反撃・5
ゲンさんがお経のようなものを唱える声は長く続きました。
私はただただ頭をたれ、手を合わせて一緒に祈るだけでした。
そうして、どれだけ時間が経ったでしょうか。
ゲンさんの声が途切れて、
『これでやることはやった』
と、かすれた声で言ったのが聞こえました。
私は『ゲンさん』と叫んで、声のしたほうに駆け寄ろうとしました。そのとき、あれが起きたのです。
突然、耳が聞こえなくなった感じがしました。殴り付けられたような衝撃があって、私は後ろへふっとばされました。砂粒や小石が雨あられと降りかかってきました。
遠くでドドーン、ドドーンと大砲を撃つような音が響いている気もしましたが、耳がおかしくなっちょって、頭もぐわんぐわんと痛んで、何が起きたのかさっぱりわかりませんでした。体もいうことをきかんようになっていて、ひっくり返ったまましばらく立てなかったです。
空気がビリビリしちょる、静電気がばりっと来た後みたいやと思えるようになったのは、どれだけしてからやったでしょう。
そのころになったらようやっと耳の調子も戻ってきて、砂か土がパラパラ崩れよる音が聞こえちょるなと思いました。
しばらくボーッとその音を聞いているうちにやっと頭がハッキリしてきて、
『ゲンさん!』
私は身を起こして大声で呼びました。
目が見えん私には、ゲンさんがどうしちょるのかわかりません。
けど、無事でおるなら私の声に応えてくれるはずです。もう一度呼びました。けれども返事はありませんでした。
どげんしよう。そう思ってすぐに、ゲンさんが言っていたことを思い出しました。
もし何かあったらここに電話しろ。そう言って登録してくれた番号があったではないですか。
相手が誰だか知らんが、ゲンさんがそう言ったのだから間違いはないはずやろと思いました。その日はずいぶんと元気でしたが、ゲンさんは九十の老人です。私の声に応えられないなら大変な状況になっているのかもしれない。すぐに連絡を取らないといけんやろと思いました。
ところが電話がつながらんのです。音声案内が『圏外です』と言いよるのです。私はあわてて、電話のつながる場所を探そうと立ち上がってふらふら歩き出しました。吹き飛ばされたときに杖もどこかに行ってしまっていたのにです。
知らん場所で、目の見えんものがそげなことしたら結果は見えちょりますでしょう。
歩き回っちょるうちに、踏み出した足が空を切りました。あっと思う間もなく私は斜面を転がり落ちておりました。小枝が折れる音がし、枯れ枝に体を何度も叩かれました。
どれだけ落ちたかわかりませんが、ようやく平らな地面に着いたときにはあちこちが痛んですぐ動けませんでした。足もくじいているようでした。
木材が燃えちょるにおいがしました。焚き火のにおいやと思いました。だったら誰かが近くにおるはずです。
『おうい』
出来る限りの声を上げました。
『そこにおるひとぉ』
ですが返事はなく、自分の声がこだまするばかりです。
木が燃えるにおいは強まっていましたが、焚き火をしていたひとはどこかに行ってしまったのでしょうか。誰も、駆けつけてくれはしませんでした。
私は痛みをこらえながら握りしめていた PHS をもう一度操作しました。どうにかつながってくれと祈りながら短縮番号を押すと、今度は発信音が聞こえ、すぐに女の人の声がしました。
『****病院です』
病院の名前は忘れてしまいました、あの場所の近くだったのだろうと思いますが。
とにかく動顚しちょりました私は、
『助けてくれ。ゲンさんが、ゲンさんが』
まずそんなことを言ってしまったと思います。
相手が落ち着いた声で、
『今、どこにおられますか』
と尋ねました。私はハッとして、
『たりごーの、宮の前の、坂の上』
教えられたとおりのことを言いました。
『わかりました。十五分くらいで着くと思います。そこで待っていてください』
そう言って電話は切れました。
自分はどこに転がり落ちたのかわからんけれど、ゲンさんはきっと見つけてもらえる。そう思うとちょっとはホッとしましたが、それでも何で自分は目が見えんようになってしまったんやろと悔しくもありました。
目ぇさえ見えちょれば、すぐにゲンさんを見つけられたろうに。こんな場所でただ助けを待つより他に、出来たこともあったろうに。
いや、そもそも目を失わなんだらゲンさんと出会うこともなかったですが、それでも何も出来ん自分があれほど情けなく感じたことはありません。いや、今でもそう思っちょります。ゲンさんについて行ったのが自分やなく、目ぇが見えるもんやったらもしかして……。どうしてもそう思ってしまいます。
動けやせんけん、そのまま転がっちょりましたら、思ったよりも早く救急車のサイレンが聞こえて来ました。良かった、すぐに来てくれたと思うたら、遠ざかってしまったのでやきもきしましてなあ。
はあ、道路が、山を回っちょる。そげですか。知らんけん、救急車が道に迷ったんやないかと思いましてなあ。何をやっちょるんやとイライラしちょったですよ。
燃えるにおいのほうはその間にますます強くなりましてなあ。ベキベキ、ミシミシと音もしてきました。これは思ったよりも火が大きいのやないか、どうして誰も寄って来んのやと、それも不思議でしたね。
そげしちょるうちに、またサイレンの音が近付いてきました。
それが驚いたことにすぐ近くで止まって、足音が私のほうに向かってくるのです。
『連絡をくれたかたですか?』
若い男の声がしました。抱えて起こされたら、くじいた脚が痛みましてなあ。みっともなくうめき声を上げながら、
『ここはどこですか』
と間抜けたことを聞いたです。
『垂郷の、お宮の前ですよ』
と言われました。
自分は山の中に落っこちたと思っちょりましたが、何のことはない。元のところに滑り落ちただけやったのです。
『私より、ゲンさんが。上におるはずです。早く助けて下さい』
やって来た人が私の足の応急処置をしようとし始めたんで、そう申しました。
『そちらには他のものが向かっていますから、安心してください』
救急の人はそう言ってから顔を別のほうに向けて、
『消防も呼びましたが、火の勢いが強いので間に合わないかもしれません。この地区は所管の消防署から離れていますから』
と続けました。
私は、
『何が燃えちょるんですか。焚き火やないのですか』
と、また間抜けなことを聞いてしまいました。
『お宮です。お宮が燃えているんです』
そう言われて、腰が抜けるほどたまげました。




