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No.82 白夜

『やぁ、また会ったね』

「……うるせぇ」


 夜。

 僕は冒険者ギルドに行ってからというもの、なにもかもが頭の中でぐちゃぐちゃに絡まり合って、何をしようにも上手く集中出来なくて、寮に戻ってすぐ死んだように眠りについた。

 夢に落ちると同時に現れた記憶が、これが“三度目”だと静かに告げる。


 だだっ広い教室の真ん中に、椅子の無い机がぽつんと一つ。

 その上に座った“僕”が、さも嬉しそうに笑っている。


『そのモノローグみたいなのはさ、君の趣味なの?』

「…………だから、心を読むなっての!」


 いつもの調子で僕は“僕”に殴りかかった。

 “僕”の顔面を狙って腕を振り抜いて、想像したのは固くも柔らかい不快な感触と、鼻を突く血の嫌な臭い。


 なのにこいつは僕の拳をひらりとかわし、降参したように両手を上げた。


『あぁ、待って待って。今回はそういうのじゃないんだ。少し話があって来ただけだから』

「話だって? 意味不明な行動ばかりで、何一つまともに話そうとしないのがお前じゃないか。そんな言葉、いまさら信じられるか」

『あはは、まぁ、それは認めるよ。だがね、今回ばかりは状況が違――ぅおぉっと』


 ガンと足に鈍い痛みが走り、蹴り上げた机が宙を舞う。

 だが、机が天井にぶつかる前に“僕”は逃げ出した。

 僕の目の前に降り立って、真面目な顔して僕の両頬をつねる。


『聞けよ』

「嫌だね」

『聞けっての』


 “僕”の長い前髪の間からちらりと目がのぞく。

 真っ黒い瞳の色も、右目の下の泣きぼくろも、やはり前世の僕と全く同じ。


 覚えている。

 前髪を伸ばしていたのは他者の目が怖かったからだ。


 目は口ほどに物を言う。

 そこに感情と呼べるものは無い。

 それでも、“僕”の目は本気だった。


『指輪探しの件だ』

「……それが?」

『気をつけろよ。あれはすでに元の役割を失っている。おまけに害悪女の意思のせいで、闘争を求めて飛びまわる厄介な魔道具に成り下がってしまった。……だから君に回収しろと命が下ったんだ』


 “僕”は僕から離れると、わざわざ倒れた机を起こしてその上に座り直した。


 机の脚は僕が蹴り飛ばしたせいで歪み、“僕”が足を揺らすたびにガタガタと床を叩いた。


「いくつか質問をしても良いか?」

『どうぞ』

「じゃあ、まず一つ。なんで、お前がそんな事を知ってるんだ?」


 不思議な事に、いつもこいつに会った時に湧き上がる妙ないらだちは、まるで全て嘘だったかのようにきれいさっぱりなくなっていた。


 代わりに、僕の中に疑問が浮かぶ。


 僕は『愚者の指輪』が一体何なのか知らない。

 でもこの口振りからして、こいつは知っている。


 持っている知識が違う。

 それはつまり、“僕”が『僕に付随する何か』ではない事を表している。


『それは言えないなぁ。そもそも言ったところで無駄だし』

「なぜ?」

『だって、今の君じゃまだ聞き取れないんだもん。前に僕が何者か教えてあげたけど、君、聞こえてなかったよね。気になるなら試してみる?』

「いや……いい」

『あ、そう』


 “僕”はつまらなそうに机を左右に揺らす。

 反応があまりにもあからさまで、もはや隠す気も無い。


 うん。絶妙にウザい。


『他には?』


 ほら、ちょっと展開が気に食わないからって次の催促だ。


『教えてよ』


 おい、お前。

 僕の心読めてるんだろ。どうしていちいち聞くんだ。


『早く〜』

「ハァ……」




 もういいや。


 さっさと終わらせなければ夢から覚めてしまう。

 どうせ問い詰めたところで、こいつは答えやしないんだし。


「その指輪探し、どうして僕……いや、僕達がやらなきゃいけないんだ。他に適任はいなかったのか?」

『ほう、良い質問だ』


 “僕”の口角がにやりとつり上がる。

 そして顔の横でくるくると螺旋を描くように指を回した。


『因果さ』

「また、お前もそれか。理由になってない」

『なるんだよね、これが。なんせただの因果じゃない。セルマリエス、ラーファル、メルト、エレオノーラ。お前らの運命は九百年どころかその遥か昔からぐるんぐるんに巻きついて……もはや僕にも手出し出来ないような状態になってるんだから』


