No.5 実技試験と白の王女
筆記試験でやらかしたせいで、確定悪目立ち最強ルートに突入する未来が見えてきてしまった。
はっきり言ってこのままではまずい。
かなりまずい。
僕の理想の異世界学園生活は、あくまで一般人としてそれなりに楽しくやっていく事。
間違っても学年首席だとかになって目立つ訳にはいかんのだ。
つまり、入学前にもう最大のピンチ。
でもこれで、ここでやっていく上での第一の問題点がはっきりした。
――転生してから僕は警戒心が薄すぎる。
あまりにも希薄すぎて、もはや無いと言っても良い。
思考回路が前世から変わったような自覚はないが、やっぱり知らず知らずのうちに変化していたりするのだろうか?
なにせ今の僕は人間じゃない。
じゃあ何が起きたところで、特に不思議ではないのだろう。
とは言え、僕の頭がどうなっていようと今危機的状況に陥っているのは事実。
それに実技試験を乗り切る策もまだ浮かんでいない。
悲観的な想像が押し寄せてくる。
机に突っ伏して唸っていると、心配そうにラーファルが慰めてくれた。
なんて優しくて良い子なんだ……
「それでは、そろそろ実技試験の会場に移動してください。道順は張り出されているのでそれに従うように」
ルルスさんが教室に戻ってくると、それだけ言ってまた足早にどこかに行ってしまった。
指示に従い、続々と受験生達が教室を出ていく。
実技試験の時がどんどん近づいて……
……ハァ〜、憂鬱だ。
「エス、大丈夫?」
「ううん」
「でもしょうがないよ。ほら、実技試験の会場行こう。みんな行っちゃうよ」
少し顔を上げて見ると、もうすでにほぼみんなが教室を出ていた。
万が一遅れでもしたら面倒だ。
やっぱり行くしかないのか。
渋々教室を出て案内に従い歩くと、やがて巨大な闘技場のような場所に辿り着いた。
他の教室にいた受験生達も全員集まっているのか、席はほとんど埋め尽くされている。
僕とラーファルはなんとか隣り合って空いてる席を見つけ出し座る事が出来た。
……が、ここで面倒な事態が発生した。
目の前には明らかに上質そうな服の少年ににお供が二人。
典型的な異世界のお貴族様じゃないか。
お供その一がこちらを指差してわめく。
「おい! お前ら! そこはメルト様が座ろうとしていた席だぞ!!」
なんとも圧倒的な小物臭に冷笑が漏れそうだ。
なるほど、これが異世界貴族か。
ってか何だよメルトって。頭の中でも溶けてんのか?
「誰?」
「ちょっ、エス、この人は……」
「貴様! この方を知らないのか!!」
今度はお供そのニ。
揃いも揃ってやかましいやつらだ。
「なら特別に教えてやろう! この方はトルグイネ王国キングスランド公爵家嫡男、メルト・キングスランド様だ!! お前達みたいな平民は会えただけでも運が良かったと思え! 分かったならさっさとそこをどけぇ!!」
その一その二がギャンギャンやっている間、真ん中のやつは口を開けようとすらしない。
それどころか、ちょっと困っているように見える。
まったく、どうしてこいつらはこんなに偉そうなのか……
「だから何?」
「だからだと!? おま……」
「全員さっさと席に着け。実技試験を始めるぞ。」
お供その二が僕に殴りかかろうとした寸前。闘技場の真ん中で、実技試験の試験官らしき男が声を上げた。
うるさいやつらもいるが、ここで何が起ころうが関係なく実技試験は予定通りに行われる。
試験官が横目でこちらをにらみつけると、真ん中にいたやつは空いていた僕の隣に座り、お供二人は散々悪態をつきながらも他の席を探しにいった。
「試験内容の説明をする。課題は一つ。あそこの的を十メートル離れた位置から攻撃しろ。ただし攻撃をして良いのは三回までだ。持ち時間は一人一分まで。制限時間を過ぎた場合も強制終了とする。何か質問があるやつはいるか?」
さくさくと試験についての説明が終わり、後はもう始めるだけ。
さぁ、いよいよ僕の地獄が目の前に迫って来たぞ~
……と、思ったその時。
向かいの方の席から一つだけ質問が上がった。
「的を攻撃しろとおっしゃりましたが、魔術では無く魔法を使ってもよろしいのでしょうか?」
