名前
「美味しいか?」
「…はい!とても!!」
「それは良かった」
私があまりの美味しさに満面の笑みを向けると、殿下はフッと笑った。普段無表情でいることが多いからか、破壊力が半端ない。
───結局、私は殿下との外出を満喫していた。
(だって、仕方がないわ。アレス様とデートとか、夢だったんだから!)
ゲームをプレイしながら何度も思い描いた光景が今、目の前にある。だから、仕方がない。
そう自分に言い聞かせる。
いつもは頭の中でも距離を取るためにあえて呼ばなかったのに、つい昔までのように名前が自然に出ていた。
(…いけない。名前なんて呼んでたら、離れがたくなるだけなのに)
気を引き締めるため、気合を入れていると向かい側から微かに笑い声が聞こえた。
「…殿下、何が面白いのですか?」
「幸せそうにケーキを頬張っていたかと思えば、急に表情を引き締めたり。ヴィオレットが百面相をするからだろう?」
「ひゃ、百面相…」
我ながらひどい言われようだ。これは納得がいかない。
(…そういえば、殿下ってこんなに笑う方だったかしら)
私が画面越しに見ていた彼よりもよく笑う。気のせいかもしれないが、ふとそう感じた。
「本当にお前は面白い。…なあ、名前、呼んでくれないか」
「へ?名前?」
思わず間の抜けた声を出してしまった。
「前は呼んでいただろう?何故、今は他人行儀なんだ」
「あの頃は婚約者でしたから…。婚約者でない方の名前を軽々しく呼ぶのは…」
…一瞬、実際他人だろうと思ってしまったのは秘密だ。
「俺が許可しているんだから問題ない。…まあ、嫌だというなら別に構わないのだが」
構わない、なんて言いながらも殿下の瞳には陰りが見える。その表情はやめて欲しい。
(…ああ、もう!この表情はずるいわ)
「……ア、アレス、様?」
この名前を口に出すのはいつぶりだろうか。面と向かって呼ぶことはないと思っていた名前。
さすがに少し気恥ずかしくて、口ごもってしまった。
ちらりと殿下───アレス様の方を向くと、彼は何故か頬を若干赤く染めて、手を口元に当てていた。
しばらくして私と目を合わせると、
「ありがとう、ヴィオレット」
そう言って、優しく微笑んだ。
(…な、何なの!?こんなのスチルでも見たことないわ…)
私が名前を呼んだだけなのに、何故こんなにも嬉しそうにするのだろうか。
そして私は、何故名前を呼んでしまったのだろうか。
───仕方がない、とも思った。如何せん、推しなのだから。
何はともあれ、アレス様の笑顔はヤバい。勘違いしてしまう。
やっぱり好きだな、と思いつつも、私の心には少しの諦めとわだかまりが残っていた。
名前呼びは普通に憧れます。羨ましいです。
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