No.89 強さと見た目は比例しない……らしい
芝草のみずみずしい香りがやけに新鮮だった。
第一修練棟の白い外壁の前で、足早に医務室へと向かうエレオノーラの背を見送る。
早い話、僕達は追い出されたのだ。
ヨセフ先生曰く、強すぎるから予行演習の必要も無いのだと。
学園は完全なる実力主義とはいえ、流石に闘技大会の結果が一方的なものになるのは避けたいらしい。
まぁ分かる。年に一度、街を挙げて行うお祭りで、そんな事になったらシャレにならない。
聞くところによると、諸国の王侯貴族までもが観覧に来るというではないか。
んな高貴な人達に死者が出るかも分からない血みどろの闘いを見せるのか、とも思ったが、よく考えてみたら前世の地球でも似たようなものはあった。
たとえば、古代ローマのコロセウムで行われていたようなものだ。
つまるところ人間というものは、潜在的に血湧き肉躍る戦いが大好きなんだろう。
少なくとも、自分が蚊帳の外にいられる限りは。
やらされる側はたまったもんじゃない。
グラディアトルとか見てみろ。
奴隷だぞ。
話がそれたな。
それはさておき、どうにも強すぎるらしい僕とエレオノーラには、公平を期する為に他にもハンデが課せられた。
エレオノーラには、一切の魔法を使わない事。竜人化なんてものはもってのほかだ。
使うなら魔術だけにしろ、と。
それを踏まえて、エレオノーラは今後の特別授業に出る事を許可された。
僕の方なんかはもっと酷い。
まず一つ、魔術陣の構築を省略しない事。
たとえばさっきので言うと、脳内での魔術構築とか、一度敷いた氷柱の魔術陣のコピー&ペーストとか。
あれをすると、高速戦闘になって他の生徒が対応出来ないからだって。
そもそも、略式発動自体が高学年で習う高等技術らしいし。
二つ目、ここからはガイウス先生に言われた事だ。
徒手空拳の禁止。
なんでも良いから武器を持てと。
正直、これが一番辛い。
普通逆だろうと言われてしまうかもしれないが、僕の場合、武器なんてものはデバフにしかならないんだ。
だって、たとえ人化していようが竜の肌は並の刃は通さないし、リーチが伸びる分距離感が掴みづらくってしょうがない。
おまけにエレオノーラとは違って僕は特別授業は出禁。
どうにかこうにか僕を弱体化させたいのは分かる。
でも、これはむごい。
そして三つ目が、ヨセフ先生に聞こえないようにガイウス先生に耳打ちされた事。
『お前も魔法は使うんじゃねぇぞ』
目が良いだけある。
やっぱり、ガイウス先生にはバレてた。
ラクレアリスの指パッチンを見て参考にした、“魔法”の詠唱破棄。
あらかじめ詠唱、待機させておいた魔法を、一定の行動をトリガーに発動させるというもの。
普通に発動した時と比べて威力は劣るにせよ、便利だと思ったのに。
しょうがない。
「小銭でも稼ぐか……」
まったく、こんなひとりごとでも口に出してないとやってらんねーよ……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
冒険者ギルドで適当に魔獣の討伐依頼を受け、やって来たのは学園のダンジョン。
いたるところに道標があった上、この街で魔獣討伐が出来るところといったらここしかないから、案外来るのは簡単だった。
さて、目標は三階層の一角ウサギだったか。
納品対象は肉と毛皮だから、できるだけきれいに倒さないとな。
ダンジョン前の受付にギルドカードを提示し、さっさと第三階層まで潜る。
カードの『測定不能』の羅列には案の定めちゃくちゃビビられた。
でも、やけに納得はされてたな。
学園の制服着てたし、バイトか?
どのみち稼げるなら、僕も冒険者なんかじゃなくてそっちの方が目立たずに済んだ……いや、首席が受付のバイトは目立つか。
「おーい、君! 学園の子?」
背後からの声に振り返る。
豊満な胸を揺らして走ってきたのは、青紫の髪をボブカットにした、引き締まったボディの女剣士。
前世の僕にとってはどストライク。
しかし悲しいかな、原始の欲が睡眠欲しか残されていない、三大欲求ならぬ一大欲求となってしまった今の僕は、そんな彼女の姿を見ても何も感じない。
心はカラカラに乾いてすっからかんだ。
砂漠だ。
「なんですか?」
「あぁ、いや、初心者のようだし忠告したくてね。いくら浅い階層とはいえ、武器も装備もなしに行動するのは危ないよ」
「そうですか。ご忠告感謝します」
さぁてさぁて、こんな虚しい気分になるくらいなら、さっさと離れてウサギ狩りだ。
しかし、再び声はかかる。
「ちょっと、本当に危ないんだって」
あぁ、僕には分かるぞ。
これは納得するまでずっとついてくるやつだ。
「……武器ならありますよ」
するすると空中に魔術陣を描き、青い氷の剣を作り出す。
端から剣は使うつもりだった。
闘技大会に向けての自主練って事で。
「氷の剣? へぇ、すごいね。学園の子はそんな事も出来るんだ。でも、武器はちゃんとしたのを使った方が良いと思うよ」
「今手持ちがゼロで、そんな余裕も無いんですよ」
「そうなの? なら私の貸そうか?」
「良いですよ。よっぽど相手が硬くもなけりゃこれで充分です」
女剣士が口を開きかける。
すると突然、前方の角から最初の敵が飛び出した。
第二階層の雑魚魔獣、油ネズミだ。
全身がガソリンのような油に覆われた凶暴なラット。
身の危険を感じると、体の油に火をつけて突進してくるとか。
時たま村や町に出て、火事の原因になる事も少なくないらしい。
なんて迷惑な害獣なんだ。
「ヂュヂヂヂヂッ」
油ネズミが黒光りする湿った体毛を逆立てる。
ギッと目を見開き、小さな四本足がしっかり地面を踏みしめている。
やれやれ、これは確かに凶暴だ。
どうしてこいつはここまで強気なのだろうか?
「油ネズミ! こいつは小さいけど、よく初心者が怪我する原因に――」
「だから、大丈夫ですって。ゼフィルの黒獅子でもないんだし」
「いやでも……あ、ちょっと!」
そして僕は凍てつく剣先を向け、ゆっくりとネズミに歩み寄る……




