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No.92 ウサギ狩りに行こう!

 女剣士さんのおかげで、僕の剣は目もあてられないような状態からは多少マシになったと思う。

 ただし、まだまだ精度は全然低いけれども。


『適当に振るんじゃなくて、型をとらえるんだよ』


 女剣士さんは笑ってそう言った。


 おそらく、剣の道を歩む者にとっては考えるまでもないあたりまえの事なのだろうが、僕みたいなド素人にはその言葉だけでもグッときた。


 それじゃあ次は動く的を……といきたいところだが、流石に分かる。

 こんなんじゃまだ駄目だ。

 体の大きいやつ相手ならまだ分からないが、小さくてすばしっこい一角ウサギ相手では、絶対に無理だ。


 女剣士さんも『後は頑張ってね』と言い残しただけで、自分の依頼をこなしに行ってしまった。

 つまり、ここからは完全に僕一人。


「どうしよっかな……」


 木々の中でじっと目を凝らすと、百メートルほど離れた草むらの中に、ふんふんと鼻を揺らす白い毛玉の姿が見えた。


 頭には長い一本のツノ。

 一角ウサギだ。


 信じられないほど遠くまで、はっきりよく見える。

 ウサギの小さい体が、呼吸でわずかに上下しているところすら。

 本当にこの体は便利だな。




 さて、見つけたは良いが、こいつは一体どうしたものか。


 剣に頼れないなら魔術。

 ただ、現状攻撃系の術では極限まで威力を絞っても、あんな小さなウサギの原型を留めたまま倒せる気がしない。


 目的が肉と毛皮なんだからそれでは意味が無い。

 魔法も論外。

 となると……


「普通に素手で捕まえるか」


 あの時の、三つ目ウサギのように。


 加速の際に地面がえぐれぬよう、足元に結界を張って足場にする。


 そしてウサギに狙いを定め、強く体を蹴り出した。


 亜音速で景色が飛び去る。

 一秒としないうちに、僕は一角ウサギに肉薄した。


 ウサギの長い耳がキュッと後ろを向く。

 異変を感じたウサギが逃げようと、後肢に力を入れた、その間際。

 僕はウサギの首根っこをつかみ、足のつかない空中へと高くかかげた。


「ギュピィッ!」


 ウサギが小さく悲鳴を上げる。


「悪いね。許してくれとは言わないよ。でも、料理するのは僕じゃないから。無駄にはしないよ」


 僕の手の中でウサギはめちゃくちゃに後肢を蹴り上げ、ツノを突き刺そうと必死に頭を振る。


 だが放しはしない。

 なんとも理不尽な話だが、糧になってもらうには仕方のない事だった。


 暴れるウサギを片手でおさえながら、僕は次の獲物を探す。


 ……いた。

 今度は二十メートルほど離れた倒木の陰だ。

 白と黒のまだら模様の、黒いツノのウサギ。


 最初のウサギはつかんだまま、まだらのウサギに気づかれないうちに、また加速する。


「ピギュッ!!」


 そのまま背後からつかみ上げると、こちらのウサギも短く悲鳴を上げた。


 これで、二羽目。


「うん?」


 白ウサギを捕まえた方の腕にビクビクと弱い振動を感じ、僕は思わず目を向ける。


 だらんと四つ足を垂れたまま、ウサギは失神していた。

 おそらく、剥き出しで運ばれた際の加速の重力負荷に耐えられなかったのだろう。


 なんだかなんとも言えない気持ちになる。

 しかし、そこでやめるという選択肢は無かった。


 暴れるまだらのウサギを白ウサギと同じ方の手に持ち替え、三羽目を探す。




 四羽目、五羽目、六羽目と続けたあたりで、そろそろ手元がいっぱいになってきた。

 これ以上となると、流石にもう持ちきれない。


 六羽目を手に収めたところで、僕はあと三、四回、亜音速での加速を繰り返した。

 もう手の中からはあの強い蹴りの衝撃は感じない。


 ウサギ達はすでに事切れていた。


「……そろそろ、戻るか」


 手の中で力無く揺れるウサギ達に向かって、そうぽつりとこぼす。


 こういう時ほど、申し訳なさなどというものは、感じない方が良いのかもしれない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 冒険者ギルドに戻ると、ギルド職員達は皆、ぽかんと口を開けて僕を見ていた。


「あの、一角ウサギ狩りの依頼なんですけど、これで良いんですよね?」


「え? ああ、はい。確認します」


 窓口の台の上にウサギをまとめて乗せると、目の前の男職員はやや慌てた様子でそう返した。


 手に持てるだけ狩ってきたとはいえ、六羽は流石に多かっただろうか?

 せめて袋でも持っていった方が良かったかもしれない。


「あ、あの……」

「はい?」

「見たところ傷も無く、ずいぶん状態が良いようなのですが、一体どのように討伐されたので……?」


 職員の人は先ほどウサギと一緒に提出したギルドカードと僕を交互に見比べて、おずおずと尋ねてきた。


「やはり……何らかの魔術で、ですか?」

「……いえ、ぶん回しました」

「ぶん……?」

「はい。ぶん回しました」


 一応、嘘は言ってない。


 ここで下手に『魔術を使いました』などと嘘は言いたくなかった。


 今回僕は魔術を使ってはいない。

 万が一、ウサギの死体を調べられて、それがバレるような事が起こりでもしたら、その時こそ面倒になる。

 ならここは正直に言うのが一番良い。


 もっとも、実際は『亜音速で振り回した』だけど。


 まったく、嘘よりも誇張された現実ってどういう事だよ。


「そ、そう、ですか」


 無理矢理押し通した感じだが、ひとまず納得はしてもらえたようだ。

 が……


「すみません、あと一つだけ……」


 ……まだ何かあるのだろうか?


「何か……問題でもありましたか?」

「いや、そういう訳では。それよりもむしろ……」


 職員の人はウサギを一羽だけ残し、他の五匹をカゴに入れて後ろの職員へとまわす。

 それから僕へと向き直り、残った一匹を台の上に丁寧に置き直した。


 最初に見つけたあの真っ白いウサギだ。


「この一匹なんですが、体毛が全て白一色で……」


 ウサギの頭の下に手が入れられ、白いツノがキラリと光る。


「ツノまで純白となると、大変珍しいものとなります。そこで……」

「そこで?」

「……依頼の報酬とは別に、こちらをギルドで買い取らせてもらう事は出来ないでしょうか?」


 なんだ。

 何かと思えばそんな事か。


 別に構わない。

 むしろそれで僕の小遣いが増えるのだとしたら、願ったり叶ったりだ。


「構いませんよ。それで、いくらくらいになりますか?」

「そうですね……」


 職員はウサギの背を撫でてうなる。

 しばらくして、台の下から小さなメモを取り出した。


 そこに羽ペンで数字を書き込み、僕に渡す。


「相場は変動しますが、だいたいこのくらいかと……」


 ……やけに神妙な面持ちだな。


 一体どのくらいの値段に……




「――んなっ」

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