No.96 前夜祭
いつになく街は活気づき、どこもかしこもお祭り騒ぎ。
一度外に出ると感じるこの熱気は、きっと夏の強い日差しのせいだけではない。
闘技大会。
いよいよこの時がやってきたのだ。
今日はその前夜祭。
明日から始まる一大イベントに、生徒、教師、市民、来賓。立場にこだわらず、みんな浮かれていた。
……ただし、一部を除いて。
「あぁ~あ、嫌だ嫌だ。見てるだけのやつらはお気楽で良いよねぇ」
「まぁまぁ、そう言わずにさ。ほら、僕達だって、試合が終われば後は楽しめるんだし」
「それはそうなんだけどさぁ……」
いつもと違い、たくさんの屋台が並ぶ街中を歩きながら、不平をこぼす僕をラーファルがなだめる。
別に、僕はこのお祭りムードが嫌いな訳ではない。
むしろこの非日常感は好きですらある。
お祭りの中の、このなんとも言えない庶民っぽさが良いのだ。
だが……
「ほら、ああいうの」
大通りに目を向けると、いかにもな装飾の馬車を、いかつい馬達が引いている姿がいくつも見られた。
そう、このお祭りに集まってくるのは、なにも庶民だけではないのだ。
小国の小貴族から、果てや大国の王族までもが、この二週間はここ学園都市に集結する。
それが僕には、なんとも受け入れがたかった。
「なんか気に入らないんだよね。僕達が見見世物にされてるみたいでさ」
「う、なんて痛いところを……」
ラーファルは肩をすくめる。
ほら、内心君もそう思ってたんじゃないか。
「でもさ」
「うん? あ、ちょっ」
言葉の途中で、突然ラーファルが走り出した。
「闘技大会の間は授業も無いんだし、結局楽しければなんだって良いじゃん!」
「いや、そうなんだけど僕が言いたいのは――」
前から風を受け、僕達は街中を駆け抜ける。
「そういう事じゃなくって――」
人々の笑い声が、屋台から漂う香ばしい匂いが、僕らを指さす子供の姿が、前から後ろに通りすぎる。
意味も無く、人通りの多い道で走りまわっても、今だけはとがめる者は誰もいない。
「どうして走るのっ!」
「お祭りだから!!」
理由になってない。
でも……
気がつけば、自然と笑みがこぼれだす自分がいる。
「良いんだよ、エス。余計な事は考えなくてさ!」
そうだ。
考える必要は無い。
今はただ、流れに身を任せて笑っていれば良いのだ。
――きっと…………
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おやぁ?」
風のように街を駆けるセルマリエス達の姿を、少し離れたところから見つめる人影があった。
夏の新緑のような明るい緑色の髪の中から、ピンと立った一対の耳。
体の後ろで、髪と同じ色の毛で長い覆われたフサフサとした尾が、ゆったりと大きく揺れる。
旅装束に身を包んだオオカミの獣人。
不可解な事に、その姿、顔立ちは、見方によっては少女のようにも、少年のようにも見えた。
「ゼム様?」
「何? ルーク」
「あの……何か、ありましたか……?」
「ん〜……」
後ろにつく黒髪のネコ獣人の男に問われ、ゼムと呼ばれた“その存在”は、あごに手をあてかすかに笑みを浮かべた。
「俺達の王子様が、ちょっと、ね……」
「はい?」
黒ネコ獣人の男は、戸惑ったような視線を送る。
するとゼムは彼を振り返ると、目を細めて突き放すように笑った。
「お前には関係無いよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どこか異様な獣人の二人組が向かった先は、とある小さな大衆食堂だった。
『白猫亭』。
人通りのある大通りからは少し離れているものの、テーブルは大抵埋まっていて、客足の途絶える事は無い。
いわゆる、“隠れた名店”というやつだ。
だが、今はまだ昼時にはかなり早い。
店先の立て看板には、『CLOSED』の文字がしっかりと書かれていた。
ゼムはちらりと立て看板に目を向ける。
もちろん、その目はしっかりとそこに書かれる文字をとらえた。
しかし、その上で、ゼムはなんの躊躇いも無く店の扉に手をかけた。
カラァン…………
ベルが柔らかい音を立て、ゆっくりと扉が開く。
二人が客のいない店の中へ足を踏み入れると、中では一人の少女が、箒を手に店の床を掃除していた。
艶のある黒髪に、しなやかな尾の黒ネコ獣人の少女だ。
少女はピタリと手を止めると、後ろの二人に声をかける。
「あ、すみません。お店、まだ準備中なんですよ。」
少女はゆっくりと振り返る。
彼女の視界に、二人の獣人の姿が映る。
その瞬間、少女の金色の瞳が大きく見開かれた。
「うそ…………」
驚き、固まる黒猫少女。
ゼムは彼女に小さく笑みを送り、隣の男を見上げて肘で軽く小突く。
男はわずかに口を開きかけるも、言葉を発す事は無く、すぐにその口を閉じた。
そして、少女へゆっくりと歩み寄る。
「ただいま、シャロン」
「お父さん……」
パッとシャロンの表情が明るくなる。
だが、父と娘、どちらも話を切り出す事はなかなか出来なかった。
まぁ仕方あるまい。
なにぶん、彼女が己の父親に会ったのは、実に数年ぶりの事であった。
「どうした、シャロン? ……なんだい、アンタ、帰ってきてたのかい」
厨房からの声に、ルークは顔を上げる。
タオルで手を拭きながら厨房から出てきたのは、彼とは対照的に真っ白な毛並みをした、よく鍛え上げられた体のネコ獣人の女。
「マルグリット、君、また一段と逞しくなってないかい?」
「そうかい? まぁ、いろいろと力仕事もしてるし、そうなのかもしれないね。ところで、またどうして急に」
「あぁ、それは……」
ルークはちらりと、後ろで三人家族を見守るゼムを見やる。
するとゼムは、笑顔は崩さぬまま、顔の横でひらひらと小さく手を振った。
「やぁ。ちょっとこの街に野暮用があってね。ルークもそろそろ娘に会いたくなってきた頃だろうし、ちょうど良いと思ってさ」




