No.6 遠慮させていただきます……
ラーファルの試験も終わり、ようやく僕の番がまわってきてしまった。
ラーファルもなかなか魔術が得意なようで、小さな竜巻を起こして的をゴリゴリ削っていた。
どちらかというと、威力は竜巻よりかはつむじ風だったが。
そして次が僕。
僕が今この場ですべき事は一つ。魔術の威力を極限まで抑える、ただそれだけだ。
間違ってでも本気なんか出してしまったら、この会場を吹き飛ばしかねない。
そうだな……とりあえず、初歩の水魔術でいこう。
魔力の供給は最小限にして、速度も出来るだけ遅く。
極限まで弱そうな術式を構築し、そして発動する。
……上手くいったか。
魔術は的に向かってヘロヘロ飛んでいく。
良い感じにショボそうな水球だ。
ホッと胸を撫で下ろす。
あとは魔術が的に着弾すれば成功だ。
一メートル。
三十センチ。
よし、あともう少し。
これで成こ……
「……ぅえ?」
……待ってくれ。
少し、状況を整理する時間が欲しい。
――一体何が起こったか。
僕が見たままの状況を説明しよう。
僕の放った魔術は、的に当たった瞬間に弾けた。そう、文字通り。
パチンと小さな音が鳴り魔術は消滅した。
だがしかし、どうにも様子がおかしい。
……的が……無い。
的があったであろう場所には、一本の黒い棒が立っていた。
棒の先端部にあった的は、塵も残さず、解けるように空気に溶けて消え去った。
(どうしてこうなった……)
術式に問題は何も無かったはずなのに。
今一度、自分が放った魔術の陣を、頭の中で組み直してみる。
威力制御、魔力制御。出力関係に問題は無い。
だとすると、他に考えられる原因は……
(……あ)
爆裂仕様!!
そうだった、忘れてた。
『威力も上がるし、やっぱ爆裂ってカッコいいよね!』
そんな軽いノリでちょっと前から付け足すようにしてたら、いつの間にか癖になってたんだった。
(こんなしょうもない事で……)
周囲は静まり返り、もはやなんの反応も無い。
誰一人として動こうとする気配すら無い。
若干僕ですら同じ気持ちでもある。
(どーするかな、これ……)
詰んだ。
そう思い、僕はその場で呆然と立ち尽くすしか出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、こんな間抜けな失敗で昨日の試験が終わった訳だが、終わってしまった事には仕方がない。
僕は朝から頭を抱えながら、宿で試験の結果を待っていた。
コツコツ……
昼過ぎになり、突然外から窓を叩く音がした。
顔を向けると、窓の外で手紙を咥えた一羽の鳥が翼をバタつかせている。
窓を開けて中に入れてやると、鳥は手紙を落としてどこかに飛び去って行った。
白くふちに金の装飾があり、赤い蝋で封のされた封筒。
学園からの手紙だ。内容はもう決まっている。
恐る恐る手紙の封を開ける。
するとそこには……
『――合格――』
の二文字が記されていた。
ホッと胸を撫で下ろす。
ひとまず目先の問題はクリア出来た。
筆記試験最後の魔法陣?
実技試験での的消滅?
知ったものか。そんなの今はどうだって良い。
どうせ後でどうとでもなるだろう。
封筒の中には、手紙とは別に寮の鍵も入っていた。
合格証明の他に同封されたもう一枚によると、教科書や制服など、必要になる物は全て寮の部屋に置いてあるのだそう。
用意の手間が省けたのはラッキーだ。
大丈夫、万事上手くいってる……
……と、思っていたのが昨日の事。
僕は今、学園の寮の自室にいる。
ちなみに寮ではラーファルと同室だった。
想定外の事ではあったが、それは別に良い。
むしろ『全く知らない人が同じ部屋』なんて事にならなかった分嬉しいくらいだ。
……問題はこっちだ。
ドアの前から聞き覚えのある声がする。
圧倒的小物感の漂う笑い声。そう、あのメルトとか言うやつとそのお供一、二だ。
ちなみにあの笑い声はお供その一だ。
くそっ、どうしてよりにもよってあんなのと部屋が近いんだ。
幸いにも、あのお供二人の部屋とは階が離れていた。
それでも近くにいる事に変わりは無いが、当然、同じ階にいるよりは全然マシだ。
それだってのに、その一その二め。
今絶賛こちらに遊びに来ているようで、笑い声だのなんだの、外がうるさい。
どうせたいした要件なんて無いんだろうに。
鬱陶しいったらありゃしない。
まったく、こんなやつらでも入学出来るなんて。
何で面接が無いんだ、面接が。
ドアに背を向け文句を垂れる。
するといつの間にやら耳障りな騒音は消え、代わりに部屋に軽いノックの音が響いた。
おもむろに立ち上がりドアを開ける。
ドアの前に立っていたのはメルトだった。
何やら申し訳なさそうな顔をしている……ような気がする。
たぶん。
雰囲気的に。
はっきり言ってしまうと、無表情だから良く分からない。
「あの、この前は悪かった。初対面であんな事……あいつらにはああ言う事は二度とするなって言っておいたし、とうぶんお前達に近づきはしないだろうから、だから……あいつらの事も許してやってはくれないか?」
……少し、驚いた。
試験の時では全く喋らなかったこいつが、わざわざ謝りに来るなんて。
それも、『自分が直接何かをした訳ではない事』についてだ。
まぁ、二人称は『お前』だけれども。
そう言えばこいつの家、確か『公爵』って言ってたな。
そんなやつが、こんなにも軽々しく貴族ですらないやつに頭を下げるのか?
