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No.93 一つ飛ばしてお金持ち

「き、金貨、三十……」


 手が震える。

 この世界での金銭の価値は、銅貨一枚約五十円、銀貨一枚約千円、金貨一枚約十万円だ。


 だから、金貨三十枚を日本円に換算すると……




 ――ざっくり、三百万円。




「い、いくらなんでも冗談でしょう……?」

「いいえ。純白の一角ウサギはめったに現れない上、見た目も良いので剥製として各国の貴族の間で非常に好まれるんです。その上傷も無いとなると、やはりこのくらいが妥当かと」


 男職員の口調はやけにきっぱりとしていた。


 たかがウサギ一羽なのに。


 金貨三十?

 本当に、これは何かの間違いなのではないのだろうか。


 まだ詐欺だったと言われた方が信じられる。


「あの、一応聞きたいんですけど、このウサギでその値段なら、一番高い魔獣はいくらぐらいになるんですかね?」

「そう、ですね……現存が確認されているものだと、魔獣とは少し異なるのですが、霊獣と呼ばれる者達が金貨一億枚ほどになるそうです」


 ん?

 あれ、霊獣って取引して良いのか?


 確かラーファルの先祖が霊獣だとか言ってたような気がするんだけど。

 それに……


()()()()()()()()()()()()とは? もしかして、過去にはもっと何か……」

「え? ああ、はい。竜です」

「は?」

「詳細はもはや知りようがないですが、聞くところによると、大国が一つ買えるレベルとか」

「……」




 聞かなきゃ良かった。




「それはそれとして、買い取り、よろしいでしょうか?」

「あ、はい。お願いします」

「ありがとうございます。では報酬を用意いたしますので、少々お待ちください」


 職員の男は白ウサギを両手でかかえ、バックヤードへ向かう。


 目の前から現物の白ウサギが消えて、ますます実感が湧かなくなってしまった。


 金貨三十枚。

 およそ、貴族でもない一人の学生が持っているような額の金ではない。


 いくら金欠で困っていたとはいっても、流石にここまでは望んでいない。

 そもそもこんな大金持ってどうするんだ。

 食事以外で使う予定無いぞ。


 服にも装飾品にもさして興味は無いし、武器を買うにしても、どうせ僕には使えない。

 他に興味があるものといったら本くらいだが、このあたりで売っているような本は、基本的にほとんど学園の書庫にもある。


 第一、その程度の物にいくらちまちま費やしたところで、金貨三十枚はそう簡単にはなくならない。

 もはや他に思いつくのは貯金だけだ。


「お待たせいたしました。こちら、金貨三十枚になります」


 銀のトレーに十枚ずつにまとめて積んだ金貨をのせ、さっきの男職員がバックヤードから戻ってきた。

 トレーの上の黄金色の貨幣は、見た事無いような重々しい輝きを放っている。




 ……まさか、本物の金なのか?




「それと、こちらが他五羽の一角ウサギの討伐報酬、銀貨三枚になります。合わせてご確認ください」


 金貨の並ぶトレーの上に、三枚の銀貨が追加される。

 銀貨三枚といったら約三千円だから決して少ない額ではないが、隣の三本の金貨タワーのせいで、もうはした金にしか見えない。


「……あぁ、はい。確認しました」


 口から出る言葉は、もうほとんど無意識だった。


 トレーの上の貨幣が、チャリチャリと小さな茶色い袋に入れられる。

 男職員から僕の手に渡ったそれは、やけにずっしりと重かった。


 あぁ、どうして僕は、最初の依頼にウサギ狩りなんか選んでしまったのか……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「頼む教えてくれメルト!! 金貨って何に使えば良いの!?」

「……藪から棒になんだ、お前は」


 翌朝。

 結局、一晩ずっと悩んでもその答えは出なかった。


 ノックもしないで勢い良く部屋のドアを開け、口を半開きにしたメルトに突撃する。


 途中全裸の銀髪を轢いたような気もするが、まぁ、気のせいだろう。

 だから今聞こえた『痛ぁ!?』も気のせいだ。


「昨日ウサギ狩りに行ったら白ウサギが一攫千金でもうどうしたら良いか分からない!!」

「あぁ。俺はお前が何を言ってるのか分からねぇ」


 呆れ顔のメルト。

 その眼前に、僕は昨日受け取った茶色い袋を突き出す。


 メルトは訝しげに袋を開けて一瞬中を見ると、小さく溜め息をついてすぐまたそれを僕に返した。


「自分で稼いだんなら、お前の好きにすりゃあ良いだろ」

「だから、そもそもその使い道が思いつかないんだって」

「使い道も何も、使いたい時に使って、そうじゃない時は取っておけば良いだろ。金なんだから、勝手に無くなったりしねぇんだし」

「でも……」


 腕が震えるくらいに強く袋をにぎりしめる。

 いや、もしかしたらにぎりしめる前から震えていたのかもしれないし、そこは定かではない。


 ただ一つ言える事は、僕が今、震えているって事だけ。

 そしてこれは、歓喜によるものでは断じてない。


 ――むしろ、その逆だった。


「こんな大金、持ってるだけで不安で不安で仕方がないんだよ! どうにか早いとこ無くしちゃいたい。頼むよ、どうしたらこいつらを消し飛ばせるんだ!?」


 叫びすぎて息が荒くなる。

 朝からもう、昨日よりも疲れている。


 やっぱりどこの世界でも駄目だ。

 まったく金はろくなもんじゃない。


「分かった。分かったよ。だがその前に一つ聞かせろ」


 メルトの赤い瞳が、僕より少し高い位置から僕を見下ろす。


「……なぜ俺に聞く?」

「え?」


 なぜか、だって?

 あぁ、なんだ、そんな事か。


 これは意外だった。てっきり、もう分かりきってる事だと思っていたのに。


 理由なんて言うまでもない。

 そんなの、決まってるじゃないか。


「だって君、お金持ちじゃん」

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