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No.79 それを普通とは言いません

「学園長に正体不明の指輪を“捕まえろ”と言われるわ、ラミナ先生はせっかくの手がかりになりそうな資料を燃やすわ。まったく、酷いとは思いませんか?」

「あぁ。……で? どうしてそれを俺に言うんだ?」


 人気の無い裏庭。

 学園長におかしな頼み事をされてから三日ほどが経った。


 薄暗い校舎の裏で、僕はガイウス先生の弓をじっとながめる。




 ――タァン!




 放たれた矢は見事的の中心を捉え、突き立った。


「上手いものですね」

「まぁな。俺ぁ魔術が使えねぇから、その代わりみてぇなもんだぁ。剣以外にも、こうやって色々とな」


 的から矢を引き抜きながらガイウス先生は息を吐く。


 魔術の一切使えない魔人族……やっぱり、相当苦労してきたんだろうか?


「質問に答えてないぞセルマリエス」

「ん?」

「だから、なんでんな事俺に言うんだ。愚痴を言うんなら、友達とかでも良いだろ」


 ――タァン!


 再び、放たれた矢が風を切る。

 今度は的の中心から少し下。


「チッ、ズレた」

「気が楽なんですよ、あなたと話してると。今のところ、僕の正体知ってるのあなただけでしょ」

「……」


 ――タァン!


 矢はますます的の中心からずれていく。


 ガイウス先生は頬を掻き、目を閉じる。


「あん時黙っといた方が良かったかねぇ……」

「そうですか? 僕はバレたのがあなたで心底良かったと思ってるんですが」

「そのせいで俺も面倒事に巻き込まれた」

「僕は感謝してるんですけどね。あなたがいたから早いうちにサイラスは見つかったし、それに……あの時あなたがいたから、僕は正気に戻る事が出来た」


 下を向き、一ヶ月前の記憶を思い出す。


 あの女……ラクレアリスに思考をいじられていたせいとはいえ、僕はガイウス先生を傷つけた。

 あってはならない事だ。

 理由も無く、竜が人を傷つけるだなんて……


「あぁ……ありゃぁ、クソ痛かったなぁ」

「……すみません」

「事故みたいなもんだろ。いつまで気にしてんだ」


 ……本人がそうは言っても、やっぱり納得は出来ない。

 転生してから十二年と少し、以前の僕ならここまで思い悩むような事は無かったのかもしれないが……確実に、僕の中で何かが変わってきているのかもしれない。


 肉体だけの問題じゃない。

 僕は……僕がいつか完全に人間性を失ってしまうのが、怖い。


「……どうした?」

「別に、なんて事はないです」


 顔をのぞき込むガイウス先生に、精一杯の作り笑顔をする。


 お願いだから、何も悟らないでくれ。

 ここで気なんか遣われてしまったら、一体僕はどう反応すれば良い?




「エスー!!」


 背後からの呼び声に思わず振り向く。


 遠くからラーファルが手を振って走り寄り、その後を歩いてメルトが追ってくる。


「行けぇ、友達が呼んでるぞ」

「……はい」


 ガイウス先生には申し訳ないが、それ以上を返す事は、今の僕には出来なかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「エスってさ、ガイウス先生と仲良いよね」

「そう?」

「そうでしょ。だってあの人……なんか、近寄りがたいじゃん?」


 他の通行人の邪魔にならないよう縦一列になって道を歩いていると、そう後ろからラーファルが声をかけた。


「そうかな? 普通に良い人だと思うけど……」

「うーん……いや、なんて言うかね、良い人ってのはまぁ分かるんだけど……」

「分かってやれ、セルマリエス。誰もお前に話しかけてこないのと一緒だ。物珍しい魔人族に怖気づいてんだよ」


 振り向くメルト。

 背後でラーファルの慌てた声が聞こえたが、メルトは『別にお前だけの事言ってんじゃねぇ』と一喝。


 ほどなくしてほんのり重苦しかった空気が笑いに変わる。


 うん。これぞいつも通り。

 仲の良い事は良い事だ。




 うん……?


 ところでメルト(こいつ)、さらっと僕の事『ぼっち』だと馬鹿にしなかったか?

 気のせいか?

 うん、気のせいだな。


 断じて僕はぼっちなどではないからな。

 根が陰キャなのは認めるが、それだけは絶対に違う。


 だって僕、友達いるもん。


「あった、ここか」


 前を歩いていたメルトが立ち止まった。

 目の前の建物に示された名は、『冒険者ギルド アルカノスト学園支部』。

 僕達の目的地だ。


 これから僕達は、ここで冒険者なる為の手続きをしに行く。


 冒険者。

 これぞ異世界の代名詞。

 ワクワクで胸の疼きが止まらない。




 ああっ、素晴らしい!




