No.12 エリクサー……?
(……治った?)
前回のあらすじ。
小瓶の中の液体を垂らすと、重傷だったはずのメルトの傷が跡形も無く消え去った。
ほほう。これが異世界クオリティ。
この世界では傷も一瞬で消せるんだなぁ……
……
……いやいやいやいや、そんなんで済むか。
こんなの絶対におかしいだろう。
それにしてたって、いくらなんでもこれは流石に予想外だった。
まさかここまでの効能があるとは。
効能……と言ってしまうと微妙だが。
そんな事よりもさ、ほらぁ、また二人とも固まっちゃったよ。
ほんとなんで僕、こんな続けざまに何回も非常識な事やらかしちゃうんだろう?
「おい、お前、なんだ? それ……」
メルトが震える指で空になった小瓶をさす。
何、何かねぇ……まったくどう説明したものか。
これが一体なんなのかってのを説明する為には、まあぁまた僕が霊峰にいた頃に遡る必要がある。
そうだな、あれは『魔法薬の製法について』みたいな感じの本を読んでいた時の事だ。
題名は覚えてないけど、確かそんな風なの。
ほら、よくあるじゃないか、ポーションとか。
僕は『ゲームで定番のあれがこの世界では本当に作れるんだ!!』ってな感じで、それはそれはウッキウキでページをめくっていた訳だ。
そしたらさ、出てきたんだよ。
『エリクサーの製法』のページが。
そりゃぁもちろん大興奮だよ。
なんせ、あっちの世界では『死者をも甦らす霊薬』とかまで言われるような代物だ。
作品によって色々あるけど、たいていはそんな感じのものだった。
まぁ所詮は空想上のものだし、こっちの世界でもそこまでの効能は無いらしいんだけどね。
とはいえ、死んでさえいなければ、不治の病だろうが心臓が抉れてようが治せるような代物らしいし、似たようなものか。
そこで、だ。
僕は一体何を思ったか。
そう。当然、――よし、作ってみよう!! だった。
幸い時間だけは無駄にあったし、道具とかも魔術で何とかなりそうだったから、あと必要なのは材料だけ。
そうは言っても、正直、ホワイトナフタグラス(ハーブの一種、家の近くの泉にたくさん生えてる)とか、メスのバジリスクの冠羽(普通はオスにしか無いらしいけど、近所の高原にはなぜかたくさん走りまわってた)とかは、集めるのにほとんど苦労しなかった。
『じゃあ良いじゃないか』って思うじゃん?
でも、それがなかなかそう上手くはいかないもんだ。
問題はエリクサーの主原料、『幻竜草の一日花』。
これが本当に見つからない。
ってかそもそもそれ以前に、僕はこれがどんな花なのかってのも知らなかった。
つまり本当にどうしようも無い訳。
『植物大全』とかを隅から隅まで読み込んでも、たったの一言すら書いてありやしない。
だからせめてエリクサー作りを諦める前に、父さんに聞いてみる事にしたんだ。
「幻竜草の一日花ってなに?」
他に言い方も分からなかったし、そうどストレートに聞いてみた。
いつもならすぐに答えてくれるから今回もそうじゃないかと思ってた。
でも、この時の父さんはいつになく動揺してるように見えたな。
「え……どこでそれを聞いて……ああ、アイツの本か、まだ残ってたのか。それで? 幻竜草の一日花だっけ? あれは……本当に知りたいのかい?」
正直意味が分からなかった。
いつもならすぐになんでも教えてくれる父さんが、この時だけは口ごもったからだ。
とはいえ、知的好奇心がまさる。
僕は悩んだ末にうなずいた。
父さんはためらいがちにも、その問いに答えてくれた。
「分かった。知ろうとする事自体は何も悪く無いからね」
「ほんと!?」
「うん。ただ約束しておくれ。……決してあれを探さないと」
「……?」
父さんはどこか遠くを見るような目で僕を見つめた。
返答をしようと口を開く。
だが、僕が答えを出す前に父さんは話を続ける。
「『幻竜草の一日花』とは、特定の植物をさす言葉じゃない。私達竜が死ぬと、その肉体から漏れ出した魔力を糧にして、周囲の植物が変異を起こす。それが幻竜草と呼ばれているものだ」
また、その寂しそうな目。
僕が問い返す余地も無く、『今はただ聞け』と言われているような気がした。
「幻竜草の生えた地に他の竜が訪れ悼みの涙を流すと、涙のしたたり落ちたところから花が咲く。……強毒を持った花が。この花こそが、『幻竜草の一日花』だ。放っておけば一日足らずで枯れてしまう儚いものだ」
『放っておけば』。
その一言が妙に気にかかる。
でも、とりあえず『幻竜草の一日花』が何なのかは分かった。
父さんが探すなと言った理由も、なんとなく……
まぁ、探したところで見つかるようなものではないだろうけど。
父さんは僕に向き直ると、いつもの調子で小さく笑う。
「エス、エリクサーを作りたいのなら、あれじゃなく『竜涙』を使いなさい。私達の涙には。他の動物にとってかなりの治癒効果がある。代替品として使えると思うよ」
ああ、そこまでバレてたの。
時々父さんには全てを見透かされていそうな気分になる。
経験の差なのだろうか?
いつか色々聞いてみたいけれど、今はまだそんな気にはなれない。
何よりこの時の僕は、エリクサー製作についてで頭がいっぱいだった。
だから、これ以上深く考えはしなかった。
そして話を聞いてすぐ、僕はエリクサーの為の涙を集める事にした。
かといって、急に泣く事は出来ない。
でも涙がなければエリクサーは作れない。
じゃあどうしようか?
少し考えて出た結論は、とてつもなくシンプルなものだった。
――精神的に泣けないんだったら、物理で無理矢理出せば良い。
僕はさっそく森の中に突撃し、とある木の実を採ってきた。
いつぞやに父さんが黒焦げにしたあれだ。
こいつ自体は何の変哲もないただの果実だ。
でも潰した時に出てくる汁は、目に入るととてつもなく痛い。
分かりやすく言うならばミカンの皮の汁が目に入った時と同じ感覚だ。
で、僕が何をしたか……はもう何も言わなくても良いだろう。
いや〜、あれは痛かったな。
さて、これで代替品とはいえ全ての材料が揃った。
って事でさっそくエリクサーを作り始めよう! ……の前に、まずは竜涙の効果のほどを確かめてみようか。
さあさあ、なんとタイミングの良い事に、こんなところに弱ったリスがいるじゃないか。
神様からの粋な計らいか、こんなのまさに『ここで試せ』と言われてるようなものじゃないか。
使い方なんて分からなかったし、とりあえずリスに涙をかけてみた。
するとあら不思議、たちまち元気になって走り去って行くじゃぁないか。
……思えば、ここで気付くべきだったのか。
結論から言うとエリクサー作りは失敗した。
何がいけないのかは分からないけれど、何度やってもまったく反応が起こらないんだ。
ずーっと、それぞれの材料がバラバラに混ざったまま。
とても透明で綺麗な液体になる気配は無かった。
つまり、メルトにかけたのはただの僕の涙。
それがあの重傷を消し飛ばしたんだ。
本当びっくり、ってかもはや怖いよね。
それで僕は気付いたんだ。
――今思えばあのリスは瀕死だった。




