美少女は、疑ってる
「先生にあんなに綺麗な恋人が出来ていたなんて、知らなかったね!」
二人での帰り道、琴音ちゃんはテンション高めに言う。純粋というか、本当にいいコだなって思う。
「うん、でも油断は出来ないというか」
「油断って?」
「なんていうかさ、話が出来過ぎている気がするんだよね」
わたしは思わず本音を漏らす。
二人ともボクシングが好きでSNSで知り合うっていうところまではまあ分かる。だけど、ボクシングに対する見識やら解釈が同じっていうのはありえない気がする。
八村先生は強豪ボクシング部の顧問になって何年ものキャリアがあって、わずかな差の蓄積が大きな実力差へと繋がることを知っている。つまり、彼のボクシングに関する視線は途轍もなく厳しいはず。
それなのに、モデルか何かをやっているタレントの人が、もっと言えばボクシングにおいては素人のジュリアが八村先生と同等の観察眼を持っているとは考えにくい。どれだけセンスがあっても餅は餅屋というやつだ。
加えてタレントになれるほどいい女のジュリアが、人並みの容姿しか持たないオッサンに惹かれるというのは普通に考えたら無理がある。だって彼女のもとには毎日韓流スターみたいな美男子たちが言い寄ってくるはずだから。
先ほどの言葉を放ってから知らぬ間に長考していると、痺れを切らしたように琴音ちゃんが声をかけてくる。
「楓花ちゃんは何か気付いたことでもあるの?」
「うん、なんていうか……。琴音ちゃんにはまだ分からないかもしれないけど、世の中には悪い大人たちがたくさんいるのね」
「うん」
「簡単に言えば、八村先生が悪い女に騙されている線ってまだ消えていないっていうか、まだ油断は出来ないよねって話」
自分で考えを言葉にしてから思った。やっぱりあの女、確実に怪しい。あんなザ・ハニートラップみたいな女が八村先生のもとへとやって来るのは何度考えても不自然にしか思えない。そこまでぶっちゃけては言えないけど。
「でもさ、今は色々と多様性の時代だし……ね?」
そう言って首をかしげる琴音ちゃん。破壊力抜群の微笑だった。
思わずその手を握る。
まあ、たしかに蓼食う虫もすきずきなんてことわざもあるからね。誰が誰を好きになるかなんて、当事者以外には本当には分からないのかもしれない。
琴音ちゃんって本当にかわいいもんね。じっと大きな瞳を見ていると、琴音ちゃんが恥ずかしそうに顔を逸らした。そのまま抱き着いて襲いかかりたくなるけど、それは我慢だ。……なんだ、この展開は。
「たしかに、美女がイケメンとばかりくっつくわけじゃないからね」
「そうだよね。わたし達も……」
そこまで言われて、心臓が跳ねた。琴音ちゃんの口から、それ以上先の言葉は出てこなかった。
ねえ、「わたし達も」の後は何を言うつもりだったの?
思わず琴音ちゃんの手を強く握る。小さくて、温かい手だった。
太陽が沈んでいく。もうすぐ真っ暗な夜道を二人で歩くのかと思うと、どうしてかそれだけですごくいけないことをしている気分になった。
先生もこんな気持ちを味わっているのかな?
そうだとしたら、それって切なくて苦しくて、それなのに絶対に忘れられない感覚だよね。
このまま勢いでキスとか出来ちゃえばな。
それをさせない理性の存在が、今はただ忌々しかった。
わたし達は手を繋いだまま、太陽が沈んでいくのをずっと眺めていた。




