反撃・1
ゲンさんはね、私の恩人だったです。
若いころに、勤めちょった工場の事故でケガして、このとおり両目摘出やらいうことになりましてなあ。学もない、身寄りもない。バブルやら来る前やけん、貯金なんかもない。ひとりで困っちょったところに、ゲンさんと出会ったんです。
はあ、入院しちょった病院のお医者でしてな。立派なおうちの婿さんやったけど、嫁さんやお舅さんを説得して、私が目の見えん生活に慣れるまで離れに寄宿させてくれたです。
勤めが終わると何やかや私の世話を焼いてくれましてな。リハビリテエションの続きや言うて。
マッサージの専門学校に入れるように世話までしてくれました。京都のちゃんとした学校です。下宿先まで探してくれました。学費も無利子で貸してくれましてね。ありがたかったですけども。
『何で、そこまでしてくれますの』
と聞いたんです。そしたら。
『他人事と思われんけん。わしの母親、妹を産んだあとでノイローゼになって、赤ん坊の妹と学校にも行ってなかったわしと兄貴を置いて夜中に家を飛び出したの。そんで、山ん中を歩いているうちに足ぃ滑らせて崖から落ちてなぁ。木の枝で目ぇ突いて死んでしまった』
ってため息をついて、
『じゃけん、目ぇの潰れたあんた見ちょるとそれを思い出すのや。あのころ、わしらがわがまま言わんかったら、疲れてる母親の手伝いをしちょったら、わしらの母ちゃん、もっと長生きしたんかな、って』
と言いました。それから声を小さくして、
『あと、入り婿は肩身が狭いけん、あんたがおってくれると楽しかったのや。ああ、かみさんや義父さん義母さんには内緒にしちょって』
なんて言いよるんです。笑ってしまいました。そういう、愛嬌のあるひとでした。
入学のときも京都まで送ってくれて。その後もちょくちょく様子見に来てくれて。面倒看の良いひとでした。陽気で明るくて、恩着せがましいところがかけらもなくて。
開業も世話してくれました。お舅さんの持っちょった物件を安く貸してくださって。本当に、あのひとに会えなんだら私はとっくにのたれ死んじょったでしょう。今でも足を向けて眠れんと思っちょります。大恩人です。
その後もずっと親しく付き合ってくださって。よく一緒に飲みました。
後にあのかたも開業なさったですが、そういうお人柄やったし病院も繁盛なさっちょったですね。ひとり息子さんがまた優秀でね。
ええ、立派なかたでした。お母さんの事故の話以外、あのひとの人生に暗いことなんぞないと思っちょった。
あの事件のことはもちろん知っちょりましたよ。連続殺人事件やて、ラジオのニュースも連日その話題やった。
最初は伏せられちょったが、途中から被害者がみんな目ぇ潰されちょるいうのが明らかになりましたけん、他人事やないような気もしましてな。
いや、他人事なんやけど。いやいや、最後には他人事やなくなったんやけど。
ゲンさんはそのころ、市内の病院に入院しちょりました。もう九十でしたけん、本人は年やからしょうがないてサバサバしたもんでしたが、私は心配で、毎日のように見舞いに行っちょりました。
中庭の散歩について回って、そのうち看護婦さんがおらんでも二人で行かせてもらえるようになって。昔話なんかしながら、のんびり歩きました。楽しかったなあ。
そんなある日、ゲンさんが突然言ったです。長い付き合いでも聞いたことがない、厳しい声で。
『鎖田さん』
いつもは、吉っちゃんと気軽に呼んじょったですよ。だけん、そのときはえらく改まった言いかたでした。
『何ですか、藪から棒に』
『真面目な話や。鎖田さん、あなた、私のために命をかけてくれるつもりはありますか』
そりゃ、たまげた。たまげましたよ。
だけど、ゲンさんが真剣なことはわかった。私もこうなって長いですけん、顔は見えなくても声を聞けばそのくらいわかりますよ。
そして、そうやったら私の答えなんぞ決まっちょります。
『あんたに会えなんだら、俺はとっくに首をくくっとった。家族もいない気軽なひとり身や、この年寄りの命、いくらでも使ってくれ』
ゲンさんは苦笑いして、
『吉っちゃん、あんた、わしよりひとまわり以上も若いやないかい』
と言いました。
『この年になったら同じようなもんや』
と言い返したら、今度は腹から声を出して笑いました。
そして、
『ニュースでやっちょる連続殺人事件な。一昨日、殺された四度坂顕二いうのはわしの兄貴の息子や。津峨森はわしの実家なんや。今まで殺されたのは、みんなわしの親族や』
と打ち明けてくれたんです。
もちろん、たまげましたよ。今までニュースの中だけのことやったのが、急に身近なことになりましたからね。
けど、こっちはもう腹を決めちょります。恐ろしいと思うより、話してくれたことが嬉しかったですよ。
『とっくに家を出された身やから、口出しは控えてきた。けど顕二までやられてしもうたけん、もう本家に何とかできるもんがおらん。だげん、こげな体やからひとりでは何もできん。吉っちゃん、手伝ってくれるか』
『当たり前や。ゲンさんの頼みなら何だってやるがな』
私は勇んでそう言いました。でもすぐ、
『けど、目の見えん俺がゲンさんの役に立つやろか』
不安になってそう尋ねましたです。
ゲンさんは私の背を軽く叩いて、
『目が見えんから良いのや。目玉があるほうが危ないけん、吉っちゃんを頼りにしちょる』
と不思議なことを言いました。




