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No.80 みんな空気を読み給え

 二人の視線を感じながら装置の前に立つ。


 髪の毛を一本抜いて、銅板の上に落とすだけ。

 たったそれだけの動作をすれば済むはずなのに、どうにも決心がつかない。


 僕にとって、この目の前の金色の箱はまさに処刑道具に等しかった。


 さて、どうする?

 このままトイレに行きたくなったとでも言ってその隙に帰るか?


 ……いや、出来る訳がないだろう。

 何を隠そう、言い出しっぺはこの僕だ。

 そんな雑な逃亡劇、成功なんてするはずない。




 ――だったらここら一帯ぶっとば……




 待て待て、どこかで考えた事のある思考だ。

 余計駄目に決まってんだろ。


「何もたもたしてんだ? 早くしろ」

「血じゃなくて髪の毛で良いんだよ。一本抜いて置くだけじゃん」


 うるさいぞ外野!

 僕のピンチも知らないくせに!!


「ねぇ……」

「ん?」

「髪なんか抜いたら頭皮が傷ついて将来ハゲたりしないよね?」


 苦しまぎれ、時間稼ぎに出たただの暴論だ。

 もはや僕自身にも何を言っているのかさっぱり分からない。


「……いや、なる訳無いだろ。ふざけてんのか?」


 メルトが暴論に正論で返す。

 あまりにド直球で取りつく島も無い。


 こちとらふざけてる暇も無いんだっつーの、鬼め。


(もういいや)


 僕は思考を放棄した。


 機械的な動作で髪を引き抜き、銅板の上に落とす。

 魔術陣が淡い輝きを放つと髪が消え、ギルドカードに黒く文字が刻まれる。




***


名前:セルマリエス

年齢:十二歳

種族:人族

ギルドランク:F

体力:測定不能

魔力:測定不能

力:測定不能

俊敏性:測定不能

魔力耐性:測定不能

総合評価:測定不能


***




 ……ほーら、言わんこっちゃない。

 言ってないけど。


 これにはメルトもラーファルも何も言うことが出来ないようだった。

 ラーファルなんかは僕のギルドカードを凝視して、限界まで広げた尾羽をバシバシと自分の足に叩きつけている。


 ……どういう感情なんだ、それは。


「では、紐付けが終わったら、一度ギルドカードを確認させてください」


 受付嬢は見事なまでの営業スマイルで、僕達にカードの提出を求める。

 彼女はまだ、自分が()()()()()()をこなしているだけだと信じて疑っていないのだろう。


 だけど蓋を開けてみればどうだ?




 魔力おばけ、体力おばけ、測定不能・ザ・モンスター。




 どっかの勇者パーティーかよ。

 異常事態にもほどがある。


 僕達からカードを受け取った受付嬢の顔がみるみるうちに青ざめていく。


 ほら、よく見給えよ。

 これが“普通”の反応だ。


「支部長を……」

「何?」

「支部長を呼んでください! 早く!!」


 受付嬢の叫びがバックヤードに響く。

 彼女のそのただ事ではない様子に、ギルド職員のみならず、居合わせていた冒険者達までもが一斉にこちらに注目した。


「なんだぁ?」

「学園の生徒?」

「登録装置が壊れでもしたのかしら?」


 ギルド内に好奇の声が飛び交う。

 やれやれ、これももう何回目だ?


 正直、大人のこの視線は子供のものよりも断然キツい。

 ただ今日は、注目の的が僕一人だけじゃないのが幸いだった。


 なぁ、二人とも。どうだい? 他人事じゃなくなったこの気分は。


 酷いもんだろ?




「何の騒ぎです?」


 バックヤードからのひときわ通る女性の声が、ざわめく空気を切り裂いた。

 ギルド職員達が振り向き、冒険者達の声もしだいに小さくなっていく。


 バックヤードの奥から現れたのは、薄緑色の髪を肩の高さに切りそろえた、凛とした目つきのエルフの女性だった。


「支部長! あの、これ、見てください!」


 受付嬢から支部長に僕達のギルドカードが渡る。

 もちろん僕達がどう思っているかなんて関係無い。


 支部長は受け取った三枚のギルドカードを見つめ、顔をしかめた。


「これはあなた達が?」

「はい、そうですけど……」


 こんな状況では逃げも隠れも出来ない。

 正直に僕が答えると、支部長は近くの椅子に腰を下ろし額に手をあてた。


「いや、才能ある冒険者が増える事はこちらとしても望ましいのですが……一体、一体どうなって……」


 何やらブツブツと一人で繰り返す支部長。

 彼女の異様な態度も相まって、周囲には野次馬がますます増える。


 まぁ仕方ない。

 珍しいものがあれば、ついつい立ち止まって見てしまうのが人間の習性だとは、僕も重々理解している。


 ……それにしてもうるさいな。


「関係の無い者は立ち去りなさい! 何してるのあなた達。仕事はまだまだたくさんあるでしょう。冒険者の方々も、こんなところで時間を潰しては依頼の期限が過ぎてしまいますよ!」


 ふいに支部長が立ち上がり声を張り上げた。

 まだ少し眉根にシワが寄ってはいるが、その声は強く、なんとなく『従っておかなければ』と思わさせられるような迫力があった。


「失礼。少々お話をうかがっても?」

「あ…………はい」

「はぁ……良かった、助かります。ずっとこんなところにいるのもなんです、少し場所を変えましょう」


 かくして支部長は僕の曖昧な返事を“肯定”として受け取り、安堵した表情を浮かべた。


 今の返答には『いいえ、困ります』のニュアンスを含ませていたのだが……


 異世界では日本人お得意の『空気読め』は通用しないらしい。

 世の中、僕の想像以上に甘くない。




 そしてそのまま流れるように通された先が、ギルドの応接室。


 僕達はいつものごとく三人並んで席につき、僕の目の前に支部長が腰掛ける。


「手間をかけさせてしまい申し訳ありません。しかし流石にこれは……おいそれと見逃せるようなものではなかったので……」

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