落ち着く人と、ちょっと百合
練習が終わると、私はいつもの儀式で自販機のスポーツドリンクを買って一気飲みする。これがどんな酒よりも旨いことは真面目に練習している選手だったらみんな知っている。
「ぷはー生き返るわ」
「楓花ちゃん、オヤジみたいだよ」
琴音ちゃんがビールみたいにスポドリを飲み干す私を見て笑う。練習が終わると、大体はマネージャーをやっている琴音ちゃんと一緒に帰るようになっている。
「でも練習した後って、これが一番おいしいんだよね」
「そうなんだね。運動で欠乏した成分を補充しているのかもしれないね」
「欠乏、ねえ……ふふっ」
「わっ! ちょっと⁉ 楓花ちゃん?」
私がふざけて抱きつくと、三つ編みのオアシスは戸惑いの声を上げる。琴音ちゃんからはとってもいい匂いがする。この匂いが好きなのもあって、私は隙あらば琴音ちゃんにくっついている。
「こうして欠乏している女の子成分を補充しておかないと、自分が女子だって忘れちゃうからね~」
「もう、楓花ちゃんは間違いなく女の子だし、見た目だってアイドル並みにかわいいんだからね?」
「そうか~ありがとー。ふふふー」
琴音ちゃんの体に匂いを擦り付ける勢いで私はスリスリを続ける。犬の気持ちがちょっと分かった気がした。
そうやってしばらくじゃれ合っていると、琴音ちゃんが口を開く。
「でもさあ、楓花ちゃん」
「なに?」
「楓花ちゃんって、好きな人とかいないの?」
そう言われて、私はスリスリしたポーズのまま一瞬固まる。
好きな人は、たしかにいた。だけどそれは「前世」の話で、その時はリュウと呼ばれ、今は志崎由奈と呼ばれているライバルと奪い合いになっていた。
菜々――いや、今は私自身が小娘になってしまったから菜々「さん」って呼ばないとダメなのか。彼女とも再会は果たしたけど、正直どう接していいのかがよく分からなかった。
琴音ちゃんが「何か思い当たる節でもあるの?」って顔で首をかしげているけど、まさか前世の話を持ち出せるはずもなく、私は話を逸らす方向へと舵を切る。
「正直、よく分かんないんだよね」
「それって、恋愛って感情が?」
「うん。たしかに好きな人が出来て付き合って、そのまま結婚みたいなことが出来たらいいのかなって思ったりはするんだけど、何て言うか……そういうの、あんまり実感が無くて」
「まあ、わたし達も高校生だからそりゃそうだよね」
「そう。そうなんだけど、何て言うかな。好きな人を持つことに関して据わりが悪いというか」
「据わりが悪いって、どういう……?」
「何て言うかな、極端な話、別に異性なんかいなくても十分に充実した日々を送れているわけじゃない? 今は私も練習しまくって、今度こそ志崎由奈を倒すぞって息巻いているわけで」
「うん」
「そういう流れの中に恋愛という不確定要素を持ち込んだら、これ以上に人生が良くなるのかって言われると……」
「まあ、分からないよね」
「そう。相手次第の場合もあるし、きっと不器用な私が恋愛なんてしたって、ボクシングよりは上手くやれないはずなんだよね。そこで失恋とかして、最悪のメンタルでリングに上がりたくないし。こういうの、分かる?」
「うん、分かるよ」
琴音ちゃんが天使の微笑みを見せる。無理に話を合わせただけじゃないっていう感じが、にとって救いになった。
「だから、私にとっては一緒にいても苦しくない人、楽に一緒にいられる人っていうのが一番欲しているのかもしれない」
「なるほどね」
「そう考えるとね、そういう相手って今は琴音ちゃんぐらいしかいないのかなって」
「えっ」
自分で言ってから「あ」と思って、その後すぐにびっくりした顔の琴音ちゃんと目が合った。言葉を発することもないまま、しばらく夜道で見つめ合う。
「す……じゃなくて、琴音ちゃんとは一緒にいると落ち着くの」
「うん」
「だから、この先も私とは一緒にいてね。別に誰かと付き合ったって文句は言わないからさ」
「……うん、いいよ」
二人でさっきの間を無かったことにしながら帰路を歩んでいく。
なんだか、展開によってはキスしていてもおかしくない流れだった。
琴音ちゃんって、実際のところはどっちの人なんだろう?
そして私は……私はどっちなんだろう?
なんだかよく分からなくなってきたよ。
だからこそ、一般的な人っていうのは前世の記憶を無くすように出来ているのかな。




