表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/117

No.51 ミス

 じっと空中を見つめる先生。目を細め、空の一点を指差す。


「『穴』があいていたのは、あの辺りかぁ?」


 先生の示す先にあるものは、僕の目では視認出来ない。

 だけど、確かにあそこは、僕が最後に『穴』を見た場所だった。


 僕を弄ぶような攻撃に、新しいおもちゃを見つけた子供のような視線。

 ……ああ、思い出すだけで腹が立つ。


「はい。まさにその通りです。あのムカつく笑い声が聞こえてきた時の穴だ。忘れられるはずも無い……」


 塞がりかけの、首元の傷を撫でる。

 もうすでに痛みは無い。

 だが、あの時の光景、声が脳内で再生されるたび、喉の奥が締め付けられるような感情が、体の内側を這いずり回った。


「ガイウス先生。あなたの目にはアレの痕跡は、どのような形で映っているのですか?」


 聞くと先生はさらに目を細め、ゆっくりと、言葉を紡ぎ出す。


「そうだなぁ……何と言うか……縫合痕? 切れ目に向かって、空間が巻き込まれていったような跡と、そこにわずかに染みついた、紅いモヤ……が見えるなぁ」


 ……なるほどな。ひとまず、『穴』の存在の形跡が、はっきりと残っているようで安心した。


 それにしても……紅いモヤ、か……

 紅……あか……赤…… 


「どうだ? 分かりそうかぁ?」

「……確かに核心に近づいてきてはいるのですが、今の状態では何も……」


 これだけでは、まだ何も分からない。


 ……いや、当然と言ったら当然か。

 ここは、あくまで()が攻撃を受けた場所に過ぎない。サイラスの手がかりが見つからないのは、当たり前だ。


 でも、何一つ分からなかった訳じゃない。

 僕の魔力が充満する中で、ガイウス先生の目は、『穴』の痕跡をはっきりと捉えた。

 恐ろしい精度だ。これなら、多少時間が経っていたとしても、痕跡をちゃんと見つけてもらえる可能性だって……


 これは……思った以上に、早く解決出来るかもしれない……


「ですが、ここに痕跡があまり残されていないのは想定済みです。本命は、誘拐犯がサイラスを攫う時に用いられた『穴』。行きましょう! いよいよ、光が見えてきた……」


 突破口は開かれた。

 もうすぐだ。もうすぐ、全て解決する。


 そんな勝利を確信した時のような気持ちで、学生寮の裏へと向かう。


 すると、そこで予想外の人に出会った。


「あれ、アクト先輩? なんでいるんですか?」

「ん? 君は確かセルマリエス……」


 赤髪の少年は、僕が声をかけるとぱっと顔を上げ、こちらを振り向いた。


 この人は、アクト・キングスランド。メルトの異母兄で、三年生の首席。そして何より……


「なんでって、呼ばれたような気が……ああ、いや、この前話した事で色々と引っ掛かるところがあったから、もう一度ここをちゃんと見たら、何か分かるんじゃないかと思ってね……」


 ……今回の件、唯一の目撃者だ。


「もしかして、君も同じ目的で? それにあなたはガイウス先生……君一人ならまだ分かるけど、先生までどうして……」

「……コイツに協力してくれと頼まれたんだよ。俺の目を貸してほしいんだと」

「……目?」


 先輩は首をかしげる。先生の目の事は知らないのか?

 ガイウス先生は僕と違って、隠している訳では無さそうだけど……


「俺は魔力が見えるからな」

「え、そうなんですか? 初耳ですけど……」

「まぁ、言ってないからなぁ。コイツを除いて、今まで聞かれた事無かったし」


 ……ああ、先生、そういう感じの人……

 ……いや、違うか。むしろこれはあれだな。

 魔術を使えない劣等感の方が強すぎて、魔力が見えるくらいじゃ、たいして特別な事とすら思えないんだろう。

 ……そう考えると、ちょっと不憫だな。


 ……うーん……それにしてもこの二人、このまましておくと、いつまでも話してそうだな……どうしよう……




 ……


 ……しばらく待った。


 なのに、まだ会話は続く。それになんだか話の内容も、だんだん脱線していってるような……


 なんだろう。こう言っちゃ悪いけど、劣等感が強い人同士、気が合うのかな……?

 ……僕、忘れられてるし。


 何だって良いけど、ここに来た理由まで忘れてるんじゃ…………っ!!




 突然、氷水に放り込まれたかのような悪寒が全身を襲った。

 二人も感じたのか、ピタリと会話がやむ。


 静寂の中で、僕の視線は、吸い寄せられるようにある一点へと向かった。


 空間がピリピリと裂け、裂け目が……


 あれは……


 『穴』。


 いや、それはそうなんだが、なんだか前とは様子が……



「は じ め ま し て。お集まりいただき、アリガトウごさいます。」


 ……


 …………


 ……穴の中から、声がした。

 あの時聞いた、女の声じゃない。


 ……どこか機械的な、子供の声。


 どうする?

 ここから逃げるべきか?


 ……一瞬、僕は、僕達は迷った。


 一刻も早く、ここから離れるべきだった。

 隣で理解が追い付かず固まっている二人を、引きずってでも逃げるべきだった。


 でも僕は、たった、たった一瞬だけ躊躇した。


 ほんの、瞬きをする間にも満たないような時間。

 あるいは、もっと短かったかもしれない。


 だけど、それが良くなかった。


 ——僕は、選択を間違えた。


 グンと、体が前に持っていかれるような感覚。

 抵抗の『て』の字が頭に浮かぶより早く……


 瞬間、僕達は三人まとめて、『穴』の中へと飲み込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