。」
皆、顔を見合わせた。
和馬は「語り石って義経岩の事なのか?」とつぶやいた。
煌「……その封印を、わたしたちが探すってこと?」
エカテリーナがテンション高めな声で「よし、封印発掘作戦、開始だよ!ゴールデン神居古潭計画、今ここに発動する!」と宣言した。
連「そのタイトル、微妙じゃない?」
エカテリーナは、なぜかどや顔で「宝を探すと言ったら、これしかないでしょ!」と言い放った。
詩織「宝は黄金なのか、まだわからないんだけどな・・・」
煌「まあ、めんどくさいから、部長の好きにさせるか。」
一同、「ですよね。」と声をそろえた。
エカテリーナは「それじゃ、まずはスケジュールを考えましょう。」と言い、みんなは中央のテーブルに集まった。
スケジュールでは、最初に古文書の中心にある義経岩に行くこととなった。
メンバーは、エカテリーナ、連、和馬、澪、煌、ゆりで,車椅子の詩織は何かあったときのために部室で待機しており、エカテリーナとスマホで連絡を取り合うこととなっていた。
目的地の義経岩はかつての名称であり、今は神居岩と呼ばれている。
岩といっても、切り立った崖がそのまま1枚岩となっており、かなりの大きさであった。
その場所は、現在の地図では、旧神居古潭駅近辺であり、旧神居古潭駅は国道から吊り橋を通り行くことが出来た。
メンバー全員は、自転車で国道に併設されているサイクリングロードを通って旧神居古潭駅に繋がる神居大橋まで行った。
神居大橋には「一度に100人以上は渡れません。」と書かれた看板が出されていた。
ゆりは青ざめた顔で「ちょっと怖いことが書いてあるんだけど。」と言ったが、みんなは一向にかまわず橋を渡り始めた。
連は何気なく「この川は一見、静かだけど水深が70mもあり、しかも渦を巻いているんだ。落ちると水底まで一気に引きずり込まれるらしい。」と言った。
ゆりは「ちょっと、怖いこと言わないで!」と叫んだ。
他の部員達も一瞬血の気がひいたが、無事に橋を渡り、旧神居古潭駅舎跡にたどり着いた。駅舎は休憩所になっていた。向かって右側には昔の蒸気機関車が3台展示されており、その先はトンネルになっていた。
トンネルの手前を調べると、「火を囲んだ炭跡」のような黒点が5箇所残っている。
意識してみないと、茶色の土に混ざった黒い土にしか見えず、何の違和感もない普通の地面であった。
澪がつぶやく。「この5カ所の黒点の中心から、風が吹いているような気がする。」
詩織が調べた文献には、ここでかつて“風の語り部たち”が語りを交換していた記録があったことを思い出していた。
和馬「黒点の中心を掘ってみようか・・・?」和馬は山菜があれば採取しようと思い、山菜堀ナイフを持ってきていた。それは穴も掘ることが出来るナイフだった。
澪「なにがあるかわからないから、慎重に掘ってね。」
和馬が慎重に掘り進めると、一つの土器が出てきた。
和馬は「これって土器だよな・・・?」と土器をしげしげと見つめる。
エカテリーナは「それは擦文土器ね。アイヌ文化では7世紀くらいから使われていたものよ。」と教えてくれた。
澪「その土器から風が吹いていたのに、今は止まっている。なぜかしら。」
ゆりは土器を調べた。「この土器、内部が迷路のように複雑に仕切られているけど、ほら見て。」と言って土器の底を皆に見せた。
ゆり「底が抜けているのよ。」
連「どういうことだ?底がないと物をいれても落ちるよな。」
ゆり「これは物を入れておくために作った物ではないということじゃないかな。」
澪「ああ、なるほど。そういうことか。ちょっと貸して。」そう言って、ゆりから土器を受け取った。そして、和馬が掘った穴をじっくりと見た。
澪「みんな、この穴を見て。5つの横穴が空いているでしょう。」
和馬「本当だ。でもなぜ?」
澪「ここに土器を置くと、5つの横穴からの風が、土器の底に流れ込んでくるようになっているわ。」
連「それで?」
澪「土器に流れ込んだ風は、土器の中の複雑な仕切りを通って、上から出てくる。多分、出てきた風が流れる方向へ進めばいいのではないかしら。」
皆一同感心した。
エカテリーナ「さすが学年1位の優等生ね。」
和馬「その発想はなかったな。」
連「あったまいい!」
澪はにこにこして答えた。「私、こういう謎解き大好きなの。」
