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反撃・6

 そのうち火の粉が飛んでくるようになりました。

『ここは危ないので移動しましょう』

 と言われ、肩を貸してもらって立ち上がりました。


 救急車は坂の下に停めてあったようです。そこにはひとが集まっていて、ざわざわとしておりました。けれども、誰もお宮の火事を消しに行こうとしなくて、それがとても不思議に思われました。


 私が半ば担がれて救急車に乗り込もうとしていると、ざわめき声が大きくなりました。


『ありゃあ誰や』

『誰やて、顕二(けんじ)さんも清明(せいめい)くんもやられたけん』


現太(げんた)さんやないかね』

『現太さんか』

『現太さんもやられたか』


 胃のあたりがすっと冷たくなりました。ゲンさんが……やられた?

『立たないで下さい』

 手当てしてくれたひとが、腰を浮かせた私に厳しく言いました。

『処置の邪魔になります』


 確かに、目が見えん上に足までケガした私に何が出来るわけもありません。隅っこで邪魔せんように座っちょることしか出来んのです。


 ガタガタと音がして、ひとが車内に乗り込んできました。

『……確認して』

『脈拍……』

『血圧……』


 殺気だった感じで医療用語らしいやり取りが続きます。

『出します。危ないからどいてください』

 運転席に座ったらしい、私を手当てしてくれたひとが外に向かって怒鳴るのが聞こえました。


 救急隊員のひとたちが言うちょることは私にはようわからんでしたけども、病院に無線で連絡しちょったことの意味はわかりました。


『発見時心肺停止状態』

『脈拍微弱』

『自発呼吸困難』


 ええ。中卒ですけども、そんくらいのことはわかります。

 動き出した救急車の中で、私は足下が崩れ落ちるような思いを味わっておりました。


 ちょっと前まであんなに元気にしちょったゲンさんが、笑ったり、私をからかったり、気遣ったり、いろいろしてくれたゲンさんが、目の前で死んでいこうとしちょったのです。


 自分の目ぇが見えんようになったと知ったときと同じくらいの絶望でした。そして同時に、わかってしまいました。すっかり年を取って、何年も家にこもるのと入院の繰り返しだったゲンさんが、その日だけは昔に戻ったように元気やった意味が。


 ゲンさんはこうなることを覚悟しちょったのです。死ぬとわかっちょってもやらんといけんことがあったのです。だけん、残った命を全て絞り尽くしてあの場に立ったのです。


 涙が流れました。空っぽの目からも涙は出るんです。

 何も出来んかった自分が情けなかった。けど最後の大切な舞台に、そんな何も出来ん自分に一緒に来てくれとゲンさんが言った。その重さだけは、頭の悪い私にもよくわかったのです。


 山を下りる途中で雨が降りだしました。雨粒が車体を叩く音で、かなりの大降りだろうとわかりました。

 遠くで消防車のサイレンが聞こえました。お宮の火事はどうなったのやろう、この雨で消えたやろうかと思いましたが、もう他人事でした。


 搬送先の病院で、ゲンさんの死亡が確認されました。

 救急のひとらの手当てでいったんは息を吹き返したけれども、結局は意識を取り戻すこともなく亡くなってしまわれました。


 入院していた病院に、孫の亜希子さん宛の遺書があったそうです。

 津峨森の末裔としてどうしてもやらんといけんことやから、理解は出来んだろうけどもわかってくれと書いてあったそうです。よく面倒をみてくれてありがとう、とも。


『わかるわけないじゃないですか。理解できないだろうけどわかってくれなんて、めちゃくちゃを言われて、体が弱ってたのにめざしを持って山の中に行って、雷に打たれて死んじゃうなんて。何をどうわかれって言うんですか』


 亜希子さんにはそう言って責められました。

鎖田(くさりだ)さんがおじいちゃんに絶対服従だったのは知ってます。それでも止めてほしかった。本当におじいちゃんのことが大切だったのなら、そうしてほしかった』


 二度と顔を見せんでほしいとも言われました。無理もないです。ゲンさんの葬式以来、お会いしちょりません。

 それでも、不思議と悔やんではおらんのです。何も出来んかった自分を情けなく思うことはあっても、行ったことを悔やむことはないんです。


 最後の(いくさ)にゲンさんが私を選んで連れていってくれた。それは私の誇りです。

 あの日のゲンさんの言葉の全てが、私にとって何物にも代えがたい宝です。


 それはわからんことや、ありゃあ何やったんやろと思うことはいろいろありますよ。ゲンさんが救急車に運び込まれたときの里のひとらの言葉とかなあ。


『もうモリにひとがおらん』

 やら、

『モリが絶えた。もうここは終わりや』

 やら言っちょうのが聞こえましたよ。そげんことよりゲンさんを心配しろと言いたかったですが。


 お宮の火事もなあ……。中におったていうのなら、何で逃げなかったんやろとも思いますが。火ぃが出たときには雷で死んじょったか、気絶しちょったのかもしれんて言われたら、そんな気もしますが。


 おかしいかと言われたら何もかもおかしかったですよ、あそこで起きたことは。けど、連続殺人事件が収まったのならそれは、ゲンさんの力やろと思っちょります。


 どうやったかは知らんですけど、あそこでゲンさんがやったことが事件を終わらせたのです。

 そのことだけは確信しちょります。

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― 新着の感想 ―
泣けるお話でした。微かな望み。ゲンさんには生きていて欲しかった。 けど、吉っちゃんが言うようにゲンさんの最後の生命の灯火だったんでしょうね。 そして二人でなにかと戦った。何をどうちゃんとしたから終わっ…
ゲンさんが殿でなにかをちゃんとしたのか、ナニをちゃんとしたのか。ゲンさんの最期の戦いが気迫があり、吉っちゃんと同じように感情が動きました。お爺ちゃんたち頑張った。 締めくくりまで気になります
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