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そのロマンスは……

「先生、どうして私に呼び出されたかはもう分かっていますよね?」


 何も言わずに確保された被疑者のように俯く八村先生。今日だけでなく、ここ最近の注意力散漫ぶりには自覚があるのだと思う。


 練習が終わった後の部室で、私は琴音ちゃんと一緒に先生を激詰めするつもりだった。このまま先生が腑抜けでい続けるなら、そう遠くない未来にボクシング部は弱小に変わってしまうだろう。それは何としてでも防ぎたい。


 先生の顔は少し前のデレデレではなく、どこか切迫したような感じがあった。その変化も、私がどこか不安を覚える要素でもあった。


「やっぱりジュリアのことですか?」


 私が訊くと、八村先生が図星を突かれたみたいにドキーンとした顔で体を一瞬震わせる。いや、さすがにどんなアホでも分かるだろ。


 でも、そんなバレバレの状況すら把握出来ないほど冷静さを奪われているのかもしれない。まさかあの「鬼の八村」が……。驚きはしたものの、私は怒りをぶつけないようにしながら真相を探ることにした。


「ジュリアと一体何があったんですか?」


 もしかしたら八村先生はジュリアにフられたのかもしれない。それでジュリアのことを諦めきれずにストーカー化されたら厄介だ。恋愛っていうのは、時として善良な一市民を嫉妬に狂うバケモノに変えてしまうことがある。


 先生はしばらく考え込んだ後、仕方なく自供する犯人のように口を開きはじめた。


「ジュリアの親が難病におかされたそうでな」

「難病、ですか?」

「そうだ。透析が必要な病気で、時間がもう無いらしい」

「透析って言うと腎臓か何かの病気ですか?」


 横から琴音ちゃんが訊く。そう言えば地味に頭がいいんだっけ、このコ。


 透析か。あんまり縁は無い言葉だけど、聞いたことぐらいはある。あんまりよく知らないけど、腎臓が悪くなると人口透析が必要になるって聞いたことはある。


「ああ、そうだ。あんまり詳しいことは知らないが、腎臓には体内の老廃物や有害物質を尿として排出する機能がある」

「はい、それで何らかの理由で腎臓が機能しなくなると、その有害物質が体内に溜まって健康に甚大な被害をもたらすというやつですよね?」

「よく知ってるね、琴音ちゃん」

「うん。一応わたし、ナース志望だし」


 琴音ちゃんがナースかあ。その姿を想像すると、思わずニヤけそうになる。……って違う。


「それで、ジュリアの親が透析をしないと……その、危ないってことですか?」

「そうなんだ。ジュリアもかなり動揺しているようで、俺も気が気じゃないんだ」


 なるほど。八村先生のデレデレ顔が切迫感に満ちたものになった理由がよく分かった気がした。


「一ヶ月の治療費が五十万するそうだ。東京の病院へと両親を呼び寄せて治療に専念させるらしい」

「ご……50万⁉」


 私は思わず呻く。一ヶ月でそんな出費が続いたらよっぽどの金持ちでないと暮らせなくなる。それこそ、普通の商売では。


「あ……」


 わたしはその瞬間、ある結論に行き着いた。ただ、口に出すのも憚れるので遠回しなアングルから事実を確認していく。


「それで、ジュリアはそのお金をどうするつもりなんですか?」

「それがな、それがなあ……」


 先生は沈んだ感じで呻く。


「いくらジュリアでも、芸能人の仕事だけでその治療費を稼ぎ出すことは難しい」

「ええ」

「このままだと、ジュリアは非公開のバイトをするしかないそうだ」

「それって、いわゆる闇営業ってやつですか?」

「……そんなに生ぬるいものじゃない。このままだとジュリアは、高級クラスの夜職をはじめるしか無くなるそうだ」


 私たちは揃って言葉を失った。


 あの容姿ならそういう仕事をしても売れ残ることはないだろうけど、きっとジュリアの相手はまともな客ではないだろう。


 それでも病気の両親を助けるために、ジュリアは何でもやる。肉体も自尊心もズタズタにしながら、家族を助けるために自分を犠牲にし続ける。それを思っただけで、なんだかとても嫌な気分になった。


「で、まさか……」


 私の脳裏にある考えが浮かんできた。先生の心ここにあらずな態度、どこか切迫した空気。そうなると、結論は一つしかない。


「ジュリアにお金を出すつもりですか?」


 そう訊いた途端に先生が固まる。まるで石化でもしたみたいに。その静寂を私は肯定ととらえた。


「いくら出すつもりなんですか?」

「いくらって言ってもな、そこまでの大金じゃないぞ?」

「分かりました。いくら出すんですか?」

「……300万」


 私たちはまた言葉を失う。透析で言うと6ヶ月分か。治療費としては妥当な金額かもしれないけど、個人的な支援金額としては度を超えている。


「おかしいでしょう、先生。いくら何でも、会ったこともない人にそんなお金を出すなんて」

「……そうかもしれないけどな、俺はジュリアを悲しませたくないだけなんだ」


 ジュリアに同情し過ぎたせいか、すっかり悲壮感に満ちた先生。その顔を見ていて、私は冷静さを取り戻していく。


 ――これ、国際ロマンス詐欺ってやつかも。


 そう考えるとなにもかもつじつまが合う。


 あれだけの容姿を持ったモデルがたかだか高校教師にべったりな理由も、はじめから八村先生から財産を吸い上げて捨てるために近付いたのだとしたら……?


 先生には気の毒だけど、あれだけいい女が八村先生に惹かれるとは考えづらい。ツイッターで知り合ったっていうのも死ぬほど怪しいし。


「先生、思ったことをはっきりと言いますけど、その病気って本当なんですか?」

「そんなの本当に決まっているじゃないか。ジュリアは嘘なんて吐く人じゃないぞ」


 キレ気味に返す八村先生。ダメだこれ、完全に洗脳状態になっている。この状態の人にいくらジュリアが怪しいと伝えても、逆に妄信へと突っ走るだけだ。文字通りに恋は盲目とでも言うみたいに。


 不毛な言い争いをしてリカバー出来なくなるのもアホらしいので、私は路線をちょっと変える。


「分かりました。それでは送金は一度待って下さい。私がジュリアに直接会って、本当かどうかを確かめます」

「確かめるってお前、ジュリアを疑うのか?」

「そうは言ってません。ですけど、事実確認は必要だと思います。それは第三者に任せた方がよろしいかと」


 先生は俯いたまま考え込む。きっと先生も心のどこかでは怪しいと思っているんだと思う。


「ジュリアと一度話してみて、それで何も無ければお金を渡したらいいと思います。それまで待ってもらえませんか?」

「ああ、まあそうだな。君たちが納得してから協力した方がいいだろうな」

「とりあえずジュリアに会う約束を取り付けて下さい。わたしもその時は付いて行くので」


 そんな感じで、結構強引にジュリアと直接対決する運びとなった。


 さっき先生にはジュリアを疑っていないと言ったけど、嘘だ。本当は疑いまくっている。だけど本音を言えばジュリアには会わせてもらえない。


 ある程度仲良くなって、あるところで同情させてお金をむしり取る。国際ロマンス詐欺の典型的な手口だ。


 よりにもよってウチのボクシング部の顧問である先生をターゲットにしたその対価、きっちりと支払ってもらう。


 待ってなさいよ。場合によってはその背後で暗躍するグループごとぶっ潰してやるんだから。

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