コーヒーショップバトル(修羅場)
先生のブック破り、というか私が計画にトドメを刺した感が否めないけど、図らずも国際ロマンス詐欺の犯人であるジュリアと直接対決になった。
「なんなの、あなた?」
怪訝な顔で訊くジュリア。やたら整っている顔のせいで、顔をしかめるだけでもいちいち綺麗なのが腹立つ。って、そんなことを言っている場合じゃない。
「私は八村先生の生徒よ。そんなことより、あなたが八村先生からお金を吸い上げようとしている悪い女ね」
バイト君には申し訳ないけど、私はあえて周囲に聞こえるように言った。相手が詐欺師だと宣伝しておいた方が、これからのバトルに有利な気がした。
だけどジュリアも経験値が高いのか、私の仕掛けた心理戦にも動じずに眉間へシワを寄せる。
「お金を吸い上げるだなんて、ずいぶんな言い方ね。私の父は腎臓が悪くて、早くいいお医者さんに診てもらわないとダメなの。子供のあなたには分からないでしょうけど」
ジュリアも煽りスキルを全開にして「子供は黙っていろ」という圧を前面に出してくる。
……まあ、私ってJKだけど、中身はあなたよりも年上だからね?
「まず訊くけどさ、あなたってそれなりにお金持ちに見えるんだよね。モデルって聞いたけど、その通りに結構なブランドで身を固めているみたいだけど」
「これは……モデルの仕事で着た衣装を安く買い取ったの。そういうシステムがあるのなんて知らないでしょうけど」
「へえ、でもお金なら持ってるんじゃないの?」
「そんなもの、無いわよ。だって、ワタシの母国はフィリピンだから、そもそもが貧しいの。それで日本で活躍して成功を掴もうとしているんだから」
へえ、そういう「ストーリー」なんだ。小悪党の割にはよく考えたね。ところどころにツッコミどころがあるけど。
まあいいや、これからさらに揺さぶっていこう。
「あとこれも聞いたんだけどさ、八村先生とはボクシングが好きで知り合ったんだよね?」
「そうだけど……別にいいじゃない。だって、フィリピンではマニー・パッキャオっていう英雄がいるんだし」
「ふーん。それじゃあさ、パッキャオがどうしてメイウェザーに勝てなかったのか、それともう一度パッキャオが世界チャンピオンになるには何をしたらいいのか、ジュリアさんの意見を聞かせてよ。ボクシングには詳しいんでしょ?」
「そんなの……メイウェザーがパッキャオより強かったからに決まってるじゃない」
メイウェザーがパッキャオに勝ったってことはパッキャオよりもメイウェザーの方が強かったってことなんですよね――なんだか、進次郎構文を聞かされている気分になる。
八村先生を見ると、ショックを受けた顔をしていた。
この二人はもともとボクシング観が同じで意気投合した「設定」だった。それが今の会話でマジックの種明かしをしたのと同様に設定が瓦解した。
まだ技術的な話をいくらか出来れば救いがあったけど、ここまでトンチンカンなことを言われるとどんなアホでも次のことが分かる。つまり、この女はボクシングを知らない。
「おかしいな~。ジュリアさんはボクシングに詳しいはずだったんだけどな~」
「ちょ…ちょっと調子が悪かっただけよ」
「あの~わたしからも質問いいですか?」
すでに地獄感の満ちた店内に、ほんわかした琴音ちゃんの声が響く。今日も二またの三つ編みがかわいい。
「ジュリアさんのお父さんって透析が必要なんですよね?」
「そうよ。一刻も早く治療しないと、ワタシの父は命が危ないの」
ボクシングから話題が逸れたせいか、ジュリアが急に元気を取り戻しはじめる。自分に向けられる感情を同情へと変換出来ると思ったのかもしれない。
「それで訊きたいんですけど、お父さんが透析を受ける理由って糖尿病性腎症ですか? それとも慢性糸球体腎炎か腎硬化症あたりになるんでしょうか?」