そして土器を置いた・・・が風は土器の上から吹いているようだが、透明な風がどこへ流れていくのか、さっぱりわからなかった。
澪「アイヌの人って、透明な風を見ることが出来たのかしら。」
和馬「まさか・・・」
エカテリーナ「詩織に聞いて見ようか?」
連「そうだな。詩織は古い文献をたくさん読んでいるから、何か知っているかも。」
エカテリーナがスマホで詩織にラインした。土器や黒点の写真も同時に送った。
詩織はラインを見てしばらく考え、そしてエカテリーナに返信した。
詩織「土器を穴に戻すのは正しいと思う。ただ、その黒点って火を囲んだ炭跡みたいって言うのが気になるわ。もしかしたら、そこに火をつけるんじゃないかしら。」
エカテリーナはすぐみんなに伝えた。
連「火って?ライターとか?持っていないよ。」
煌「私も持っていない。下手に持つとたばこ吸ってんじゃないかと疑われるし。」
どうやって火をつけるのか、みんな悩んだ。
ゆりが「そういえば、水の入ったペットボトルで火事になるって話を聞いたことがある。私の家が火事になった時に火事を防ぐ方法をいろいろ調べたことがあるんだけど、その時に知ったわ。」
和馬「ああ、ペットボトルが虫めがねのように太陽光を集めるんだよな。動画で見たことがある。」
連「俺、水の入ったペットボトルあるよ。」
和馬「よし、やってみよう。」
幸い、先ほどの突風の後は雲が晴れて、日差しが強くなっていた。7月の日差しはかなり強かった。
和馬が一つの黒点にペットボトルを通した太陽光を当てた。
太陽光は小さな光となり、やがて黒点から煙が出てきた。
和馬「よし、一つ燃え出したぞ。この火を消さないように、ティッシュか何かに火を移そう。」
みんなで火が消えないよう細心の注意を払い、こよりにしたティッシュに火を移し、残る4つの黒点に火をつけた。
黒点は、乾燥していたのか。もともと燃えやすいものが含まれていたのか、すぐに燃え出した。そして妙な匂いのする大量の煙が沸き立った。まもなく、その煙は黒点の中に吸い込まれていった。
澪「あっ土器の先端から煙が出てきた!」
5つの黒点が燃えたことにより、その煙が地中の穴を通り、土器に流れ込んで、土器の上部から煙が出てきた。
エカテリーナは「煙が行き先を示しているみたい。」と言った。
確かに煙は、ぶれることなく、ひとつの方向へ絶え間なく流れ出した。
澪「どういう仕組みかわからないけど、この土器を通った煙はある方向へ流れていくようね。」
連「煙の示す方向へ行ってみよう。」
一同は煙を目印に進んだ。煙の中を歩いたせいで、全員の髪の毛、衣類に煙の妙な匂いが移る。そして生い茂った雑草を踏みしめて進んでいく。煙が途絶えたところで、雑草がなくなり地面は固い岩盤に変わっていた。そこは、ちょっとした広場になっていた。
エカテリーナ「煙はここまでの道しるべだったのね。」
澪「この先に、封印があるのかしら。」
連「ここからは先は登りの山道、しかも獣道だ。みんな行けるか?」
この先は傾斜のきつい山道であり、雑草が生い茂っていた。雑草の少ない部分がかろうじて道であると判別できたが、そんな道でも、連を先頭としてみんなは臆することなく進んだ。
途中休みながら山道を登っていく。ふと振り返ると、かなり高くまで登っていることに気づく。
和馬「これって山なのか?」
ゆり「GPSで見ると山ではないわね。ここは神居岩だって。えっ?神居岩って・・・」
エカテリーナ「今は神居岩と呼ばれているけど、昔は義経岩と呼ばれていたのよね。」
連「ということは、俺たち今、義経岩に登っているのか?」
澪「神居岩なら、確か駅舎の近くから行ける登山道があったはずだけど。」
エカテリーナ「普通の登山道から行けるのであれば、もうすでに財宝は見つけられているはず。まだ見つかっていないと言うことは、隠された登山道があるのかな?」
ゆり「あの煙が、隠された登山道を示していた・・・?」
連「これが隠された登山道ということは、この先には財宝があるのか?」
和馬「その可能性は極めて高い。」
エカテリーナ「よーし、みんな頑張ろう。」
それからは、結構な距離であったが、みんな誰一人脱落せずに頂上に到着した。
エカテリーナ「やった!頂上に着いた!」
煌「絶景だな・・・
