鬼神の如く
私よりも10キロ以上重い本松君。だけど、そんなの関係ない。
私がこれから闘わないといけないのは、文字通りのバケモノ女子高生だ。それこそヤングジャンプに出てくる敵を倒すぐらいの勢いでいかないととてもじゃないけど勝つことなんて出来ない。
体重差もあってか、ずっしりと構える本松君。私はガードを上げて、軽やかにステップを踏む。スピードであれば物理的に軽い私の方が圧倒的に速い。重心を落として、身体を左右に揺すりながら、左回りに移動してプレッシャーをかけていく。
ジャブ――と見せかけて打ち終わりのリターンブローを誘うと、わずかにバックステップで外してからステップインする。そのまま鋭くジャブを二連発すると、リングサイドで見守っている部員たちはあたかも自分がそうされたみたいに呻く。
だけど、本松君もそれはある程度予測していたのか、10キロ以上軽い女子相手に右を打ち下ろしてくる。すぐにサイドへと回り込んでこれを外す。軽く捨てパンチ気味に左フックを振ってみたけど、今度は本松君がバックステップでその弾道から逃れた。
周囲から思い出したように息を吸う音が聞こえる。みんな呼吸を忘れていたみたい。でもさ、まだこんなものじゃないよ。
私はなおも身を低くして、ガードを上げながらその距離を詰めていく。自分よりも重い相手にこの戦法を取ることは愚策と言われるかもしれないけど、それでも相手を仕留めるだけの練習や経験は「前世」で散々積んできた。
重心を下げ、身体を揺らしながら、さらにプレッシャーをかけていく。外せば強力なフックが飛んでくるよ――全身でそう物語って。
本松君が耐えかねたように右ストレートを放って私の突進を止めにかかる。でも、重心は後ろの方へ置いたまま。そんなパンチで、私のことを止めることなんて出来るはずがない。
ヘッドスリップで右を外すと、そのまま左フックで飛びこんだ。マイク・タイソンがよく使った技。伸びきった右腕の戻しが終わる前に、私の放った高速リターンは本松君のテンプルをとらえる。
ドン! という音とともに、本松君の重心がガクッと下がる。効いた。試合ならダウンだろうけど、八村先生もいちいち止める気が無いのか、そのままスパーを続行させる。
試合は終わるまで終わりじゃない。それが分かっている私は、ガードを固めて亀になった本松君へお構いなしに左右のフックを打ちこんでいく。ドンドンドンドンと無慈悲な音とともに、部室内には派手な衝突音が鳴り響く。
耐える本松君。だけど、防戦一方でしのげるほど、私の連打も甘くない。左右から大きいフックを叩いて注意をそちらへ引き付けると、少しだけ空いたガードの隙間にボディーと見せかけた左の軌道をアッパーに切り替える。
当たったら死ぬのに捨てパンチという理不尽。本松君は首を刈られないように両腕で左右のテンプルを守る。そうすると真ん中が空くのでアッパーが当たるってわけ。
それほど珍しい技でもないけど、横からの攻撃ばかりを警戒していた本松君は思いっきりこの左アッパーを被弾した。破裂音とともに、本松君が吹っ飛ばされて尻もちをつく。
「あ~はいはい、終わり」
本松君が倒れたのを見て、八村先生が容赦なくスパーリングを止める。当の本松君は尻もちをついたまま呆然としていた。「こいつゴリラかよ」とか思っているかもしれないけど、まあ思ってるだけなら許す。
「「「うわあ……」」」
リングサイドでスパーを見ていた男子部員たちが一斉に呻く。まさにドン引きだった。目の前の光景を見ていて、自分が倒された映像を思い浮かべたのだろう。
「はい、じゃあ次」
「まだやるのかよ」
私が次のスパーリング相手を要求すると、八村先生が思わず苦笑いを浮かべる。男子なら「次来い!」とか言っている映像は浮かぶんだろうけど、女子でそういうことを言う人はあんまりいないのかもしれない。
結局この後に二人が追加でリングに上がり、全員から1ラウンドでダウンを奪ってスパーリングは強制終了となった。そのせいで私は3人と闘ったのに3ラウンドしかやっていない。こんなことばっかりやっているせいか、超絶美少女の私はボクシング部では特にモテなくなった。
なんだかもどかしかった。志崎はもっと練習しているんじゃないか。そう思うと、焦燥感が抑えられなかった。
ひとまず今日は復帰一日目だ。今日ぐらいは、この内容でも良しとしておこう。




