No.55 Hyper Encounter
はてさて、そろそろここに辿り着くころかな?
……竜王の器と不遇の子。まさか同時に相対する事になるとは思わなかったけれど……
まぁ、手間がはぶけるし、ちょうどいっか。
ああ……私にしては苦労して、ここまで準備した甲斐があった。
本当なら鳥か金髪の方のどっちかの方が良かったんだけど……こっちのでっかいのにしておいて正解だったわね。
最高のエサになってくれたじゃないの。
フフフ……ここまでワクワクするのはいつぶりかしら?
五十年? ……いや、百年だっけ?
……うーん、覚えてないや。
おっと。そうこうしてるうちに、いよいよ足音が大きくなって……
——あ……!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
もっと深くへ、闇の先まで。一歩一歩を踏みしめ、ゆっくりと、らせん状の階段を下りてゆく。
とっくの前に、海の匂いはしなくなった。
息を吸い込むと、みずみずしい花の香りが鼻腔を通り抜ける。
「……ん……あぁ、また扉かぁ」
前を歩いていたガイウス先生が呟いた。
下を覗くと、最後の段の向こうから、細い光が漏れ出している。
「……はい。見た感じ、あと十階分下くらいですかね」
決して近くは無いが、さほど遠くも無い距離。
だが、ここに来るまでに進んだ道の事を考えれば、あと少しだと言えるだろう。
終わりは見えた。ならば、あとは進むだけ。
下りる、下りる、下りる。
何も考える事は無い。目的地はもう見えている。
だが急げ! そんな悠長にしていられるほど暇は無い。
一歩。また一歩。
ひたすらに足を動かし、やっとの思いで辿り着いた先……
……薄暗いこの場にそぐわない、真っ白な扉。無駄な装飾は無く、非常にシンプルなデザイン。
だがその威圧感は、前の黒塗りの扉を超越していた。
(この向こうに……)
ギイィィィ……
(……!)
僅かに開いた扉の先に、何があるのだろうかと近づいたその時。
ゆっくりと音をたてながら。まだ触ってもいないのに、扉が動いた。
突然視界が明るくなり、世界が一瞬白く染まる。
(眩しい……)
パチパチとまばたきをする。
すると、だんだん扉の向こうに覗く景色の、色が、輪郭が。はっきりと目に映し出された。
一面に広がる花畑。むせ返るほどに濃い花の匂いが、辺りに立ち込めている。
緑の中で輝く原色の花々が、鮮やかな色彩で脳を刺激する。
「やっとここまで辿り着いたわね。はじめまして……と、言っておいた方が良いかしら?」
花畑の真ん中には、一人の女が佇んでいた。
艶やかな、紅色に近い赤髪。
スラリと背が高く、その耳は長い。
エルフだろうか? いや、でもなんだか……
「あ! お、お前は……学年首席ぃ! ……と、誰?」
「は? ……あ、こんなところにいたかサイラス!!」
ふいに、女の隣にある檻の中から叫び声が上がった。
無駄に高身長で、黙っていたらモテそうな銀髪イケメン……
そう、コイツこそが今回の騒動の原因。
——夢遊裸族変人、サイラス・グラウリスである!!
「なんだ。お前、生きてたのか……心配して損した」
「はぁぁぁぁぁ!? 何そんな露骨に嫌がって……助けに来てくれたんじゃなかったのかぁ!?」
サイラスは檻の中でキャンキャン吠える。
捕まって、何日も閉じ込められて。普通の人ならもっと憔悴してそうなものだけど……
……こいつ、意外と元気そうじゃないか。
「な、なぁ、セルマリエス」
「はい?」
「こいつかぁ? 捜してたサイラスってやつは……」
ガイウス先生は、唖然として声を漏らした。
当然だ。誘拐された被害者だってのに、本人はこの態度。
見ているだけで、緊張感がどこかに吹き飛んでいく。
これが被害者だなんて、到底信じられない。
……いや、信じたく無い。
こんな現実はあまりにも馬鹿馬鹿しい。
「まあまあ、見つかって良かったじゃないですか。セルマリエス、お前もそう突き放してやらなくたって良いだろう? サイラスは無事だった。それだけで充分じゃないか」
「いやー、まぁそうなんですけどね……こいつちょっとバカだから、そうもいかないんですよねぇ……」
束の間の談笑。
軽い会話を交わしながら、檻の中でいじけているサイラスを見る。
ここに来てから感じる異様な空気、脊髄を這い上がるような不気味な感情は、今も決して消えた訳ではない。
だけど同時に、気分は綿雲のようにフワついている。
視神経を駆ける、鮮烈な色の波長。鼻腔を満たす、甘い香り。
幻想的とも言えるような空間の中で、サイラスのこの姿はあまりにも滑稽だった。
……それが、張り詰めた緊張感を、無残なまでに破壊した。
ぴんと張られた、緊張の糸が途切れる。
心模様は funny 。
うわついて、するするとほどけて、まるで風船から空気が抜ける瞬間みたいな……
この気分は、一体何と形容すれば良いのだろうか?
うーむ……
ふさわしい言葉が見つからないな。
でも、ただ一つ分かるのは、この状況に最もあてはまる概念こそが、『気が抜ける』なのであろうと言う事。
……そしてそれが呼び込むのは、致命的な crisis 。
忘れてはいけない。
ここが敵陣ど真ん中であると言う事実を。
『おい、無視すんな』




