No.52 指先の『 』
ここはどこだ……?
『穴』に吸い込まれ、抜けた先。
ふと気がつくと、僕達は硬く冷たい石畳の上に放り出された。
ジメジメしていて薄暗い。
ひんやりとした空気に、この特有の重苦しさ。どこかの地下空間だろうか……
「ってぇ……」
「……っぐ、何が……」
うめき声を漏らし、よろよろと立ち上がる先生と先輩。
……ああ、やっぱり巻き込んでしまったか。
でも、バラバラに引き離されなかった事だけが、せめてもの救いだ。
「先生! 先輩! 大丈夫ですか?」
急いで駆け寄り、声をかける。
そう言う僕も、まだ叩きつけられた時の衝撃が、背中にビリビリと残っている。
おまけにこの石畳だ。これは人間にはかなり痛いだろう。
「ああ。なんとかなぁ……」
後頭部をさする先生。その隣で、先輩が静かにうなずく。
やせ我慢などをしている様子は無い。
二人からはわずかに錆びた金属の臭いが漂っていた。
いくら受け身をとっていたとしても、流石に無傷とまではいかないか……
「怪我は……」
「かすり傷だ。心配するほどのもんじゃねぇ。お前らこそ、大丈夫か?」
「僕は……平気です」
「ちょっと痺れはありますけど……問題ありません。」
……全員無事。ひとまずは、ホッと胸を撫で下ろす。
でも、かと言って安心は出来ない。
ここは敵に招き入れられた空間だ。
息をひそめ、じっと耳をそばだてる。
静寂。
ごうごうと空気が対流し、冷たく淀んだ空間をかき混ぜる。
遠くの方で、水がしたたり落ちた。
僕達を除いて、人の気配は無い。
いや、待て……
「……何か来る」
前から、小さな足音が近づいて来る。
カツンカツンと聞こえて来るその音は、天井の低い閉鎖空間で反響し、耳の奥で低くこだました。
敵である事は間違い無い。あの時の女か……?
……いや、この音の軽さと間隔の短さ。これは……
「こんにちは。ようこそお越しくださいました」
……子供!!
小さな体躯に、薄桃色の髪。妙に整ったその顔には、一切の感情を感じない、不気味な笑みが浮かんでいる。
——ひたすら空虚に。まるで、死体のように。
どうして子供がこんな場所に?
いや、そもそもコレは人間か……?
「な……に……お前は、まさかあの時の……!」
暗闇から現れた子供の姿を見、先輩は驚愕の声を漏らす。
振り返ると、その手は腰に下げられた剣の柄にかかっていた。表情は険しい。
今にも飛びかかっていきそうなほど、ピリピリと張り詰めた空気を纏う先輩。
だが、ガイウス先生はそれを片手で制した。
「待て、あれに近づくんじゃねぇ。魔力の塊だぁ、触れただけで気絶するぞ」
先生の額に、冷や汗が流れる。
こちらの緊張を知っての事か、子供はじわじわとにじり寄って来る。
ここは袋小路。後ろに道は無い。
「みなさま、主様のもとへお連れしましょう」
手を伸ばす子供。もうこれ以上の逃げ場は……
……先輩の前で、あまり怪しまれるような事はしたくないけれど……
……しょうがない。背に腹は代えられないか。
「ぁああっ!!」
助走は無し。渾身の力を込めて、眼前に迫った子供の顔を蹴り上げる。
バキン
足から伝わる、固いものが砕ける感触。
キラリと、白い破片が舞う。
軽い。
何だこれは? いくら子供にしたって、軽すぎる。
骨も、筋肉も、内臓も。何も詰まって無いみたいだ。
吹っ飛ばされた子供は天井にぶつかり、ゴム毬のように跳ねた。
欠片をまき散らしながら転がり、数メートル先で動きが止まる。
もう、ピクリともしない。
ただ、遠くで水のしずくが滴る音だけが響いている。
……死んだ?
……いや、壊れた?
「な、あ、お前、今危ないって……」
「大丈夫。僕にとって魔力は毒になり得ません。そう言うものですので。そんな事より、今は……」
慎重に、床に転がる子供の姿をした『ナニカ』に近づく。
再び動き出す様子は無い。完全に壊れたか……?
「こいつを調べましょう。たぶん、もう危険は無いはずです」
振り向き、先生と先輩を呼ぶ。
よく分からない場所で、よく分からないものに襲われたんだ。
今はとにかく情報が欲しい。
「早く! 急ぎましょう。こんなところで、うかうかなんてしてられない……」
早く……早く先に進まなければ。
「……さっきまでの異様な魔力は消えてるな……それにしてもコレは……人形?」
恐る恐る子供の顔を覗き込む先生。
魔力が消えていると言う事を確認し、警戒しつつ、先輩も近寄る。
子供の顔は、先程の僕の蹴りで大破していた。
だが、血みどろで、ぐちゃぐちゃになった脳髄にまみれ……などと言うような悲惨な光景は、そこには無かった。
子供の中身は空っぽだ。
砕けた白い破片の他に、中には何も無い。
虚ろで、人の姿をかたどった『物』。
……まさに人形だ。
「……糸」
ふと、先生が呟いた。
目線は子供を離れ、まっすぐ、暗闇の向こう側へと向いている。
「つながっている……何本も、奥の方から……」
息を漏らすように、言葉をこぼす先生。
僕の目には、その『糸』らしきものは映らない、つまり『糸』とは魔力そのもの……
なるほど……生き物でもなければ、ただの人形でもないか……
体から延びる、無数の糸……
いくら道の奥に意識を傾けても、人の気配は感じない。
不自然なほどに。
じゃあ、この感覚は、一体何なのだろうか?
脳裏にうっすらと浮かぶ、誰かの指先。
コイツは……
——糸操り人形……




