No.73 焦げ臭い過去の予感
外はもう初夏にさしかかっているというのに、暖炉の中では赤い炎が勢い良く燃え上っている。
「「「うわぁぁぁあっ!!」」」
叫び声が響いた。自分か、あるいは全員のものだったか。
とにかく、それが耳から脳に届くより前に体が動いた。
散乱する本を蹴り飛ばし、暖炉に向かって走る。
(ギリギリ間に合えぇっ!)
炎の奥で紙の切れ端がわずかに燃え残っているのが見えた。
暖炉の前で停止し、走ってきた勢いのまま右腕を炎の中に突っ込む。
「ちょ、ちょっとぉぉお!! 何してんのぉ!?」
後ろの方でラーファルが叫ぶ。
それでも僕には『火を消す』という選択肢は無かった。
紙があるのに水をかけるのは論外。
温度を下げて鎮火するのも、酸素を抜くのも現実的じゃない。
何より魔術を使うにも時間が惜しい。
結果、これが最善だった。
「取った!!」
暖炉から手を引き抜き、わしづかみにした紙を地面に叩きつける。
もちろん、まだ火はついたままだ。
「ちょぉ!! なんで床に置くのぉ!?」
「ギャァァァ! 周り見てよぉぉぉ! 私の資料いっぱいあるのにぃぃ!!」
「燃えっ……」
「だから!! 今消すんだよぉぉ!!」
紙を叩きつける直前に、空いた手で魔術陣は組んでおいた。
かなりの荒業だ。つくづく思う。
……ここが一階で本当に良かった。
――強圧風――!!
ズドォン!!
突風に激しく髪がなびく。
地鳴りがして足元に積んであった本が崩れた。
周囲からは、衝撃に驚いた小さな命達のカサカサとうごめく音が聞こえる。
目論見通り火は消えた。
だってのに、そのせいで気分は最悪だ。
なにやらいっぱいいるなとは思っていたけど、流石にこれほどまでとは思ってもみなかった。
まさか、岩場のフナムシほどもいるとは……
「はぎゃーーぁぁ!! 床に穴あいたんだけどぉお!? ヒィ、学園長に怒られる……」
「ちゃんと後で直しますよ。そんな事より、今心配すべきはこっちだ」
へこんだ地面の中心から焼け焦げた紙を拾い上げる。
ほとんどが灰になってしまっているようだが、かろうじて読める部分もまだ残っている。
「はぁ~。一応、間に合った……か」
「まぁ、これ以上燃える前に取り出せたのは良かったな」
「そんな他人事みたいな……ってかエス!! いくら時間が無いからって火の中に手を突っ込むのはやめてよぉ。こっちがヒヤヒヤするからさぁ……火傷、してないよね?」
ちらりとラーファルが僕の右腕に目を向ける。
心配してくれるのは嬉しい。
でも、ススにまみれてはいるものの、僕の腕は……
「あれ? 無傷? うそぉ……あれでぇ……?」
って訳だ。
ちなみに竜の肌は並みの剣も矢も火も氷も通さない。
まぁ、そんな事ここで言えるはずも無いのだけれども。
うん……?
「……」
「何?」
「……別に」
……やっぱり、エレオノーラは嫌いだ。
「あ、そうだ。内容は?」
「え? ああ、えっと……」
僕の持つ焼け焦げた紙切れを、横からメルトとラーファルがのぞき込む。
紙に残っていたのはたったの三言。
『カリオストロ・アルブラムの遺産』
『████遺跡群』
『強者に██し█の██』
……正直、クソだ。
資料の大半が焼失した挙句に、残った部分も焦げて虫食い。
『だったら『白猫亭』の床や制服を直した時の魔法を使えば良いじゃないか』と思われるかもしれないが、ところがどっこい、そうもいかない。
あれは物の始めの姿を知っているからこそ使える魔法。
でも僕はこの紙の元々の状態を知らない。
だからこいつは直せない。
魔法だって万能ではないんだ。
「はぁ。まったく、無駄骨だったか……」
溜め息をついて顔を上げる。
わざわざここまで来たってのに、収穫はこれだけ。
分からないものが余計に分からなくなった。
――やっぱり、闘技大会まで待つしかないのか……
「そんな、なんで、こんなところで……」
「……? どうした?」
諦めようとしたその矢先、明らかに動揺しているメルトに自然と目が釘付けになる。
こんなこいつは今まで見た事が無い。
なんだろう? この感じ。
これをここで見逃してはいけないような気がする。
「メルト? ……何か、分かったのか?」
メルトは口元に手をあて、何かを考え込むように沈黙する。
眉根にしわを寄せ、混乱を孕んだその赤い瞳は、焼け焦げた紙のただ一点をじっと見つめていた。
視線の先にあったのは『カリオストロ・アルブラム』という名前。
推測するに、この人物が『愚者の指輪』の製作者であることはほぼ間違いないだろう。
指輪が『遺産』だという事はすでに故人。
紙の中に遺跡の説明があった痕跡があるから、それもかなり前の時代の人である可能性が高い。
つまりもう直接の知り合いはいない……はずだ。
だったらメルトは何に動揺しているんだ?
「カリオストロ・アルブラム……”竜殺し”の英雄。……確か、あなたの家の始祖じゃなかったかしら? メルト・キングスランド君」
エレオノーラが尋ねると、メルトは静かにうなずいた。
ふむ。確かに、急に脈絡も無く自分の先祖の名前が出てきたらビビるよな。
ところで、なんか『竜殺し』とかいう怖い単語が聞こえたような気がするんだが……
……まぁ、いっか。どうせ本人がもうどこにもいないんだったら。
それにしても……この名前、どこかで見た事があるような……
「ああ、いや……だが考えるとおかしくはないのか。祖カリオストロは錬金術師だったから」
メルトは制服のポケットから懐中時計を取り出し、表に描かれた紋章に目を落とす。
炎に包まれた天秤に、翼の生えた蛇が巻きつく。
蛇の頭は、こちらをにらみつけるようにまっすぐ正面を向いていた。
それを目にしたラミナ先生の目が輝く。
「おおおおっ! これがあのキングスランド家の家紋んっ! すごい、本物……本当に天秤描いてある……すご……」
そして感動のあまり『すごい』しか言えなくなってる。
この人、今僕達がここに来ている理由を忘れていやしないだろうか?
ハァ~。まったく本当に気が滅入る。
今のところほぼ確定なのは、学園長にこの件についての依頼を持ち込んだ人物が僕の同族である事と、肝心の指輪の製作者がメルトの先祖である事。
となると、呼ばれたのが僕達四人である以上、残ったラーファルとエレオノーラもどこかしらで繋がっているはず。
……”鍵”は僕達自身か?
……
…………さて、一体これからどうしたものか…………