いや、下げて良いのか?
もちろん、この世界の貴族全員があのお供達みたいに嫌なやつだとは思っていない。
貴族の中にも、平民達と仲良くやってるやつはきっといるだろう。
……ただし、下級貴族なら。
……何はともあれ、変わったやつだ。
「いや、良いよ。別に初めから怒ってなんかないし」
怒ってないってのは事実だ。
あのお供達の態度には多少ムカついたが、それきりだ。それ以上の事は無い。
メルトはひとしきり謝り倒すと自分の部屋に戻っていった。
閉められたドアの外からは、もうその一その二の声は聞こえてこない。
(本当にいなくなったのか)
メルトは自分が悪い訳でもないのにわざわざ僕達に謝りに来た。なのにあいつらは何も無しか。
(貴族のプライドが許さないのか何なのかは知らないが、あいつらは人として程度が知れるな)
なんとなくもやもやしながら再びベッドに座り込む。
それとなくラーファルの方に目を向けると、同室の鳥獣人の少年は目を見開き尾羽を限界まで広げ、大層驚いた様子で僕を見つめていた。
「え、何、どうしたの……」
「……謝った? キングスランドの嫡男が? そんな馬鹿な……」
嫌な予感がする。
人がこう言う目で見てくる時は、往々にしてろくな事にならない。
いっそ逃げてしまおうか?
……いやでもどうやって?
「すごいよエス!! 貴族を謝らせるなんて!」
ラーファルはキラキラと目を輝かせる。
さてどうする?
こうなってしまえば対応が面倒だぞ。
この子が僕に何を見たのかは知らないが、ひとまず弁明だけはしておこう。
――僕は何もしていない。
「メルト君に何て言ったの?」
だからこんな顔をしてぐいぐい来られても困るのだ。
事実、謝りに来たのはあいつの意思。
それに僕は怒ってはいないと伝えただけだ。
「いや、特に何も言ってはないけど……」
「謙遜しなくて良いのに」
(してないがっ!?)
ラーファルの中で僕の好感度が高まっていくのが分かる。
彼の中では、すでに僕は『すごい人』認定されているのだろう。
別に悪い気持ちはしないが、今回のはラーファルの勘違いだ。
それにこのままにしておくのはメルトにも悪い。
第一、僕はあくまで普通に過ごしたいのだ。
ここで変に話がこじれたら困る。
「試験の時と言い、なんて言うか君、本当に色々と規格外だよ! 一体エスって何者……」
……待て。
なんで急にそこに辿り着いた!?
「ぁえ? ただの人族だけどぉ!?」
「ん?」
「うん?」
「え? それは分かるよ。見た通りじゃん……」
「……」
……まずい。
何か墓穴を掘ったか?
焦っていたとは言え、流石に今の反応はおかしかったか。
ラーファルは混乱している。
そして僕は焦っている。
一体何と言うのが最適解だったのだろうか?
「……うーん……よく分かんないし、まあ良いや」
(……良いのか…………)
考える事を諦めたラーファルが話を有耶無耶にした。
まぁ、僕としては好都合なのだが……
……次からは気をつけるようにしておこう。
相手が相手ならただでは済まないところだった。
「それよりエス、夕食の前にお風呂行こうよ。ここのお風呂って大浴場で、何と言うかすごいんだって」
……どうしてこの話の流れで突然そうなるのか。
それに今、なんて言った?
「大……浴場?」
「そうそう、何でも学生の疲れを癒やすためにわざわざ温泉まで引いてきたって……どうしたの?」
…………まずいまずいまずいまずい。
――まずいっ!!
『大浴場』は流石にまずい。
何がまずいかって?
覚えているだろうか?
竜には性別が存在しないのだ。
要するに、何も無いのだ。
何がとは言わないが。
この危機的状況が分かるだろうか?
いくら上手く他を隠したって、こればっかりはどうしようもない。
見られたら一巻の終わりだ。
「ぼ、僕はまた後でにしようかなぁ……ほら、もっと人がいなくなってからとか……」
「……もしかしてエスってお風呂嫌い?」
「え? いやいやいやいや、もちろんお風呂は(元日本人たるもの)大好きだけど!?」
「じゃあ行こうよ! 僕だって一人で行くのはなんか寂しいし……」
ラーファルの尾羽がシュンと下がる。
獣人は見た目で感情が分かりやすいという事は知っていたけれど……なるほど、これは思った以上だ。
これで断るのはいくら何でも申し訳なさすぎる。
何よりここまでダイレクトに感情を伝えられたら、後で罪悪感にさいなまれそうだ。
「なら、少しだけ……」
「良いの? やったぁ!」
正直一切気乗りはしない。
澄んだ瞳に負け、僕はラーファルに半分引きずられながら廊下を歩いていく。
もちろん、打開策なんて一つも浮かんでいない。
ノープランここに極まれりだ。
(誰か助けて……)
さて、これからどうしたものか……