 ……と、いう僕の感情はいったんそこらへんにでも投げ捨てておいてだ。

 実のところ、今になってこんなところに来た本当の理由はこんなフワフワしたものではない。


 人里に下りてきてはや一ヶ月、それどころか二ヶ月が経とうとしている今、僕はどうしようもないほど酷く現実的な、かつ深刻な問題に直面していたのだ。




 ――ザ・金欠




 父さんから貰った資金はもうじき底を尽きる。

 手っ取り早く金を稼げる方法はないかとラーファルに尋ねたところ、冒険者になるのが良いのではないかと勧められたのだ。


 それで『良い機会だから僕も一緒に行く』と。

 貴族で金持ちのメルトまでついてきたのは、『お前らが冒険者登録とか絶対面白いやつだから、俺もついでに行く』との事だ。

 なめとんのかこいつ。


「新規登録の方はこちらの用紙にご記入ください」


 エルフの受付嬢に一枚ずつ用紙を手渡され、僕達は三人並んで待機エリアの席に腰掛ける。

 名前、年齢、種族に規約同意のチェック欄……こうしていると、入学試験前の受付を思い出すな。


 ……よし、こんなもんで良いだろう。


「用紙の記入が済んだ方は、こちらの列にお並びください。順次手続きを行います」


 書き終わった用紙を提出し、受付嬢の指示に従う。

 他に登録に来ていた人は、僕達の他に二、三人しかいなかった。


 そんな訳で、そう何分も待たず登録の順番はまわってきた。


 人族の受付嬢がにこやかに笑い簡単に説明する。


「今からみなさんには、肉体情報、魔力情報と、ギルドカードのステータスの紐付けを行ってもらいます。カードの名前が正しいか確認して、一人ずつ血、髪の毛などの肉体の一部を、こちらの銅板の上に置いてください」


 そうしてさし示した手の先には、両手のひらを広げたほどの大きさの、金色の装置が鎮座していた。


 天井に張られた銅板には、僕でも解読に時間がかかりそうな複雑な魔術陣が刻まれ、装置の右下部分に空のギルドカードがきっちりと置かれている。

 透明な箱のような本体の中では金色の歯車が絶えず回り続け、中央部には……動力だろうか? 青白い光が夜空に輝く星のように、強く、弱くを繰り返してチカチカとまたたいていた。


 登録はメルト、ラーファル、僕の順。

 どうせ普通に終わるはずが無いからと、僕の順番は一番最後に回された。


 うん。前科があるとはいえ酷い。

 なんだよ、僕がこの装置を壊すとでも思ってるのか?


「お、出た」




 ……あ、見逃した。




 メルトが情報の刻み終わったギルドカードを手に取る。


「うーん……まぁ、そこそこってとこか?」




***


名前:メルト・キングスランド

年齢:十二歳

種族:人族

ギルドランク:F

体力:B

魔力:S

力:A

俊敏性:A

魔力耐性:A

総合評価:A


***




 ……いや、僕にも分かる。

 これは“そこそこ”とは言わない。


 「じゃあ、次は僕の番ね」


 続いてラーファルが意気揚々と銅板の上に髪の毛を一本落とす。

 薄く魔術陣が光り、落とされた髪はほどけるようにして消えていった。

 数秒待って、カードに文字が刻みつけられる。




***


名前:ラーファル

年齢:十二歳

種族:獣人族

ギルドランク:F

体力:A

魔力:B

力:S

俊敏性:S

魔力耐性:B

総合評価:A


***




 ……は?

 Sが二つ?


「くっ、負けた」


 メルトが悔しそうにラーファルのカードを見つめる。


 まぁ、パワー系で獣人が人にまさってるのはしょうがな……って、違う。

 ちょっと待て、お前、感覚狂ってるぞ。


「って言っても総合評価は同じなんだし、メルトも魔力Sってすごいじゃん。……あ、エス、君の番だよ」


 ……Sで僕の事を連想するのはやめてほしい……が、んな事今はどうでも良い。


 さてさて、いよいよこの時が来てしまったか。

 二人でこれだ。じゃあ、僕は一体どんな事になってしまうんだ?


 こりゃあ金欠とか言ってる場合じゃねぇ。




 ……今からでも逃げてしまおうか?

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