No.72 バッドタイミング
ラーファル、メルト、エレオノーラの三人を引き連れて見覚えのある扉を開ける。
散乱する本の山に、鼻を突くようなカビとホコリの臭い。
相変わらずここは恐ろしく汚いな。
前に来た時から何一つ変わってないじゃないか。
いや、むしろ前よりも酷くなっているような気もする。
「……何だ? ここは……」
「何って……『汚部屋』としか言いようがないね」
「汚部屋ってレベルで片づけて良いのかなぁ、これ……」
「……」
一歩下がって顔を歪める三人を尻目に、僕は容赦なく部屋の中に突入する。
今回は事前にここに来る事が分かってたから、臭い対策だけは万全だ。
「ラミナ先生! どこにいますか?」
「……お~う、セルマリエスかぁー? あー、こっちこっち」
足元の本や資料に気をつけながら、声の聞こえた方向へと向かう。
途中高速で動き回る黒い物体が見えたような気もするが全て無視した。
取り乱したら僕の負けだ。
……それにしても、あの人はどこにいるんだ?
「ストップ、ストーップ! ちょっと待って通り過ぎないで。ここだよぉ~~」
「……まさか、この中じゃないですよね?」
本の山がしゃべっている。
いや、本がしゃべる訳がないからつまりはそういう事だ。
……この人は馬鹿なのだろうか?
「そうだよ、ここだよ~! 身動きとれなくなっちゃってさ、ちょっと助けてくんない?」
「はぁ、本っ当に仕方のない……」
本の山をかき分けていくと、分厚い表紙に挟まれて白い手とボサボサの紫髪が見えた。
生気はあるが、自力での脱出は諦めているのかピクリともしない。
動けないのは分かる。
でもここまで受け身で待たれていると……さすがにちょっとイラっとくる。
「ねえラーファル」
「何?」
「先生挟まっちゃって動けないみたいだからさ、ちょっと強めに引っ張ってさしあげてよ」
「え? あ、うん。分かった」
「はにゃ? 引っ張る?」
本の隙間から覗く手を、ラーファルはしっかりと両手で掴む。
どうしてこんな事になっているのかは知らないが、ラミナ先生の事だ、どうせろくな理由ではないのだろう。
それに、そういう事にいろいろ付き合わされるのは癇に障るし、何より入学式の時の恨みもある。
ラミナ先生にはここで、一回ちょっと痛い目に合ってもらおう。
「じゃあ……ふんっ!」
「え? い、いぎゃぁぁああ! いででででででっ!」
ラーファルは背中を丸めて羽をふくらませると、渾身の力を込めてラミナ先生の腕を後ろに引いた。
メシメシと音がして、本の中から叫びが上がる。
利用したような形になってしまいラーファルには少し申し訳ないが、やはりこういう力仕事は力の強い獣人によく向いている。
別に僕がやってもかまわなかったのだが、なにぶん力加減が難しい。
一歩間違えたら本の山が血の海へと化しかねないからな。
ラミナ先生を掘り出せるし、僕の憂さ晴らしも出来る。我ながら一石二鳥の良いアイデアだ。
ああ、不思議と口角がつり上がる。
「かなり痛そうだけど、本当にこんなんで大丈夫なんだよね?」
「ああ、大丈夫大丈夫。人間そこまで脆くはないし、まぁ、万が一怪我したところで僕が治すから」
「ちょ、それ全然大丈夫じゃに゛ゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
なんだ、案外まだ元気そうじゃないか。
「ほげえぇぇぇっ!!」
ひときわ大きな叫びと共に、ラミナ先生が本の山から引っこ抜けた。
反動でよろけたラーファルが空中で手を離す。
紫の毛玉は放たれた勢いのまま放物線を描き、後ろの本の山に突き刺さった。
「うわぁああ! やっちゃった……」
「いやぁ、まぁ大丈夫でしょ。ナイスだったよ!!」
「んな訳あるかぁ!!」
ラミナ先生はホコリにまみれたまま立ち上がると、僕に向かってわぁわぁと文句を申し立て始めた。
もちろん、僕は一ミリたりともそれを聞く気は無い。
だって、そんな事に一体何の意味があるんだ?
「って、聞いてねーだろぉ! セルマリエス!!」
「ああ~はいはい。そういうのいいです。元はと言えば、あなたの自業自得でしょ?」
「だからって……っぐ、むぅぅ~……」
よっしゃ。言い負かしたぞ。
「ま、まぁ良い。今回のこれは特別に水に流してあげる」
「あれ、ごまかすんですか?」
「う、うるさーい!!」
前にも思ったが、本当にこの人、教師らしくない。
言動も行動も性格も、子供っぽいというかなんて言うか……
妹がしっかりするのもうなずける。
まぁ、おかげでイジってて楽しいけど。
「おい、用があってここに来たんじゃなかったのか?」
「ああ、そうそう。忘れるとこだった」
ラミナ先生で遊ぶのも良いが、目的を見失っては元も子もない。
メルトにも急かされた事だし、話を本題に戻そう。
「うん? 何用かね? ところで、今日はやけに人数が多いようだけど」
「ええ、ちょっと学園長に頼まれ事をしましてね。先生なら何か知ってるんじゃないかと思って」
「んむぅ?」
ラミナ先生は訝しげに目を細めた。
寝ずの作業で古代文字の原稿を書くはめになったような人だ。
学園長の『お願い』がどうせろくな事ではないというのは、身に染みてよく分かっているのだろう。
残念だが、その通りだ。
「いや、この四人で闘技大会に出場しろと言われましてね。まぁそこまでは良いんですけど、意味が分からないのがそこで『愚者の指輪』を捕獲しろと」
「何を言ってるんだね君は」
「こっちが聞きたいくらいですよ……」
まったく本当に頭が痛い。
いや、ここの空気が悪いとかそういうのじゃなくて。
「う~ん? まぁ良いさ。ところで愚者の指輪か……むぅぅ……どっかで見たような気が……」
ラミナ先生は腕を組みうなる。
そして僕、ラーファル、メルトと次々に顔を見つめていくと、最後にその視線はエレオノーラに留まった。
「……?」
「ん~……」
鼻と鼻がぶつかりそうなほどの至近距離で、ラミナ先生はエレオノーラを見つめる。
わずかにのけぞるエレオノーラにさらに近づき、何やら口の中でブツブツ言っている。
「白……白銀……んむぅ…………んむっ!」
突如、ラミナ先生がぱっとエレオノーラから離れた。
一瞬すっきりしたように目がキラキラと輝く。
しかしそれも束の間。今度は一転して表情が暗くなる。
「あ~……うんうん。資料、あるよ。あった、けれども……」
露骨に僕達から目をそらし、ラミナ先生は遠慮がちに一点を指さした。
訳も分からず、僕達はその指の先を目で追う。その先にあったのは……
――煌々とかがやく、暖炉の炎。
「ああ~……ごめぇ~ん。燃やしちゃった。昨日の夜……」




