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No.94 教えて!

「は?」


 メルトが呆けた表情で固まった。


 まさか自覚が無かったとは言わないだろう。

 メルトは公爵家の嫡男だ。

 つまり、この学園内では別として、公的にはめちゃくちゃ偉いのだ。

 逆に金持ちでない道理が無い。


 アクト先輩は……うん。この件にはあまり触れないでおこう。

 あの家はなかなか闇が深い。


「え、違うの?」

「いや、そりゃあ違うと言ったら嘘になるが……」


 口ごもるメルト。


 どうせ事実なんだから、もっと堂々としていれば良いのに。

 本当に貴族っぽくないな。


「おい、学年首席! メルト様になにおかしな事をっ!!」

「……なんだ、いたのか、変態」

「ぁあ!? 誰が変態だとぁ!?」


 うるさいのが出やがった。

 サイラスの馬鹿、黙っていれば見てくれは良いのに、中身がこれなもんだからもったいない。


 こいつはこいつで貴族っぽくないが、メルトに比べたら、そのやたら横柄な態度は貴族らしいと言えるかもしれない。


 一応助けてやったってのに、いまだに僕の事名前で呼ばないし、あれだけ『様付けはするな』って言われておいて、まだメルトの事『メルト様』って呼んでるし。

 その上態度だけはでかいのに、しょっちゅうラーファルには口で負けて……




 ……あ、違うわこれ。

 やっぱりただの馬鹿だ。


「全裸に首輪なんてトンチキな格好、変態以外に誰がするんだ」

「だぁかぁらぁ! 首輪は好きでやってるんじゃなくて、外れねぇんだっ――」

「それを差し置いても、服は着ろよ」

「はんっ、嫌だね。そんなの俺の矜持に反――」

「うるせぇ、黙れよ」


 横目でサイラスをにらみつける。

 途端にサイラスは言葉を失い、静かになった。


 人を脅すのは好きではないが、相手がこいつなら話は別だ。


 こうでもしないとこいつは止まらない。




 ――サイラス・グラウリスは多少雑に扱っても問題無い。




 それがここ一ヶ月半で、僕達がこいつに対して出した結論だった。

 サイラスはそういうタイプの馬鹿だ。


「それで、メルト」


 サイラスを無視し、メルトに視線を戻す。


 メルトはしらけた顔で遠くの空を眺めていた。


「あぁ」


 声も心なしか気がこもっていない。


 だが僕は構わず続ける。


「何かまとまって金を消費する方法、知らない?」


 メルトはじっと僕を見すえる。

 しかしすぐに目を伏せ、今度は大きめの溜め息をついた。


「あってもお前にゃ向いてねぇよ。そういう事聞いてくる時点でな」


 おもむろに朝の身支度を始めながら、メルトはそう断言した。


 一理ある。

 確かに仮に僕が高価な買い物をしたとしても、どうせそれも金と同じように持て余す羽目になるだろう。


 同じ、いや、それ以上かもしれない。

 金はいくらでも使い道があるが、ものは決まった事にしか使えないのだから。


 ならやっぱり、ここは貯金するべきなのだろうか?


 いかにも庶民らしい発想だが仕方がない。

 そもそも霊峰にいた時は、金なんて必要なかったのだから。


「あぁそうだ、この際、良い剣でも買ってみれば良いんじゃないか? どうせお前は、闘技大会で使わなきゃいけないんだろ」


 メルトが腰に剣を提げながら、思いついたように振り返る。


 そういえばそうだった。

 ウサギ狩りの前に、あの女剣士さんに『武器を買う金が無い』と言ったのは自分じゃないか。


「あ~、その手があったか」

「お前、忘れてたのか?」

「いや、忘れてない。どうせ魔術で作れるから、別に買わなくて良いかな思ってただけ」


 氷だろうが石だろうが、剣は作ろうと思えば作れない事は無い。

 でもそれはあくまで『剣っぽいなにか』だ。

 魔獣相手ではなんとかなっても、対人戦では使い物にならない。

 脆いから打ち合いですぐ壊れるだろうし。


 まぁ、そもそも僕に人と打ち合える技量なんて無いが。


「どうしても金が無いってんなら仕方がないが、それでも剣は質が良いに越した事は無い。良い剣はやっぱり使いやすいんだよ」

「へぇ、そんなものか。使い心地ねぇ……」


 って事は、剣が変われば多少は僕の腕も上がるのでは?


 闘技大会以外では使い所が見つからないとはいえ、試してみる価値はありそうだ。




 幸い、金だけはたくさんある。




「ありがとうメルト。今日放課後探してみるよ。じゃ、僕も準備あるから!」


 そしてまた置き物と化したサイラスを撥ね飛ばし、僕はドアをバタンと閉めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「剣を買おうかと思いまして」

「……え」


 廊下でさりげなく声をかけると、ガイウス先生は今朝のメルトと似たような表情をして固まった。


「闘技大会では学園のを使って良いんだぞ。お前は普段使いもしねぇだろ。どうしてわざわざ急に」

「……思いがけず大金が手に入ってしまったので。それで、なんとか使ってしまおうと」

「大金ん?」


 ガイウス先生は訝しげに眉をひそめる。


 ……違うぞ。

 僕はちゃんと正規の方法で稼いだからな。


 それが、ちょっと桁がおかしかったってだけで。


「学園のダンジョン、あるじゃないですか。そこで狩ったまっ白い一角ウサギが、どうも……」

「一角ウサギ……? あぁ、なるほどな。運良いなお前。純白は俺も見た事ねぇからなぁ……」


 先生は少し羨ましそうにそう言った。


 値段も値段だし、やはりあれは相当珍しいのだろう。

 そうホイホイ出てくるようならば、たかが小動物にあんな大層な価値はつかない。


「あの剣鬼ともあろう人が、見た事無いんですね」

「関係ねぇよ。草むらから出てくる一角ウサギの柄なんざ、選べるもんじゃぁ……」


 ん?


「…………おい、待て」


 突然ガイウス先生が目を見開いた。

 僕の肩に手を置き、ずいと顔を寄せる。


 一応ひきつった笑みは浮かべているものの、その表情に余裕は無い。


「……どぉうして知ってるぅ……?」


 ささやくような小声。

 その上、明らかに声が震えている。


 横を通り過ぎた生徒がギョッとした顔で先生を見て、驚くべきスピードの早歩きでシャカシャカと逃げていった。


 傍目からは、先生がすごく怒っているようにでも見えたのだろうか?

 全然違うのに。


 その……なんだ。

 これは……ちょっと面白くなってきた。


 逃げ出すなんてもったいない。




 ――こんなに動揺しているガイウス先生は、初めて見た。

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