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No.54 箱庭への下り階段

 灼熱剣は炎を吸い、その刃を赤く輝かせる。

 周囲の空気を支配する、圧倒的な存在感。


(あれが、メルトにあの傷を負わせた……)


 熱と光に照らされ、入学式のあった、あの日の出来事が蘇る。

 直接目にするのはこれが初めてだけど、この身を焦がされるようなプレッシャーは、まだ記憶に新しい。


 たった一瞬触れただけで、肉が炭化するほどの強熱。


 ——『疑似魔剣』と、メルトは言っていた。


 先輩は目を閉じ、すうと大きく息を吸い込む。


 精神統一。

 場を制するほどの集中。

 眼前に広がる海のさざ波でさえも、音を立てる事は許されない。

 己の持つエネルギーに、剣がじりじりと悲鳴を上げている。


 先輩の手の中で、灼熱剣の柄がくるりと回転した。

 紅炎の色をした切っ先が地面を向く。


 勢い良く、だが静かに、刃が地面に突き立てられた。

 炎が巻き上がる。今までよりも、ひときわ明るく眩しい。


 海と炎。鮮やかな二色のコントラストに、思わず目を奪われそうになる。


 すると、先輩のこの行動をトリガーに、僕達の目の前で不可思議な現象が起きた。

 剣の突き立てられた点から、まっすぐ海に炎の線がのびる。


 まるで意思を持っているかのごとく、蛇のように地を走る炎。


(火に水は……)


 自殺行為。


 あと一メートル……二十センチ……ああ、触れる……!


 ついに炎が海に辿り着いた、その瞬間……


 パァァン……!!


 静かな空間を切り裂く、銃声のような破裂音。

 水面に、巨大な水柱が立つ。


(水蒸気爆発!? いや、でも……なんで!?) 


 立ち上る蒸気。

 降りかかる水しぶき。


 熱い!


 爆風に思わず目を閉じる。


 ……だが、これだけでは終わらない。


 ゴゴゴゴゴ……


(うぇ、地震!?)


 今の爆発が、何かの機巧を作動させたのか?

 水しぶきが立つのとほぼ同時に、足元を地下から何かがせり上がって来るような、低い響きが襲った。


 地面が割れる。自然に出来た亀裂ではない。

 明らかに人為的で、直線的な断面。


 そうして出来た線に、水が流れ込む。断裂が広がり、水路のようになった溝に、海水が浸入し、地面の形が組み変わっていく。


 やがて鳴動が止まり、赤々と燃えていた炎は完全にかき消えた。


(よく分からないけど……終わった……のか?)


 再び周囲に、穏やかな静けさが戻る。


 鼓膜を震わす波の音。

 ひんやりとして、爽やかな風。

 空気を包み込む深い青。


 海の様子は、最初に見た時と何一つ変わっていない。


 反対に陸地の方はと言うと、もはや原形をとどめてはいなかった。

 先程までは狭く殺風景な地面だったのが、今では床石のある領域が広くなり、まばらに巡らされた細い水路に、チロチロと水が流れている。


 それだけでも異様ではあるのだが、中でも一際目を引いたのが、眼前で口を開ける、さらに地下へと向かう階段……


「ああ、やっぱり隠されていたか」


 先輩は冷えて銀色に戻った剣をしまった。チラリと視線が下を向く。


「線はひとまず置いておいて……よくこんな仕掛けに気がつきましたね」


 先輩につられ、足元の水路に目を落とす。

 一見ただの浅い溝があるだけのようだが、よくよく目を凝らして見ると、真ん中にうっすらと線が伸びているのが分かった。


 それにしても、地面が動いて階段が出て来るなんて考えてもみなかった。第一、予兆も何も無かったじゃないか。

 先輩はどうしてこの状況で、海ではなく陸のほうに『何かがある』と考える事が出来たのだろうか?


 勘なのか、天才なのか、ただの偶然か、はたまた他に理由があるのか……


「いや、まぁ……偶然だよ」


 妙な間があり、先輩は少し目を逸らした。


 偶然……本当にそうか? なんだか濁されたような……


 まあ良い。理由が何であろうと、今は先に進むだけだ。


「おい。とりあえず先に見ておいたがぁ、確かに向かうべきはここの下で間違い無いみたいだぞ」


 スッと影が横を通り抜ける。

 顔を上げると、ガイウス先生が一足先に、階段の入口を覗き込んでいた。


 道が合っているのかは、まさに今聞こうとしていたのだけれど……

 流石先生、気が利くな。もう確認済みか。


 となるともう、するべき事はここを下りていくだけ……


「どうする、お前らぁ? 進むか? 引き返すか?」

「無論、進みますよ!」

「ここまで来て戻るなんて、ありえません」


 僕と先輩がうなずくと、先生は『まぁ、当然だよなぁ』とこぼし、にやりと笑った。


 ここまでの敵の少なさは、はっきり言って異常だった。今度こそ、何も起こらないなんて事は無いだろう。


 グッと拳を握り締める。なぜだか顔がにやけてきた。


 ここは美しいけれど、それ以上に気味が悪い。

 まともな感性を持っている者ならば、不安になったり、恐怖を感じたりしてしかるべきだろう。


 もちろん僕だって、そう感じているところはある。

 知らない場所にいきなり放り込まれて、理解の及ばない事が次々に起こるのだから。

 そりゃあ、怖いに決まってるさ!


 でも今はそれ以上に、この緊張感が楽しくて楽しくて仕方が無いんだ。


 闇の広がる下り階段に、一歩を踏み出す。

 湿った音が響き、内から生暖かい風が吹き上げた。

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