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台本クラッシャー

 八村先生とジュリアは近所のコーヒーショップで落ち合うことになった。打ち合わせがしやすいし、別れ話によく使われる場所でもあるのがその理由だ。理由までは先生に伝えていないけど。


 よくコーヒーショップのバイトが不運にも別れ話の修羅場に遭遇する話を聞く気がするけど、あれって労災になるんだろうか。……って、そんなことはどうでもいい。


 作戦としてはこうだ。先に私と琴音ちゃんがコーヒーショップでだべるJKという役回りで話を続けて、その後から先生がジュリアを連れて来店する。ある程度ジュリアを泳がせて、不穏な会話になったら私が偶然を装って乱入するというもの。なかなかよく出来た作戦だと思う。


 本当は琴音ちゃんは参加させたくなかったけど、ぼっちでコーヒーショップにいるJKっていうのもなんだか浮いてしまう。二人でいればフォローも出来るので、結局琴音ちゃんには参加してもらうことになった。


 私たちはコーヒーショップに着くと、その中でも滅多に頼まないような高額なやつを注文した。今日の経費は先生から出るから、使える時にお金を使っておこうって話。国際ロマンス詐欺から顧問を救う報酬と思ったら安いもんでしょう。


 それはそうと、先生がさっそくジュリアを連れて店に来た。写真で見たのと遜色なく、本当に美しい造形をした女性だった。


「うわ、激カワ」


 ボソッと呟いた私に琴音ちゃんが苦笑いする。しまった、思ったことを口にしてしまった。きな臭い流れが無ければ手放しにジュリアの容姿を賞賛していただろう。


 ジュリアは顔が本当に小さくて、長い足は日本刀のように美しいフォルムをしている。綺麗に染め上げた金髪で小首をかしげると、それだけで周囲の人々が魅了された。なんだかカタブツの八村先生でも騙されてしまう魔性を持っていることを、ものの数秒で分からされた気がする。


 整形で顔を変えることは出来るけど、ジュリアの持っているオーラは整形でどうにか出来るタイプのものじゃない。それは自分の容姿に対する絶対的な自信の積み重ねというか、日々築き上げてきた女性のプライドがそのまま形になったような印象があった。


 周囲の視線もチラチラとジュリアに集まっていく。それも無理のない話に見えた。たしかフィリピン系のハーフなんだっけ? どっちかと言えば欧米系の顔立ちにも見えるので、何も知らなければアメリカあたりの人かなと思う。


 それはそれとして、だべるJKが無言でテーブルに着いているとそれだけで不自然っていうか、明らかに張り込み感が出てしまう。それを防ぐために、あらかじめ「どうでもいい話題リスト」というのをテーブルの上に用意してあり、琴音ちゃんが話題を選んで指をさすとその路線でどうでもいい話を延々と続けるっていう段取りだ。


 当然のことながら部活の話題はリストに入っていない。仮にボクシングの話がジュリアの方まで漏れ聞こえたら、それだけで警戒されてしまう可能性がある。それは避けたかった。だから話題はお笑いの話とかSNSの方で固めてある。正直、どれも大して興味ないんだけど。


 席に着いてちょっとの間、二人は近況やら仕事の調子など、他愛のない話題で会話を温めていった。この辺は八村先生の演技力なのか、それともガチでいつもの通りに振舞っているだけなのか分からないけど、多分後者だろうなって思う。


 わたし達も表情を変えないようにしながら、お互いの顔をみつつチャットみたいにLINEで会話をしている。これがなかなか難しい。


 少しだけ取りとめもない話をすると、先生がそれとなく話を切り出す。


「それで、あれからお父さんはどうなんだ?」

「まだ大丈夫。正直、万策尽きている感はあるけど」


 透析が必要なのはジュリアの父親という話だった。ざっくりとしか聞いていないけど、奥さんやジュリアを食べさせていくために死ぬほど働いて体を壊したっていう設定。わたしがそれを「設定」と言い切るのは、この女が限りなく詐欺師に近いと思っているからだ。


 おそらく演技ではなくガチで心配そうな顔で八村先生が訊く。


「それで、前言っていた話はどうなったんだ? その……日本に来て、透析を受けるって話は」

「ええ、今はその方向で動いているの。日本にはいい病院もたくさんあるから、家族ごと日本へと呼び出して、そこで治療を受けさせるつもり」

「金がかかるな。治療費にしても、生活費にしても」

「そう」


 それっきり二人は沈黙する。話の展開が気になるところだけど、琴音ちゃんと表面上の雑談だけ続けながら先生たちの方へと神経を集中させる。


「この前の話、考えてくれた?」

「ああ、例の……」


 ――来た。


 とうとう例の話題に入った。


 先生はジュリアから300万円の資金援助を頼まれている。先生はそれを払うつもりだったみたいだけど、ある意味その支払いは地獄への入口に足を踏み入れることになる。


 これだけの魔性を持った女がその気になれば、300万ぐらいですべてが終わるなどと考えがたい。そこを皮切りにして、もっと多額の資金を先生から引っ張ろうとするはずだ。


 先生は見た目こそ怖いけど中身はお人よしだからホイホイとあの女にお金を入れてしまうはず。そうやってすべてのお金を吸い上げてから消息を絶ち連絡手段も閉ざされる。それが国際ロマンス詐欺の手口だ。


「今、色んなところから金を集めている。定期預金も眠っているままだから、それを解約したらそれぐらいの金は集まるさ」

「トラオ……本当に、ありがとう」


 ジュリアは涙を浮かべたまま、八村先生の腕を取る。八村先生の下の名前は虎雄だけど、その名で先生のことを呼ぶ人は初めて見た。


「君のお父さんの命が懸かっているんだ。それぐらいのことはやらせてくれ」


 八村先生が、ジュリアの手を握って真剣な目つきで言う。ちょっと、先生。なに演技を忘れてガチで同情してんの? 台本と違うことをするの、本当にやめてほしいんだけど。


「じゃあこれ、ワタシの口座ネ。ここに明日300万円振り込んで……」

「ああ、分かった」

「ちょっと待って先生!」


 しまったと思った時にはもう遅かった。


 台本を忘れて綺麗に騙される先生に、思わず私は本気でツッコんでしまった。コーヒーショップが静まり返る。向かいにいる琴音ちゃんもどう振舞っていいのか分からないのか、かなり微妙な表情をしていた。もうごまかしは効かない。


「あなたは、誰なの?」


 おそらく店内の総意であるような質問を投げかけてくるジュリア。しばらくは聞き耳を立ててシッポを出す時を待つ計画だったけど、チョロ過ぎる先生と私の台本クラッシャーぶりで一気に台無しになった。


 もう後はアドリブで何とかするしかない。


「私は、八村先生の生徒だけど」


 さあ、ごめんよバイト君。きっとこれからこの店内はちょっとした修羅場になる。


 図らずもわたしは、リングではない闘いの場へと身を投じることとなった。

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