会場の視線が一点に向く。
手を挙げたのは一人の少女だ。
「……別に禁止されてはいない。もし使えるなら使っても良いが、前提として魔法を使えるやつなんざほとんどいないからな。規定に明記してないだけだ」
「そうですか……ありがとうございます」
「他に質問があるやつはいるか?」
試験官は観客席に座った受験生達を見回す。
今度こそ質問の声は無い。
そして、ようやく実技試験が始まった。
僕の受験番号はかなり後ろの方だから、順番が来るまではまだしばらく時間がある。
待ち時間は暇だし、“普通”のレベル感を知れるという事もあり、僕は他の人達の試験の様子を見る事にした。のだが……
……まあ、それはもう散々なものだった。
受験生の半分以上は魔術の発動すら出来ず、出来たとしても的まで届いていない。
そういう人達の魔術は、仮に届いたとしても、当たっただけですぐ消える程度のものだ。
何十人かに一人くらいの頻度で的に少し傷をつける事が出来るような人がいたが、たったそれだけでも歓声が上がる。
(この程度で……マジか)
僕はもはやどう反応すれば良いのか分からなかった。
(ん……? あれ、いつの間に)
次の受験者達が呼ばれると、いつ移動したのか、隣の席の少年が的の前に立っていた。
あのメルトとか言うやつだ。
実力が確かなら、あのお供二人があそこまでつけあがる理由も、ある程度理解できるかもしれないのだが……
メルトは空中に魔術陣を描き始める。
水の斬撃を出す術式……刃の圧縮が少し甘いが、あのゴミみたいな炎熱魔術陣に比べると悪くない。
メルトの魔術陣から発動された斬撃は、綺麗にスパッととは言わないが的を真っ二つにした。
僕に言わせてみれば、あんなのたいしたレベルの攻撃じゃない。かすったらちょっと痒そうくらいの印象だ。
でももちろん予想に違わず、周囲の観衆達からは拍手喝采の嵐。
「まさか、軽くとは言え強化魔術のかかった的をへし折るとは。あの子は他の受験生とはレベルが違うな」
「今後に期待出来ますね」
「ふむ……筆記試験の結果を考慮しないとまだ分かりませんが、おそらくAクラス入りは確実でしょうな」
最前列の席から、感嘆の息を漏らす声が聞こえた。
話の内容からして、ここの先生達である事はまず間違いない。
そしてもちろん、僕の感想は変わらない。
(あの程度でか……)
もはや考えるだけ無駄だった。
一般認識としての“普通”はもうよく分かった。
時が経つほどに、失望に似た感情が押し寄せる。
それにそれだけではない。
――このレベル感に合わせないと死ぬ!!
この思いが確実に僕自身の首を絞め上げていく。
だってこれに合わせて手加減とか……絶対に無理だもん。
やっぱりどうにも策は浮かばない。
気分はどん底へと沈んでいくばかりだ。
さて、また試験は進み、次はあの質問をしていた少女の番だ。
もう期待なんてするもんか。どうせ今度も大した事は起こらないんだろう。
だが意外にも、その少女が前に出てきた瞬間に、会場は水を打ったかのように静まり返った。
少女は腕を前に出して構える。
そこまでの動作は他の受験生となんら変わりは無い。
――しかし、彼女だけは明らかに違っていたんだ。
後になってよく分かった。
彼女は、魔術陣を描かなかった。
そこで、かすかに聞き取れた言葉。
『……我ノ……イテ……顕現セヨ灼熱……』
そして彼女の手から放たれたもの。
魔術ではない。
それは間違い無く……魔法だった。
どうして魔法を使えるのか? それは別にどうだって良い。
だれかれ少なからず、事情と言うものがあるだろう。
だから問題はそこじゃない。
そこではないのだ。
「ラーファル」
「え?」
「あれは誰だ?」
「あの方は我がトルグイネ王国第二王女、エレオノーラ・トルグイネ様だ」
僕の問いに答えたのは、ラーファルではなくメルトだった。
魔法は素質がものを言う。
王女、つまりは王族。
この世界で『それ』は忌むべき力じゃないのか?
ならなぜ使える?
……そうか、お前達が英雄の血筋か。
トルグイネ王族……一体お前達は、何をどこまで知っているんだ?