澪「あれがスキー場で、あっちが深川市方面かな?」
ゆりはスマホで写真を撮っていた。「ここは夜景とかきれいそうね。私の映像作りのいい素材になりそう。」
その時、連がつぶやく。「ちょっと変な匂いがしないか?」
和馬「ああ、連も気づいたか?さっきからいやな匂いがする。」
やがて、森の吐息のような音に混じって、シャラ・・・シャラ・・・という乾いた擦過音が聞こえてきた。それは風でも、枝でもなかった。
エカテリーナをはじめとして、女子が一斉に「いやーっ」と叫んだ。
連も和馬も、びびって後ずさった。
無数の、しかもこちらの進入を拒むように、威嚇してくる蛇たちが出現した。
澪の声が震える。「この蛇たち……守ってる。“封印”へ行かせないように。」
エカテリーナは詩織に「どうしよう!蛇に邪魔されて封印にたどり着けない!」とラインし、同時に蛇の写真を送った。
詩織はエカテリーナから送られた写真を見て、「いやーっ蛇嫌い!」と思わずスマホを投げ出した。しかし、蛇を見てはっと閃いた。
無数の蛇が重なり合うその写真は、以前古い文献を調べていたときに目に入った「巻かれた文様」にそっくりだった。その文様は大嫌いな蛇のように見えたため、詩織の記憶に残っていた。
詩織は「そうか・・・あれは蛇を模していたのね・・・つまり、生きた文様なんだわ。」とつぶやいた。
そしてその文献を取り出し、書かれている文章を読んだ。
詩織「そういうことか・・・。最初読んだときは意味がわからなかったけど、この蛇の写真を見ると意味がわかったわ!」
詩織はエカテリーナにラインで「蛇はアイヌの文様、言葉を持たない者への祈りの印……つまり、“語れぬものと共にある語りを避けるではなく、聞くこと。」と送った。
エカテリーナはそのラインを見て、しばらく躊躇したが、意を決してみんなに言った。
「みんな、その蛇を恐れないで。蛇の話を聞くのよ。」と言って蛇にゆっくり近づいた。
エカテリーナは「お願い、話を聞かせて・・・」とつぶやきながら、おそるおそる手を差し伸べてゆっくり蛇に近づいた。
連は「おい、エカテリーナ!危険だぞ。」と注意するが、エカテリーナは意に介さず、近づいていく。そしてエカテリーナが近づくと、蛇たちはゆっくりと退いた。
蛇のとぐろはほどけ、その下から約30cmの正方形の白い石版が現れた。
一同目を見張った。
和馬「これは何だ?四角い石か?」
エカテリーナ「これは石版だわ・・・何か刻んであるわ。」
石版には文字はなく、代わりに地図のようなものが刻まれてあった。
連「アイヌは文字を持たない。だから、このような図にして残したのか。」
澪「この石版、写真に撮って持ち帰って調べよう。詩織にも見てもらおう。」
和馬「そうだな、僕たちだけじゃ、解読できそうもない。」
部員は、それぞれスマホで写真を撮った。念のためエカテリーナはラインで写真を詩織に送った。
エカテリーナ「そういうわけで、今日はここまで。写真は良く撮れている?解読できそう?」
詩織「よく撮れているけど、解読できるかどうか自信はないわ。」
そうして、一同その場から引き上げることにした。
帰り際、連が振り向くと石版のあった場所には、まだ蛇が戻ってきてとぐろを巻いていた。
連は和馬に小さな声で話しかけた。「最初の臭い匂いは蛇の糞だったようだな。」
和馬も「ああ、そうだな。」と答えた。
連が言う。「しかし、あの石版には、蛇が群がると言うことは、蛇の好きな匂いでもついているのかな・・・?」
和馬は「多分、蛇の好きなネズミの匂いがついていた可能性が高い。」と答えた。
連「匂いってすぐ消えるのに、なぜあの石版には長い間匂いが残っているんだろう?」
和馬「そこは・・・俺にもわからないが、何らかのやり方で匂いを封じ込めたのかも。」
連「そういえば、俺たちを誘導してくれたあの煙、木酢液の匂いがしたな。」
和馬「木酢液は、蛇の嫌いな匂いだ。おそらく、あの煙の匂いが僕たちの衣類に付いたのだろう。」
連「それで、エカテリーナが近づいたら蛇たちは逃げていったのか?」
和馬「その可能性が高いな。おそらくアイヌがこの仕掛けを作ったのだろうけど、動物の知識や自然の摂理を知り尽くさなければできないことだ。さすがだよ。」
そうして、部員達は無事山を下りた。




