No.101 つまり、なんだろう?
「指輪の捕まえ方なんだけど――単純な話、現れたら即拾い上げれば問題は無い。ただし……」
ゼムルードはずいと、息がかかるほどに近く僕に顔を寄せた。
「絶っっっっっ対に素手では触らない事!」
「…………なんだそれ」
何だ?
そんな、実験室の薬品みたいな。
指輪って何だっけ?
本来素手の指にはめるものを直接触るなとは、一体全体どういう事か。
拍子抜けした、とはまさにこのような気分の事だろう。
胸の底から、かすれた息が漏れる。
「それに、拾うだけなら『捕まえる』とは言わなくないか? だいたいそれ、わざわざ僕達がやらなきゃいけないような事かな? それしきで良いなら、もう誰がやっても同じじゃない?」
「……俺は本気で言ってるぞ」
ゼムルードはムッと口を尖らせる。
尻尾の毛がブワリと逆立った。
「それが“捕まえ方”だって。君達にしか出来ないって。俺はそう聞いたんだ。そこまでは教えてくれなかったけど……理由もちゃんとあるって」
「その……お前にそう伝えるように言ってきた相手が、適当な事言ってる可能性は無いの? そういうの、やりかねないやつだっているだろ? ほら、ちょうどラクレアリスみたいな」
ゼムルードの口がさらに尖る。
その表情と獣人を模した耳、尾から、いらだちが垣間見える。
今だけは、お前が何を考えているのかなんとなく分かるぞ。
『せっかく教えてやったのに』
そう思ってるんだろう。
「あの人がそんなくだらないまねするものか」
「盲信は良くないんじゃないの?」
ゼムルードはジトと僕をにらみつける。
そして後ろに高く飛び上がると、僕から距離をとってシニカルな笑みを浮かべた。
「もしかして俺にカマかけてる?」
「……どうだろうか?」
「あーはいはい、なるほどそーゆう事ね。図星ですか」
ゼムルードは肺の中の空気を全部吐き出すような溜め息をつく。
その水色の瞳の奥がちらりと光った。
「駄目駄目。もうこれ以上は何も言わない。それと、後は自分の目で確かめなよ。そしたら俺が嘘ついてないって分かるから」
言葉を吐き捨て、ゼムルードはタンと近くの屋根の上に飛び上がった。
「あ、逃げる気?」
「うるさい! 俺は忙しいんだよ!」
「へぇ、そりゃまたたいそうな嘘を――」
「うるさぁい!!」
視界からゼムルードの姿が消えた。
跳ねるように移動する音が、恐ろしい速さで遠ざかっていくのが分かる。
追いかけられない事は無いが……やめておこう。僕にそんな度胸は無い。
人目についたら大変だから。
「そういえばお前、置いていかれたけど……良いのか?」
頭の上のほんのり温かい物体に声をかけるも、返事は返ってこない。
まぁ、ハトだし。
ゼムルード、結局あいつの持っていた情報で分かったのは、『特別な事は何もしなくて良い』って事だけ。
これならまだ、夢の中での“アイツ”の話の方がまだ有用だったかもしれない。
――ただし、全部を覚えている訳ではないのだが。
でも何も無いよりはましか。
ところで……
…………この後、どうしよう?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
雑踏の中、メルトはラーファルの肩をつかみ、ずいと顔を寄せる。
「おい、なぁ、あれ……誰だ?」
「えぇ、知らないよ。エスの知り合い……なんじゃないの?」
ラーファルはちらりと後ろを振り返った。
メルトに腕を引かれ、半ば人の流れに流されてここまで来てしまった。
さっきまでいた場所は、はるか後方に。
セルマリエスとあのオオカミ獣人の姿は、人々に塗りつぶされてもう見えない。
(ごめん、エス。僕、君を置いていった訳じゃないからね。文句は後でメルトに言ってほしい……!)
ラーファルは念を送るようにギュッと目を閉じた。
……だが、当然そんな事セルマリエスは知るよしもないのであって。
そもそも、先にセルマリエスがラーファルをおいてゼムルードと話し始めたのであって。
ラーファルが謝る筋合いなど、あって無いようなものではあるが……
――ラーファルは優し……いや、天然であった。
「メルト……どうしたの?」
「どうしたって?」
「なんか、にやにやしてる」
首をかしげるラーファル。
対してメルトは自分の口元にすっと手をあてる。
「してない」
「してるじゃん」
「俺がそんな顔、する訳無い」
ラーファルの首がさらに傾く。
鳥獣人の目はごまかせない。
メルトの指の隙間から、意地悪くつり上がった口元がわずかにのぞく。
明らかににやついているのに、なかなかそれを認めようとしないメルト。
『謎のプライドだなぁ』
そう思った瞬間、ラーファルの脳裏にある妙案が浮かんだ。
ゴホンと一つ咳をして、少し顔を傾けたままメルトに満面の笑みを送る。
「おやぁ、やけに意地を張りますね、メルトサマ」
「――ぶっ!!」
メルトは目を見開いて吹き出した。
ラーファル渾身のセルマリエスのものまね。
どうやら、上手く成功したようだ。
「おまw、ちょい、おまww」
「こういうの初めてやってみたんだけど、どうかな?」
「なんでちょっと似てるんだよ!」
「同室だもん。毎日見てるからね」
あの独特な言い回しの皮肉にはもう慣れたものだ。
本人が聞いていたら激烈に否定されそうなものだが、幸い、セルマリエスはここにはいない。
「でもこれ、本人は素でやってそうだよね。たぶんエス気づいてないよ。自分がかなりの皮肉屋だって事」
「だろうな、言えてるよ。逆にそういうところがあるお陰で、アイツが完璧超人じゃないって分かって安心するけどな」
メルトは息を整え、ふうと一度深呼吸した。
「よし、話を戻そう」
「さっきの人の?」
メルトはごくりと唾を飲み込み、真剣な表情になってラーファルを見つめる。
ラーファルもその赤い瞳をのぞくように、まばたきをしてメルトを見つめ返した。
ただし……なんでメルトがそんな顔をしているのかは、分かっていない。
「――なぁ、あれ、彼女だと思うか!?」
「……? んん……??」




