No.97 家族、家族、家族?
白猫店主はゼムの近くに歩み寄ると、自分より二回りは小さい“その存在”に向かい、ピンと背筋を伸ばした。
「ゼム様。なるほど、道理で……お心遣い、感謝します」
「あーいいのいいの、そういうのは。何回も言ってるでしょ、俺は偉くもなんともないの」
「ですが……そういう訳にもいきませんよ。だってあなたは……」
「もう、夫婦そろって強情だなぁ」
ゼムはふぅと息を吐き出し、やれやれと首を横に振る。
だがその態度とは裏腹に、表情だけ見れば、満更でもなさそうだった。
「じゃあ、ここは親子水入らず。邪魔者は消えるとしよう」
あっさりと、事務連絡でもするかのような気楽さで言い残し、ゼムはくるりと扉に向き直る。
立ち去ろうと、その指先が扉に触れかけた……その時。
何かを思い出したのか、ゼムはもう一度、背後を振り返る。
「ぅおっと、忘れるところだった。一応、聞いておこうと思ってたんだった」
「……何か?」
「んまぁ別にたいした事じゃないんだけどね」
ゼムはきれいに掃除のされた、ホコリ一つ無い店の床に視線を落とす。
一見すると、特におかしなところなどは見受けられない。
木の板がたくさん並べられているだけの、ただの床だ。
しかし、ゼムは床のある一部をとらえ、そこから目を離そうとしない。
明らかに、そこにある、もしくは“あった”なにかに気がついているようであった。
「そこさ、一回壊れて直されてるよね」
「え、どうして分かるんですか?」
ほんの少し床を見つめただけではっきりとそう言いきったゼムに、シャロンは目を丸くした。
同時に、彼女の母親の顔がかすかに強張る。
驚くのは当然の事であった。
床には、修理が行われた跡などは一切残っていないのだから。
だが彼女達にはたった一つだけ心あたりがあった。
あの場に居合わせた者しか知っているはずの無い、にわかにはあれが現実であったとは信じられないような、突拍子もないものが。
「直したのは、濃い水色髪に金目の少年……で、あってるよね。ほら、学園の生徒の」
「それも、どうして……はい、そうです。今では常連さんの人で……」
「だよね。こんな事出来るやつなんてそうそういないもん」
いや、いてたまるかと。
ゼムは心の内でうなずいた。
『聞く』とは言ったが、求めているのは否定でも肯定でもない。
「そうか、その表情で充分だよ」
風のように店を去りゆくゼム。
扉が閉まった後も、母娘はゼムの幻影を呆然と見つめていた。
ただひとり、ルークだけは、諦めたように苦笑を浮かべて。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
祭りは良い。
具体的に何が良いのかはよく分からないが、とにかく良い。
食って歩いて遊んで、馬鹿騒ぎして。
何も考えずにはっちゃける。それが祭りの醍醐味なのだろう。
棒に突き刺さった、毒々しいほどに赤いりんご飴を片手に、僕は隣を歩くラーファルの手元に目を向けた。
白い小鳥のオルゴール。
さっきラーファルが的あてで手に入れた戦利品だ。
一等でもないのによっぽど手に入れたかったのか、五回も回数を追加して粘っていた。
「それ、そんなに欲しかった?」
「うん」
ラーファルはにこにこしながら、ギュッとオルゴールをにぎり直す。
「夏休みに家に帰ったら、妹にあげるんだ」
「妹? いたの?」
「二人いるよ。六個下の双子」
「それは初耳だったなぁ……」
大きく口を開けて、りんご飴をかじる。
バキンと表面の飴が割れ、口の中に爽やかな果実の匂いが広がった。
甘い。
前世の記憶の中のものとは少し違うが、これはこれで悪くない。
(ラーファルにもメルトにも兄弟がいて。一人っ子は僕だけ、か)
まぁ、竜の特性上兄弟なんている訳が無いのだが。
そもそも親と子の定義すら人間、いや、生物とは異なるのだから。
「そうだ、エスには兄弟っているの?」
「いないよ。僕一人だけ」
「へぇ、なんか、想像出来るかも。エスって兄弟いるって感じしないもん」
おい、それはどういう意味だ。
ってか、そんな事が雰囲気だけで分かるものなのか?
『兄弟がいる人には、みんな共通してこんな特徴がある〜』みたいな。
もしあるのなら教えてほしい。
その感覚ごと教えてほしい。
あいにく、僕には兄弟がいた事は一度も無い。
それは“前世も含めて”という意味だ。
「いや、逆に『兄弟が居るって感じ』ってどういう――」
「よ〜お、セルマリエス〜」
「――ぅぐぁっ!?」
突如背後から肩を強く押され、体が前につんのめった。
誰……いや、その前に、触られるまで全く気配に気づかなかった。
いくら人ごみの中とはいえ、不自然に足音が近づいてきたら分かるはず。
「何が――」
「いや〜、うはは、びっくりした?」
言い切る前に、嬉しそうな声が言葉を被せる。
近い。
ってか誰だ。
僕の知り合いに、こんなに距離感の近い人はいないはずだ。
肩に巻きついた腕を振りほどき、一歩飛び退って相手に体を向ける。
なんか、全体的に緑のオオカミ獣人。
オオカミが緑ってどうなんだ。
いや、そんな事より……
「エス、知り合い?」
「いや、全然知らない」
……こいつは一体誰なんだ?
それに、どうして僕の事を知っている。
「まぁ、確かに直接会うのは初めてだもんなぁ」
不審者は首に手をあて、無表情で空を見上げる。
そして反対側の手を空に伸ばすと、その手の甲の上に、一羽の鳥がひらりと舞い降りた。
ん? こいつは……
「あ」
「あれ、よくエスのとこに来てる緑のハトじゃん」
間違い無い。
緑のハトなんて、他にはいない。
「知ってるだろ? 俺のペット」
手の甲にハトを乗せたまま、オオカミ獣人はニヤリと笑う。
「改めて、はじめまして。俺はゼムルード。会えて嬉しいよ――――“弟”よ」