 “僕”は机のへりに両手をつき、やれやれとでも言いたげに下を向く。


「何を言って……」

『まぁまぁ、そこはおいおいだ、おいおい。とにもかくにもね、君達にしか出来ないから君達が選ばれた。それだけの話さ』


 ……はぐらかした。

 こいつは一体、しゃべりたがりなのか隠したがりなのか、どっちだ。


『他には?』

「……次が最後だ」


 ただの夢なのに、すごく疲れる。

 だからこいつは“悪夢”なんだ。


「気をつけろ、とは何に対してそうしろと?」

『……うん。正直ね、僕が一番言いたかったのはそこなんだ』


にわかに机から立ち上がり、“僕”はトンと僕の胸を人さし指で叩く。


『当然分かってるだろうが、君は竜だ。ちょっとやそっとの事じゃ死なないし、まともに魔術を食らったとしても、たいしたダメージにはならない』


 そう言って“僕”が上を指さした瞬間、パンと乾いた音がして蛍光灯が弾けた。

 天井からガラスの雨が僕と“僕”の上に降りそそぐ。


 僕の肌は鋭く尖ったガラス片をことごとく弾き返し、まったくもって痛くもかゆくもなかった。

 一方の“僕”は、全身に突き刺さったガラスで血まみれだ。


『な、ちょうどこんなふうに』

「……仮にも僕の姿でそういう事すんの……やめてくんない?」

『良いじゃないか。夢なんだから』


 まばたきをして、目を開けただけ。

 その瞬間、目の前の惨状は何事も無かったかのように消え失せた。


 それでも不快感は拭えない。

 見てくれは綺麗でも、生臭い鉄の臭いは、鼻の奥にこびりついたままだ。


『話を戻そう』




 冗談じゃない。




『真面目に話してるじゃないか』




 どこがだ。




『それでね――』


 おい、無視かよ。


『元の指輪ならともかく、歪みに歪んだあれの機能が君に影響を及ぼすなんて事はまず無い。問題はそれに便乗したクソ女の残滓だよ』


 唐突に“僕”は渋い顔で両手をこすりだす。

 摩擦で手の皮が赤くなろうが、気にする素振りすら見せない。


『あの落ちないシミは厄介だよぉ。ガン細胞みたいなもんだもん。本当に気をつけてよね。侵蝕なんてされようものなら、最悪狂死だ。君に死なれたら僕が困るんだから』


 “僕”の心底不愉快そうな表情に、なぜだか胸の奥がズクリと痛む。

 心臓を食い荒らされるような激痛に、得体の知れない怒りに似た感情が湧き上がってきて……“僕”の視線から、目が離せない。


「白竜……?」


 その言葉が、口を突いて出た。

 無意識で……というよりもむしろ、“言わされている”ような感覚が強かった。


 “僕”の顔に不自然な笑みが浮かぶ。

 口元は確かに上がっているのに、目はどこまでも暗く、虚ろだった。


『さぁ、今回はこれでおしまいだ。そろそろ朝が来る頃だから』

「待てよ! まだ答えを……」

『充分話したさ。これ以上は駄目だ。後は君が探すんだよ』

「勝手に出てきて何を無責任な」


“僕”は今まで見た事が無いような、哀れみと申し訳なさがら混ざったような目を僕に向けた。


 何だ。

 その表情は何なんだ。


『頼むよ。今回は、忘れないでね』


 それを最後に、何か抗いようの無い力に体が後ろに強く引かれ、景色が急速に遠くなった。

 何も無い闇のような黒い空間に投げ出され、僕の存在も霧散するようにその空間に溶けていく。




『またね』




 消えゆく頭の中に声が響いた。


(二度と来るなよ……)


 音だけが延々とエコーのようになり続けている。


 意識が完全に消えてしまう前に、僕は知らない誰かの声を聞いた。











 ――――約束…………秘密に…………これは………………罪………………











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