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No.77 悪くない

「やっと出てきたか少年。ちょっと遅いぞ」

「あんたがそれを言うか」


 ラクレアリスは太い木の枝に腰掛け、足を揺らしつつ首をかしげてアクトを見下ろした。


「ちょ〜っと何言ってるか分からないなぁ」

「ぬかせ、化物」


 アクトは舌打ちをし目をそばめる。

 それがラクレアリスには、小さな子供がふてくされているように見えた。

 けらけらと笑い、尾の先のヒレのような毛でアクトの頭を撫でる。


「やめろ!」

「あは、怒った」

「あたりまえだろ!」

「人間の常識は分かりませ〜ん……っと、お遊びはさておき」


 ラクレアリスは木から飛び降りると、アクトの赤い目をのぞき込む。


「うん。ちゃんとなじんでる。方法は……アリオトと同じでいっか」

「方法?」

「決まってるでしょ」


 ラクレアリスは人差し指を立て、アクトの鼻先に突きつけた。

 瞬間、ラクレアリスの全身から魔力が噴き出し、奔流となってごうごうと空気を鳴らす。


 森がざわめく。

 とっさに目をつむるアクト。

 風に巻き上げられた小枝が耳の横をかすめる。


(何が――)


 風が収まり、アクトはゆっくりと目を開けた。

 そしてまた、奔放な師に不服を申し立てようと口を開け……




「――――」




 …………アクトは眼前の光景に、呆然と目を見開いた。


 言葉が出ない。

 ……出てこない。

 視覚以外の感覚が消え去り、時すらも止まったかのような……錯覚。


 人間じゃないのは理解していた。

 でも、“分かって”いなかった。

 押し込められた人の姿で、まだ自分達と似ているところもあるんじゃないなって、勘違いしていた。


 違うんだ。

 根本的に。


 赤くきらめく鱗に覆われた巨体が?

 どんな宝玉すらもかすむような、半透明に輝く翼が?

 それとも、鋭く自分を見下ろす金色の目が?




 ……いや、どれも違う。




 魂が震えている。

 もう分かった。自分は今、魔力の源泉に触れている。


 同じ世界に存在しながら、生き物とは異なる理で動くモノ。




 ――ラクレアリスは、赤竜(ハルバルテ)だ。




「魔法の修得に必要なのは、理論うんぬんよりも感覚を体に叩き込む事。つまり生きるか死ぬかのギリギリのところで実戦するのが一番良いって訳」


 ラクレアリスが鼻先で小突くと、アクトはあっさりと地面に倒された。


 もはや抵抗するとかしないとか、そういう次元ですらなかった。


 なんて馬鹿馬鹿しい。

 出来るはずがないじゃないか。

 “天災”に歯向かおうだなんて。


「立って、『イザ、身ヲ(トウ)ニ染メン』と言いなさい」

「……」

「言いなさい。体が作り変わってるから、発音に問題は無い。あとはあなたがやるか、否か」


 ラクレアリスは頭をもたげると、なおも硬直して動こうとしないアクト目がけ、太く長い尾をひゅんと一撃振り下ろした。

 尾はアクトすれすれの地面に命中し、轟音と共に土埃が巻き上がる。


 アクトは衝撃で吹き飛ばされ地面を転がった。


 痛い。

 また、訳が分からない。

 何もかもが分からない事だらけだ。

 でも…………


 アクトは落ち葉を握りしめ、震える足で立ち上がる。


 その姿を見て、ラクレアリスがかすかにほほえんだ……ような気がした。

 人であるアクトには、竜の表情の違いなどは到底分からなかった。


「――……ッ、ゲホッ」


 アクトはラクレアリスを真似て何度か魔法行使の為の発声を試みた。


 でも駄目だ。

 喉から出てくるのは、弱々しいかすれた隙間風のような音ばかり。

 何度繰り返しても喉が痛むだけで、上手くいく気配は微塵も無い。


 そうこうしているうちに、ラクレアリスの前肢から攻撃が飛ぶ。

 大振りの薙ぎ。

 今度はなんとか木々の合間を縫ってよけた。


 アクトのいた場所にあった木々が輪切りになって崩れ落ちる。

 ラクレアリスの顔を見上げ、アクトは全身から冷や汗が吹き出すのを感じた。




 今のは、本気だった。


 あそこで動けず固まっていたら、自分はあの木と同じ末路を……




 口の中に溜まった唾を飲み込む。

 喉の奥にかくばった石がつっかえてるみたいだ。


 諦めるという考えは毛頭無い。

 でも、発声の時の感覚は、前の……真の意味での『常人』だった時と何一つ変わっていない。


 『出来ない』。その四文字を頭の中から必死に振り払い、アクトは奥歯を噛み締める。


「絞り出すんじゃない。響かせるの」


 ラクレアリスのいら立ち混じりの声が頭上から降りかかった。

 アクトが顔を上げると、続けざまにラクレアリスの口から低く唸るような音が紡がれる。


『虚、虚、虚ニ爆ゼヨ。誘イ呼ブハ爆鎖ノ声』


 パァン!!


 詠唱が終わると同時に、アクトの背後で何かがはじけるような音がした。

 後頭部を殴られたかのような衝撃に、アクトは前につんのめる。


 脳が揺れる。

 だが透明な爆発はこれだけにとどまらず、畳み掛けるように容赦無くアクトの全身を殴りつける。


「うぐっ、」


 満身創痍。

 壊れかけの喉に、武器も無い。

 こんな状態でどう立ち向かえと言うんだ。

 こんなのあまりに酷すぎる。


 アクトは足元に落ちていた木の枝を拾い上げ、きっとラクレアリスに鋭い眼光を向けた。

 当然こんなものでどうにかなるとは思っていない。

 それでも無いよりはましだった。


「フー……」


 片手で枝を持ち、大きく息を吐く。


 そして一瞬息を止め、走りだした。


『イザ、身ヲ闘ニ染メン』


 ……喉の中で笛が鳴るような不思議な感覚だった。


 ブワリと全身が熱くなり、踏み込みはより一層強く、一気に加速する。


 必要以上の事は求めない。

 ただ一撃、それだけで良い。




(――届け)




 バキィィン!




 アクトの繰り出した渾身の一撃が、ラクレアリスの硬い鱗に突き刺さった。


 だが……


「……くそ…………」


 砕け散ったのは、アクトの持つ枝の方だった。


「ふむ。まぁ、悪くない」


 力尽き、気絶して倒れ込んだアクトを見下ろしラクレアリスは呟く。


 想像以上ではないが、以下でもない。

 ただ今までよりは期待出来る。


 ――新しい弟子は、“悪くない”。


 ラクレアリスは再び人の形をとると、天高く、高らかに笑った。

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