実力の片鱗
私より背の高い鬼塚は、腰を落としてどっしりと構えている。右構えのオーソドックススタイル。サウスポーじゃないだけまだマシってところか。
私がガードを固めて、鬼塚以上に低く構える。蹴りが使えないボクシングでは、重心を落とした方がパンチを当てづらくなる。
身体を振る。マイク・タイソンさながらに、何度も練習した動きで的を絞らせない。ステップを踏むと、鬼塚を中心に旋回していく。チャンスが来たら、大量のパンチをプレゼントしてやる。
鬼塚もさっきのヘラヘラ笑いが無くなり、暗い目で私の動きを観察している。名前だけだったら世界チャンピオンを思い出させるだけあって、たしかに元強豪プロの片鱗を見せられた気がした。
だけど、所詮私の相手じゃないよ――
左方向に回りながら、ジャブをパパンと放って一気に距離を詰める。小回りが利く分、鬼塚は私のスピードに付いていけない。あっという間に懐へ潜り込むと、左右からスピード重視の連打を浴びせていく。
ガードの上からだけど、拳にはしっかりダメージを与えた感触が残った。連打を打ち終わるとサッと離れて、リターンで飛んできた右ストレートと左フックを外す。
周囲から呻き声。半グレたちでも、私のやった動きのすごさは理解出来たみたいだ。
鬼塚を見ると、どこか嬉しそうに嗤っていた。いつまでそんな顔をしてられるかな、とは思うけど。
でも、私も油断するわけにはいかない。この無茶苦茶なルールのボクシングは完全決着性で、ラウンドが無い。
ということはインターバルも無いってわけで、スタミナをいたずらに浪費すると即、大ピンチに繋がるっていうことでもある。だから無駄打ちで体力を浪費するのは避けたい。
そんな私の心理を見透かしたように、鬼塚はガードを固めたままプレッシャーを強めてくる。相手の方がでかい分、距離を詰められて乱戦に持ち込まれたら嫌な展開になる。
プレッシャーに負けないよう、左へ動いてサークリングしていく。とりあえずスピードに差はあるんだから、私の方が動き続けなきゃ。
だけど鬼塚も試合慣れしているのか、動き回る私に小さなフェイントをかけて、ちょっとずつその距離を詰めてくる。嫌な距離になりそうだな。そう思った時にフェイントを入れて、今度は私が前に出る。
サイドから踏み込んで、右ストレートをガードの上から叩きつける。でも、それは本命じゃない。鬼塚がガードで動けなくなっている間に、さらに踏み込んで自分の距離になる。くっついたら腕の短い私のパンチの方が早く当たる。頭をくっつけて、左右から強打を叩きつける。
連打は横からだけじゃない。時折アッパーも織り交ぜて、鬼塚の頭をはね上げる。やっぱり現役からブランクがあると鈍るのか、高速の連打に反応しきれていない。
足取りがバタバタしだしたところで、ガードの上から右を叩きつける。ボンという音とともに、吹っ飛ばされた鬼塚が後ろによろけた。
「やるじゃないか」
思いっきりやられているくせに、鬼塚が上から目線で賛辞を贈ってくる。時々こういうイラっと来ることをする選手はたしかにいる。
別にいいよ、余裕なんかかましていても。私は関係なしにぶっ潰すだけだから。
と、さらに距離を詰めようとしたところで嫌な予感がしたので身体を沈めると、その上を高速のジャブが通り過ぎていった。
うっわ、速っ……!
驚く間もなく、高速ジャブは連続して飛んでくる。ガード越しではありながらも、喰らえばタダで済まない威力なのは明らかだった。
ドヤ顔でこちらを観察している鬼塚。どうやら、こいつは口だけのチンピラでもないらしい。油断するつもりはなかったけど、考えをあらためないといけないようだ。




