No.91 まだ、マシ
『剣鬼』、ね。
父さんの時といい、冒険者というのはやたらと人に二つ名をつけるのが好きなのだろうか?
それはそうとして。
なんだその情報は。
本人からは一度も何も聞いた事が無いぞ。
「え、すごい人なんだなぁとは思ってたけど、あの人そんなに有名だったんですか?」
「そうだよ!! 学園の教師になったって噂、本当だったんだ! まぁ、それも私が冒険者になって二、三年のころに聞いた話だから、そんなに最近って事でもないんだけどさ」
女剣士さんはパッと僕の肩から手を離す。
どのくらい前の話……なのかは、聞くのはやめておこう。
実質彼女に年齢を聞くようなものだ。そんな無粋なまねは出来ない。
普通に失礼だし。
でも……
先生が隠しているのか、単に言ってないだけなのかは分からないけど、その話は気になる。
「具体的にはどう有名なんですか?」
「お、聞きたい?」
瞬間、女剣士さんの表情が太陽みたいに明るくなった。
さっきの態度といい、内心話したくてうずうずしてたのだろう。
まるで自分の自慢話でもするかのように、誇らしげな顔で語りだす。
「ガイウス・ゼクスター。彼は冒険者の最高峰、Sランクに名を連ねるその一人! 魔人族でありながら一切の魔術が使えないという特異な体質でありながら、剣の腕と急所を的確に見極めるその目は随一! 強大な魔獣の群れに飛び込んでは、返り血を浴びてその骸の山の上に立つ。その異様とも言える強さと容貌から、人々は畏敬を込めて彼をこう呼んだ。――――『剣鬼』、と」
そう強く締めくくると、また彼女はバシバシと僕の肩を叩きだした。
「あの人は私達剣士にとっての憧れだよ〜!!」
うんうん。分かった。
痛い。
あれだ。この人、ラミナ先生と同じタイプだ。
自分の好きな事には、とことん熱中しちゃうタイプの人間だ。
そしてこういう人に限って、なぜか僕にダメージを入れる事が出来る。
なぜだ。
愛の重さか?
「あっ、ごめんごめん。つい興奮しちゃって」
……一つ訂正だ。
自分でブレーキがかけられる分、まだラミナ先生ほど重症じゃない。
あの人ほどのところまでいくと、もはやそういう生き物だ。
ありゃすでに人間じゃあない。
そもそも人間ですらない僕が言うのもおかしな話だが。
「いえ、大丈夫ですよ………………あなたはまだ」
「ん?」
「いえ、こっちの話です」
「ふーん……悪いね、こんな長々と。続きやろうか」
「あ、はい」
女剣士さんは自分の剣を鞘から抜く。
「じゃあ、次は動かない的への打ち込みだね」
女剣士さんは近くにあった電柱ほどの太さの木に向かい、その幹に剣で大きく丸く傷をつけた。
さらに円の中央にも、少し小さめの円を描く。
「よし、こんなもんか」
「これでどうするんですか?」
「あぁ、剣のコントロールの訓練さ。突きは円の中央を狙って、斬撃は中心を通って反対側に抜けるイメージで。これを慣れるまで繰り返すんだ。手本を見せるよ」
女剣士さんは体の前に剣を構えた。
ふぅと息を吐き、息を止め、踏み込む。
剣を左から右へ一閃。
そしてその勢いに乗って体勢を整え、腕を伸ばして素早く一突き。
――スコンッ……
小気味良い音が響き、女剣士さんの剣の切先が、深々と幹に突き刺さった。
見事に円の中心。
一撃目の後も、綺麗に円の直径を通っている。
「すごいですね」
「まぁね。ずっと続けてりゃこんなもんだよ。さ、次、君もやって」
「絶対無理ですよ」
「最初はみんなそんなもんだよ。いいからいいから……」
女剣士さんにせかされ、僕は的の前に立つ。
とりあえず、真似して踏み込んでみれば良いのだろうか?
少し片足を下げて、たぶん、こんな感じ……
「ハッ!」
ガスッ
斜めに氷剣を振り抜くと、木の表面にほんの短い傷が出来た。
それも、細い線が通り抜けるような傷じゃなくて、木の皮がえぐれてめくれ上がったような。
位置だってずれてるし。
何もかもが初めてって訳でもないのに、これはあまりにも酷い。
僕って本当に剣の才能無いんだな。
泣けてくる。
「……」
「あー……うん。分かった、そういう感じかぁ……」
「……僕って、才能無いですよね」
「まぁ正直に言っちゃぁ……うん」
……だろうな。
「でも、ちょっとずつやれば少しは使えるようになるよ。今度はゆっくりやってみて。型を確かめながら、丁寧に」
ここまでくると僕が剣を使おうとする事自体間違っているような気もするが、闘技大会の縛りがある上、やると決めてしまったからには仕方がない。
今度は女剣士さんも隣で一緒にやってくれている。
彼女の真似をして、ゆっくり、丁寧に。
「腕に力が入りすぎてる。もっと力抜いて」
「こうですか?」
「そうそう。それで振り抜く時にもっと手首を使って、剣と腕が九十度になるよう意識して……止める!」
数度動きを繰り返していると、少しは型もマシになってきたと思う。
女剣士さんが細かいところまでちゃんと教えてくれるから分かりやすい。
「良いね。そこまで出来たら、後は素振りの時と同じ。型は意識したままスピードだけを速くして……振る!!」
――カンッ!
最初とは違う、少しなめらかな感触。
木の的を見ると、中心からずれてはいるものの、傷はまっすぐ外に通り抜けている。
「良いじゃん!!」
「すごいずれてますけどね」
「続けてればちゃんと狙いも定まるようになるよ」
先はまだまだ遠そうだ……