なんか急に琴音ちゃんが呪文みたいなことを言いだした。そうだった、琴音ちゃんってナース志望だったもんね。
急に出てきた医療系の質問にジュリアがフリーズする。
「知らないわよ。お医者さんが透析しろって言うから透析するんでしょ」
「おかしいですねえ。透析が本当に必要なら、その理由も医師は告知するはずなんですけど」
琴音ちゃんが小首をかしげながら透き通るような目でジュリアを見つめる。かわいい……じゃなくて、ジュリアはいよいよ動揺を見せはじめる。
「そんなのいちいち知らないわよ! だって、ワタシは医者じゃないのよ? 専門的なことなんて言われたって分かるわけないじゃない」
「そうですね。でも、ちょっとおかしいんですよ」
優しい言葉でドSな探偵のようにジュリアを追い詰める琴音ちゃん。そのギャップが逆に怖かった。
「どの病気にしても、病院へ行く前に初期症状があったはずです。それは何ですか? 血尿ですか? それとも別の何かですか? 受診したのは内科? それとも泌尿器科?」
「それは、ええと……」
整った顔立ちの上で、切れ長の瞳が忙しく動き回る。カメレオンじゃないでしょうに、それじゃあもう動揺していますよって言っているようなものだった。
きっとそこまで「設定」を詰めていなかったのだろう。思わぬ医療ガチ勢である琴音ちゃんから質問を浴びせられて、ジュリアは証人喚問でしょげかえる政治家のように勢いを失っている。
「あの」
ジュリアが静かにパニックとなる中、琴音ちゃんがトドメを刺しに行く。
「そもそも人工透析がどういう治療なのか知っていますか?」
ジュリアの顔が静かに、真っ青になった。きっと透析がどんな治療なのかも知らないのだろう。そこを突かれるなんて思ってもみなかったから、そもそもはじめから「予習」もしていなかった――そう顔に書いてあった。
「う」
美しいジュリアの顔がみるみる歪んでいく。額には血管が何本も浮かんでいた。
「うるさいわね! そうやってワタシをイジメて楽しい? 本当に嫌になるわ! トラオ、このコたちにどういう教育をしてるの⁉」
勝てないとみるや、その矛先を八村先生に変えるジュリア。賢い。これだけの状況の中で、怒りながらもケンカを売る相手をちゃんと選んでいる。
だけど、当の八村先生はしどろもどろで……。
「なあ、ジュリア。これは違うんだ。その……」
「何が違うっていうの? ワタシは父を助けるために忙しいスケジュールに穴をあけたっていうのに、本当に信じられない!」
ジュリアはカップをテーブルに叩きつけると、ハイヒールをカツカツと鳴らしながら死にそうなバイト君の横を素通りしていく。店内全体が地獄のような静寂に包まれた。
バイト君、真っ白な灰みたいになってるけど辞めないか心配だ。まあ、それは私のせいなんだけど。
それよりもあの女が暴れてくれたお陰で、八村先生の目を覚ますいいきっかけになった。
「先生、見たでしょう? あれがジュリアの本性ですよ」
先生は何も答えず、ジュリアの出て行ったドアをじっと眺めていた。ちょっと劇薬過ぎたかもしれないけど、何もかも奪われてから捨てられるよりは遥かにマシな結果になった。
でも、これでジュリアを追うのは終わりじゃない。
「楓花ちゃん、なに笑ってるの?」
思わずニヤけてしまったせいか、琴音ちゃんに表情の変化を気付かれる。
「これからジュリアの正体が分かると思って、思わず笑っちゃったの」
「どういうこと?」
思わず大爆笑しそうになるのを堪えながら、私はその答えを口にする。
「さっきジュリアが琴音ちゃんにキレ散らかしている間に、ジュリアのバッグにGPSを入れておいたの」




