剛腕美少女は今日も練習する
本日最後の授業が終わると、私は部活へ行く準備をする。
「さて、今日も頑張りましょうか」
「今日も頑張ろうね、楓花ちゃん」
ボクシング部でマネージャーを務める琴音ちゃんが微笑む。君の笑顔が眩しい。
「そうだね。ネットのアンチを黙らせるためにも、誰にも負けない強さを手に入れないといけないね」
私はそそくさと教室を出ると、女子の運動部が共通で使っている更衣室で着替えてさっさとボクシング部の部室へと向かう。
ボクシング部はグラウンドのはじっこにあるプレハブに場所があって、その中で割と年季の入ったリングが置いてある。
「ちわーっす」
私が挨拶をすると、あちこちから野太い声で返事が響いてくる。どういうわけか、どこのジムでもこの挨拶で通る。
ウチのボクシング部は強豪ではあるけど、女子部員は私だけだった。過去に女子ボクシング部もあったらしいけど、男子よりも色々と面倒なことが起こったのか自然消滅してしまったらしい。まあ、競技人口も全然違うからね。
だから本来であれば私の入部は認められないはずだったんだけど……ここにやって来た初日に、スパーリングで男子を一撃で失神させたら入部が認められた。そんなわけで、私は今でも男子とスパーリングをして腕を磨いている。志崎もそうらしいけど。
「おう、もう来たのか」
声のした方を見ると、顧問の八村先生がいた。たしか下の名前は虎雄って名前で、その名の通り猛獣のような強さをリングで見せてきた人らしい。大柄で筋肉質、角刈りの頭部の額部分には、昔の試合で付いたとされる傷痕がある。まあ、何も知らない人からすればヤクザみたいに見えても仕方ないかもね。
先生が言うのは私が国体の試合が終わったのに休みもせずに練習へ顔を出していることを言っているのだろう。
「はい。私の目標は国体の優勝じゃなくて、志崎に勝つことでした。油断して弱くなるわけにもいかないので、今日からまた練習に励みます」
「すげえな、お前は。男子の奴らにも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだよ」
苦笑いする先生。私みたいな女子は天然記念物みたいにしか見えないんだろう。だけど、私はちょっと前まで男子の世界ランカーだったんだから、自分に厳しいのは当たり前だ。そんなこと、言えるはずもないけど。
「ところで先生、今日って誰かスパー出来ます?」
「スパーってお前、試合が終わったばっかりだろうよ」
「あんなの試合をした内に入りません。ほとんど一発ももらっていないんですから」
私がそう切り返すと、いかついナリをした先生は二度目の苦笑いをした。
「そんなに言うなら分かったよ。おい、本松。お前、今日スパー出来る?」
「えっ……ああ、まあ、はい」
歯切れ悪く答えたのは本松天斗君っていう男子部員だった。現在は2年生で、あとちょっとでインターハイに出られた実力者でもある。
だけど、本松君の歯切れが悪いのも仕方がないのかもしれない。というのも、私がボクシング部にアポ無しで入部しに来た時にスパーの相手になったのがこの本松君だからだ。
その時は私が思いっきり殴り倒したけど、今の本松君はあれから練習を積んで強くなったはず。とは言っても、私は世界ランカーの強くてニューゲームみたいなものだからキャリアは全然こっちの方が上なんだけど。
「ちょっと、あんたの方が10キロも重いんだからしっかりしなさいよ」
私は本松君のケツをバーンと叩く。逆にやったら絶対にセクハラになるけど、今の私は女だから。
ヘッドギアを装着すると、スパー用の大きなグローブも嵌める。大きいとはいっても、実際にこのグローブでも殴られると普通に痛いし気絶もする。
グローブを嵌めると、両拳をバンバンぶつけてその感触を確かめる。特に威嚇の意味は無いんだけど、何も知らない人からするとこれだけで怖いらしい。
私と本松君がリングに上がると、周囲の注目が集まってくるのが分かる。
「お手柔らかに」
蚊の鳴くような声で囁かれた言葉は、気遣いとかお世辞のたぐいじゃなくて、ガチのお願いだった。
でも、私にとってはそんなの関係ない。リングに立ったらそこには性別も年齢も格差も無く、ただ闘う二人がいるだけだ。いや、性別は関係あるかもしれないけど、細かいことは気にしない。
リングに上がると、本松君とはあえて目を合わせずにリングの上をウロウロと歩き回る。猛獣が目を合わせないのと理由は同じ。
「それじゃあタイム入れまーす」
琴音ちゃんの声とともに、一度止められたタイマーのブザーが鳴る。
さあ、楽しい殴り合いのはじまりだ。




