あのハゲは許さない
ネットカフェから帰って来た私は、鬼塚とどう決着をつけるべきか考え込んでいた。
三流週刊誌の記者が書いた暇つぶしのブログとはいえ、鬼塚豪鬼の特集は妙に信憑性があるように見えた。
あの生え際が後退したツーブロックは、たしかに全身から隠しきれない殺気が溢れ出していて、やたらと鋭い目つきも修羅場を潜ってきた人間のそれに見えた。
あれはただのチンピラという感じではない。一度はぶっ飛ばしたけど、本気を出したらもっと強いんじゃないか。
厄介なのは、正面切って鬼塚の事務所へカチコミに行くと色々な問題が発生することだ。普通に考えたら、ボクシング部の人間が一般人に暴行を加えたなんて話になれば、廃部は免れないだろう。
かといって、このままあの男を放置すれば、今度は別のターゲットを狙ってくる可能性がある。八村先生はハニートラップの毒牙にかかる前に助け出すことが出来たけど、それも半分は幸運のようなものだ。ランダムに私の周囲の人間を狙われたら防ぎきることは出来ない。
さて、どうしようか――そんなことを考えていると、夜遅いのにスマホが鳴った。
「琴音ちゃん? どうしてこんな時間に」
電話をかけてきたのは琴音ちゃんだった。スマホに映るマイメロのアイコン。不思議には思ったけど、琴音ちゃんの声が聴けるのならいいのかも。そう思って電話に出る。
「もしもし、琴音ちゃん?」
「よう、ウチのジュリアをずいぶんとかわいがってくれたみたいじゃねえか」
「あなたは……!」
琴音ちゃんの声が聴けると思っていただけに最悪な気分になる。スマホの向こうにいるのは、くだんの鬼塚豪鬼だった。
「どうしてあなたが琴音ちゃんのアカウントで電話してくるの? 乗っ取りでもやったの?」
「さあな、どうしてだと思う?」
顔が見えなくても、あのハゲが勝ち誇った笑みを浮かべているのが分かる。それだけでひどくイラついた。
「時間も無いから、担当直入に言おう。お前の大好きな琴音ちゃんはこちらで預かっている」
「あんた……一体なんてことを……!」
私の血圧が一気に上がっていく。
こいつ、よりにもよって琴音ちゃんを拉致したって言うの?
「おっと、警察に通報しようなんて思うなよ? そんなことをすれば、今日のネットカフェで交わした言葉が琴音ちゃんと交わした最後の会話になる」
私の心理を見透かしたかのような発言。本当に、最低な悪党だ。
「琴音ちゃんに何かあれば、あなたのことを許さないから」
「おお、そいつは楽しみだね。それじゃあ今からこちらに来てもらおうか」
この手の脅しに慣れているのか、鬼塚は余裕を見せながら会話をリードしていく。
「これからそっちに地図を送る。それを見たら、誰にも何も告げずに来い。少なくとも、琴音ちゃんを変態の慰めものにしたくないならな」
「上等よ。あなたをぶっ潰してやる」
「そいつは楽しみだ。それじゃあ待ってるぜ」
返事を待たずに通話は途切れた。
「あのハゲ……!」
怒りで全身が震える。ストレスで私の方がハゲてしまいそう。
前から反社だとは思っていたけど、国際ロマンス詐欺では飽き足らず琴音ちゃんを誘拐するだなんて。もう絶対に許さない。あいつだけはボコボコにして、バリカンで残りの髪ごと全部刈り取ってやる。
ピコンという音とともに、琴音ちゃんのアカウントから地図が届く。おそらく琴音ちゃん捕らえられた場所。一応ネットで調べてみると、やはり鬼塚の会社が所有している施設のようだった。
思いっきり罠の匂いしかしない。っていうか罠だろう。だけど、今回ばかりはそうも言っていられない。まさか作戦を立てる前の段階で仕掛けられるとは思っていなかったけど。
鬼塚は私がネットカフェにいることも知っていた。っていうことは、私たちが調べものをしていた過程もすべて知っていた?
まさか八村先生がスパイだったなんてことはないよね……? いや、さすがにあの人にそれは無理か。情報が漏れているとなると、どうしても疑心暗鬼になる。
ええい、細かいことは言っていられない。
あのハゲについては絶対にぶっ潰すから、覚悟していなさいよ!




